かわいそうランキング
― 小手返し ―
合気道に代表される関節を極めながらの投げ技の一種で、多くの場合一度相手の身体ごと腕を引き込んだのち、手首を返すことで関節を極め、対象の身体をひっくり返す技。インバースキネマティクス制御により末端部より質量の大きな本体を自由自在に操る術。
その技を使って、白石浩二が山田アキラを投げ飛ばしたのだ。
「み……見ましたね、みなさん! 今この男が! 暴力を振るいましたよ!!」
それも多くのテレビカメラが構えられている衆人環視の中で。
「投げ……」
「見たか?」
ざわざわと色めき立つマスコミ関係者。その中で、夜王だけが不敵に微笑んでいた。
「やっちまったな白石浩二! 当然被害届けも出す。そうだ、その前に医師に診断書を書いてもらわなきゃな。やっぱり堀田をもっと早く仲間に引き込んどくべきだったか。フフ……」
整った顔立ちに似合わぬ歪んだ笑みを見せる山田アキラであったが。
「今、投げられたのか?」
「自分で勝手にこけたようにしか見えなかったけど」
流麗にしてさざ波の如く。白石浩二の合気を見抜くことのできるほどの技量の人間がマスコミ側にはいなかったのだろう。誰もが彼が投げられたことに気付きすらしなかった。
「ふざけるな! 今こいつが!!」
アキラは慌てて立ち上がり、浩二の右手首を掴んだが……
「ふんっ」
浩二は掴んだアキラの手首に軽く手を添えると、半歩踏み込みつつ自分の掴まれた腕を巻き込むように返す。今度はうつ伏せに。アキラは顔からアスファルトに突っ込んで派手に鼻を打った。
「み……見たろう……?」
しかし周りは静寂のまま。
何を一人で盛り上がって踊っているのか。そんな目でアキラを見る人々。
「フフ……瓢箪から駒か、なかなか面白いものが現れるではないか」
満足げな笑い顔で夜王が一歩前に出る。白石浩二はゆっくりと右手と右足を前に出して半身に構える。軽く腰を落として、右手は手刀のように指をまっすぐにして正対する夜王と構える。
すると夜王の方も同じく右前に構えて二人の手の甲が交差するように重なった。
体格の差は歴然。
普通に戦えば浩二に勝ち目のある勝負ではない。しかし二人の後ろでは複数のテレビカメラが回っている。直接の殴り合いにはなり得ない状況。
遠目に見れば膠着状態になって止まっているように見えた二人であったが、しかしよくよく見てみれば差し出した右手で微妙に体重を掛けたり、上下に動いたりしているのが見えるが、しかしそれが何を意味するのかを判別出来る者はこの場には当事者しかいないのだ。
「なかなかの功夫。だが」
一瞬のスキを突いたのか、夜王がさらに半歩足らず踏み込み、浩二の肘が曲がって鍔迫りのように押し込まれる。
「むむむ……」
浩二の方が劣勢であることだけは誰の目にも分かる。
「技とは互いに拮抗した『力』の前で最後に雌雄を決する分水嶺。力こそパワーよ!!」
やはり圧倒的質量差。浩二の合気ではそれをひっくり返せるだけの技量差が夜王に対してあるわけではないのだ。
「くそっ!!」
「早まったな」
焦った浩二が一気に間合いを詰めて夜王の側面に回り込もうとした時であった。
夜王は浩二の交差していた右手の袖を引き込み、同時に深く腰を落として一気に体を左前に反転させながら足払いをし、同時に左手で頭部を抑える。
その左手は強力な足払いで宙に浮いた浩二の胸を押さえつけ、叩き落すようにアスファルトに彼の身体を打ち付けた。
「七星天分肘!!」
頭は打たなかったようだが、背中を強く打った浩二はうめき声を上げ、それきり動くこともできなくなってしまった。
「さあ、来い!!」
夜王はそのまますぐ近くにいたユリアの手を引こうとするが、しかし鼻血を止血したアキラがそれを止めた。
彼は非常に『絵面』を気にする。
今の構図では体格の小さい情けない中年男性を2メートル越えの巨漢が投げ飛ばし、暴力で押さえつけたのちに少女を誘拐するような構図になってしまう。
実際には達人同士の息詰まる攻防がそこに差し込まれているのだが、民衆はそんな細かいところまでは見ないのだ。
この構図は彼にとって好ましくない。
今この状態も、『戦い』は続いているのだ。夜王が浩二を倒してそれで終わりではないのである。
アキラは互いの場に出ている手札を確認する。
自陣には……
①爽やかイケメン NPO法人代表
②2メートル越えの巨漢 開示されていない情報として、元ヤクザ、ホストクラブオーナー
敵陣には……
③ひっくり返った中年男性
④見た目少女の下ネタ量産機ダッチワイフ
(②は使える手札だが今ここで属性開示をしている時間はない。①と③は本来①が優勢だが夜王に転がされたことで『かわいそうランキング』が上昇している。若干こちらの方が不利か)
― かわいそうランキング ―
社会において弱者救済の受けやすさを表す社会的序列のことを指す。当然ながらランキングが高いほど救済措置を受けやすく、周囲の同情を集め、共感を受けることが出来る。かわいそうランキング上位となる者が必ずしも弱者であるとは限らない。
なぜなら「かわいそう」とは他者からの評価を意味し、そのもの自体の状態を表す言葉ではないからである。
外見の劣る中年男性はどれだけ困窮していても、通常はランキングの最底辺に位置する。
(やはり④のユリアが頭一つ抜けて『かわいそうランキング』が高い。このカードをどうにかしないと俺達に勝利はない)
アキラは冷静に、慎重に、しかし素早く周囲の状況を確認し、戦略を練る。
(指示はしていなかったが、結果として夜王がおっさんの動きを封じたのは正解だった。『かわいそうランキング』の低い中年男性には多少怪我をさせてバフがかけられたとしてもたかが知れてる。脅威になるほどのカードじゃない)
本来ならば彼に対峙するのは木村スケロクのはずであった。
彼が立ちはだかるのならば『公権力』、『ロリコン』という二重のデバフをかけて『かわいそうランキング』を下げることが出来る。
人には属性がある。『オタク』や『ロリコン』、特に後者には強力なデバフ効果があり、世間からの『かわいそう度』を大幅に削減してしまうのだ。
本来はこれの効用により苦も無くスケロクを貶め、同時にユリア強奪を容易にするはずであったのだが。
アキラの頭の中では高速で戦略が練り上げられる。
何の戦略か。そして前述のランキングが何の役に立つのか。その全ての答えが『ポリコレカードバトル』である。