ポリコレカードバトル
― ポリコレカードバトル ―
<ルール>
1.手札を用意する。(しなくてもよい)
2.対戦相手に勝負を申し込む。(了承されなくてもよい)
3.攻撃札を開示し、『かわいそうランキング』の順位によりポイントを稼ぎ、最終的にこれが高い者が勝利する。低い者が勝利することもある。
攻撃は1ターンの内に何度でもでき、またカードも何枚でも追加することが出来る。
先制攻撃よりも相手の出方を見てからの後出しの方が有利になることが多い。
確認のしようのない偽造カードが多く流通しており、対戦マナーの悪さが近年叫ばれている。
さて、そこで山田アキラを取り巻く現在の状況はどうなっているのか。
夜王はNPO法人の関係者かつ、足を洗って改心した元ヤクザ、というカードがあり、さらに未だ伏せられたる謎のカードを複数所持。アキラはNPO法人代表をはじめとするリベラルデッキを組んでいる。
一方白石浩二は有効なカードを一枚も持っていない。娘と嫁に逃げられたのはむしろデバフ効果のあるカードである。しかし夜王に投げられたことで、非常に効果が弱いながらも「負傷者」カードを手に入れた。
しかしとにかくユリアの組んでいるデッキが強い。「年少者」、「女性」、「美人」、「身寄りがない」、「性被害」、「貧乳」という最強クラスのカードを持っている上に未だ効果が未知の伏せカードを複数所持している。
これと正面から戦うのは得策ではない。
アキラは一気に間合いを詰めてユリアの耳元で囁く。
「スケロクに会いたくないか?」
その時確かにダッチワイフの瞳孔が拡大した。
(どんな理由でこのおっさんと同居しているのかは知らないが、この女はスケロクに会いたいはず。それが好意なのか敵意なのかは分からないが)
さらにアキラは畳み掛ける。
「ここに居たらスケロクに一生会うことは出来ないぞ。俺と来い。スケロクを探し出してやる」
賭けではある。しかし歩の悪い賭けではない。
しばらくの沈黙。アキラには一分にも二分にも感じられたが、おそらく実際には十数秒の事であっただろう。
「……わかりました」
賭けには勝利した。
これで白石浩二側の手札を全て無力化することに成功したのだ。試合続行不可能につきテクニカルノックアウトである。
「こちらへ。お姫様」
恭しく礼をしながら手を引く山田アキラ。ユリアの手を握り、そして今度はマスコミのカメラの方に向かって一礼する。
「皆さま、お騒がせしました。ユリアさんについては我らがNPO法人、GOLANが保護しますのでご安心ください。何分微妙な立場の子ですので、取材などは一括して私の方で管理して受けさせていただきますのでご了承ください」
カメラを向けながらもスタッフたちがざわざわと色めき立っているのが見える。事前に「ダッチワイフ」とは聞いていたものの、もちろんながらそれも半信半疑の事であろう。
「う……ま、待て」
アキラの背に、声がかけられる。白石浩二はようやく呼吸をし、声が出せるようになったばかりである。苦しそうに四つん這いで弱弱しく声を絞り出す。
「行っちゃ……ダメだ」
ユリアはアキラの手を振りほどき、浩二の方に向かって深く頭を下げた。
「短い間でしたけど、本当にありがとうございました」
それは別れの言葉だった。
「浩二さんのアレ、凄くおいしかったです」
周りに誤解させるような言葉も忘れない。
「私はこの人達の肉便器として元気に生きていきますので、安心してください」
「ちょっと」
「さあ、私をどこへなりと連れて行ってください! 後遺症が残る系のプレイでなければいくらでも受けて立ちます」
もうこの女には何を言っても無駄か。そう判断して外に待たせている大型セダンの方に連れて行って後部座席にユリアを乗せた。助手席には夜王が窮屈そうに乗り込む。
「フッ……」
テレビクルーも各々撤収の準備を始める中、アキラはようやく膝をついて立てるようになった白石浩二に視線を送る。
「ふふふ……弱さこそが正義。いい時代になったものだ。弱者はこころおきなく好きなものを自分のものにできる」
周囲を一瞥すると自身も車両の後部座席に乗り込んだ。
「車を出せ。網場」
車内からアキラの身体越しにまだ膝をついている白石浩二をユリアは見た。無力感に苛まれ、強者と弱者に色濃く分けられたこの世の縮図を。
彼女は当然ながら尋常の親子の関係など体験したこともないし、どんなものなのかも知らない。ほんの少し知能のあるダッチワイフに過ぎないのだから。
彼女の知っている全ては、ほんの一週間余り白石家で過ごした生活と、その間に得たドラマや漫画での知識だけであった。
白石浩二は口下手で、基本的にはあまり喋る人間ではなかったが、しかしユリアは彼と一緒にいる時間が苦痛ではなかった。
何もほどこさず、与えず、それでも白石浩二は何の見返りも求めずに自分の世話をしてくれた。もしかして親子というものはこんなものなのだろうか、と、彼女の思考がそこまで及ぶことはなかったが、それでもこの短い期間は彼女にとって大切な時間だったのだ。
「さようなら、浩二さん」
そのか細い、小さい声は誰の耳にも入ることはなく。
排気ガスをまき散らしながら、セダンはだんだんと陽が傾き始めた町に消えていった。
その日の夕方のニュースでは流石にあまりにも真偽不確かなためか、大きな扱いではなかったものの、ダッチワイフがNPO法人に保護されたというニュースが流れ、多くの人には「アホくせ」という感想を与え、そして一部の人には大きな衝撃をもたらした。
「なっ……なんで」
中でもこの男の受けた衝撃たるや相当なものであったことは想像に難くない。
「なんで、ユリアが……ッ!!」
公安、木村スケロク。
「バトル終わってからルールの説明してんじゃねえよ」というツッコミはなしの方向で。