家族(+α)会議
「まさかこんなことになってるとはね」
白石家。
サザンクロスの襲撃を受けたその日の夜である。
リビングのテーブルにて、白石浩二を中心に娘の白石アスカ、アスカの友人の青木チカ、公安の木村スケロク、そしてスペシャルアドバイザーとして葛葉メイ。
もちろんサザンクロスによるユリアの身柄確保を受けての家族会議+αだ。
「申し訳ない……俺が彼女を守れなかったばっかりに……」
心底申し訳なさそうな表情で謝罪の言葉を述べる白石浩二。娘のアスカはなんとも言えない表情をしている。そもそもがユリアをここに連れてきて父親に託したのは彼女なのだ。
だが彼女を責めることは誰もできまい。まさかスケロクと敵対関係にある組織がユリアの獲得に動き出すなど誰が予測できようか。こんなことになるなど思ってもいなかったのだ。
というか普通は山に埋められてたダッチワイフが突然動き出して喋る、という時点でもうキャパオーバーである。
「先ず一つずつ確認していきたいんだけど」
前置きをしてからメイは先ずスケロクの顔を見た。テーブルに両肘をついて顔を抱え込んで、見るからに意気消沈している男。今回の騒動の中心人物であるとともに、しかし同時にユリアのことについては何も知らなかった男。
メイは暫く考えこむ。何からどう聞いたらいいのか。
まずは……
「えっと……つまり、あの女の子、ユリアだっけ? あれはたしかに、あんたのダ……ダッチワイフなの?」
初心な未通女じゃあるまいし。別にメイはそれを口にするのが恥ずかしくてどもってしまったわけではない。一応夕方のニュースで一連の流れは分かっているつもりではあるが、しかし勘違いがあったら恥ずかしいからだ。
ニュースの読み取り方を間違う事など別に普通の事ではある。しかし全然違う話なのに登場人物を『ダッチワイフだと思い込んでいた』というのは勘違いとしては相当恥ずかしい部類になる。
スケロクは俯いたまま小さい声で答える。
「……そうだ」
「よかった」
いやよくはない。
「たしかに俺と十年弱、毎晩愛し合っていたダッチワイフに……間違いない」
ここまで直接的に言われるとメイも含めて全員微妙な表情になる。頭では分かっていたつもりだが、あの人形と毎晩……と考えると生々しい。
「しかしなんでまたダッチワイフが……」
当然の疑問であるが。
しかしまあこの町では今不思議なことが色々と起こっているのでそこはもういいだろう。童貞が魔法使いになるようなことがあればダッチワイフが動き出すこともあるかもしれない。なにより精液とは錬金術ではホムンクルスを作り出すための素材の一つであるし、実際命の源であり、神道の考え方からすれば『穢れ』でもある。
そんなものが人の形代をとる精巧なダッチワイフに毎日注がれていたとあれば、神性を得て動き出すという事もあるかもしれない。
「なんで……捨てたんですか」
今回の一連の騒動とは関係ないものの、やはりそこは気になる。質問したのは意外にもいつも控えめで、あまり発言力のない青木チカであった。
「そんなに愛し合っていたんなら……なんで山に捨てるなんてこと……」
ダッチワイフを愛していることはもうスルーするようである。
「それは……」
スケロクは顔を少し上げ、ちらりと周りを見る。
「最近急に俺の家に人の出入りが多くなって……勝手に忍び込んだり住み始めたりするやつまでいる始末で」
メイとアスカが視線を外す。
「急なことで、隠すことも処分することもできなくて……そもそも処分なんて俺には……バタバタしてるのが一区切りついたら掘り起こしに行くつもりだったんだけど」
「ま、まあ、それはいいわ。それより重要な話があるんだけど」
メイは慌てて話題を逸らす。勝手にスケロクの家を合コン会場にした経緯がある。この騒動の一端を担っていた気まずさか。
「コウジさんがそのサザンクロス? のバックにいるDT騎士団って奴に狙われてるって?」
「えっ?」
「え?」
「あっ、堀田コウジさんがね」
紛らわしい。メイと付き合っている堀田コウジとアスカの父である白石浩二が同じ名前である。
それはさておき、メイ達は一通りの説明をスケロクから聞いた。彼らが魔法使いである事、DT騎士団の目的、コウジを狙う理由。それらが分かれば敵の狙いもなんとなく見えてくるものだ。
「つまり、コウジさんを直接狙うのが難しくなってきたからスケロクの方から、それも搦手で切り崩しにかかってきた、ってこと?」
メイの言葉にさらにスケロクが付け足して補足する。
「おそらくはな。さらに言うなら弱者ビジネスをやってる奴らからすればユリアはそのまま神輿にもできる優秀なカードだ。これからユリアを前面に出して自分達の存在アピールと、俺達への攻撃に使ってくるだろうな」
「俺……達……?」
メイが渋い顔をする。白石親子とチカもだ。
「え? なに?」
「いや、あのね」
状況の飲み込めないスケロクに対してメイは少し呆れ顔である。
「あんたのせいでみんな迷惑してんだけど?」
正論である。
「なんというか、私達も攻撃されちゃうんでしょうか? ダッチワイフの関係者として。……それはとても、なんというか」
歯切れの悪いチカの言葉。しかし言いたいことはなんとなく分かる。彼女やアスカからすればとんだ風評被害である。女子中学生にとって耐えられるものではない。
「ま、待ってくれ。たしかに俺はダッチワイフと一緒に暮らしてたが、決してその、なんだろう。下半身だけの関係というわけではなくだな。着せ替えをしたり、話しかけたり、一緒に食事したりだな、心の交流も欠かさずに、まるで本当の恋人のように……」
「余計恐いわよ」
やはり正論である。
「いい歳こいたおっさんが少女のダッチワイフと家族みたいに暮らしてるなんてそれこそちょっとしたホラーじゃないの!! あっ、すいません」
メイの流れ弾に白石親子がダメージを受けていた。
「そもそもなんで白石さんはダッチワイフを実の父親に紹介するなんていう意味不明な事してるのよ」
言われてみればメイの言う通りなのだが、あの時のアスカは正常な判断力を欠くいていたとしか言いようがない。
「あ……」
その時、チカが小さく声をあげた。何かに気付いたのか、それとも思い出したのか。
「その、ユリアさんをアスカちゃんのお父さんのところで面倒見てもらう様に、アドバイスしたのが……」
そこまで言ってチカは言葉に詰まってゆっくりと首を振って周囲を確認した。
「今ここに居ませんけど……マリエちゃん、なんです」