ヤングケアラー
「その年で……下の世話……介護を……?」
訝しげな表情で尋ねる山田アキラ。
しかし一度出してしまった言葉をもう引っ込めることは出来ない。賽は振られたのだ。
願わくば、テレビ局が自身の顔と表札にぼかしを入れてくれることを祈って、白石浩二は言葉を続ける。
「何か問題でも?」
問題だらけである。
キー局なのか地方局なのかは分からないが、おそらく職場の人間はこの放送を見るであろう。もしかしたら家出している娘も見るかもしれない。そしてみなに思われるのだ「介護が必要な状態だったのか」と。
「や……ヤングケアラーという奴か……?」
にわかに重大な社会問題が顔をのぞかせたように見えてきたが、しかしこの状態ではユリアをこの家から引き取るという事は浩二の下の世話をする人間がいなくなるという事だ。
「と、とにかく! ヤングケアラーならヤングケアラーでそれは問題だ! この子はうちで保護する!!」
「ま、待ってくれ! 私のうんこはどうなるんだ!!」
「それはまた別の問題だ! 自力で介護施設でも探せ!!」
なんという事か。この世の縮図である。可愛い少女を助けるNPOはいても、くたびれたおっさんを助ける者などいないのだ。おっさんは自力で立ち上がれ。
「子供に介護の負担を強いることも、社会と断絶させることも許さん。この子はうちが保護する!」
「待って下さい!!」
その時、二人の間にユリアが割って入った。正直言って浩二はどん詰まりの状態ではあったが、しかしユリア本人の援護射撃があれば話は別だ。彼女がNPOの助けを必要としていない、ここにいたいと強く訴えればアキラの方も強くは出られない。ましてやマスコミの目もあるのだ。
「私は『子供』ではありません」
そもそもがそうなのだ。『子供』どころか『人間』ですらないのだが。
「私は性欲処理用の肉便器……」
「ちょっとちょっと」
慌てて浩二がユリアの手を引いてアキラ達と距離をとる。
「あのね? ホントにね? 人のいる前でそういうさあ、性のお話とかね? よくないからね?」
「何故ですか? セッ〇スは悪い事じゃありません。皆セッ〇スによって生まれてくるのになぜそれを隠すんですか? おちん〇んから出た精〇によって淫乱なメスが孕んで、お〇んこがガバっと裂けて子供は皆生まれてく……」
「あのね! ホントやめようね? そういうのよくないからね!」
「テレビも来てるからね! そういう発言すると皆に迷惑かかるんだよ? わかる!?」
山田アキラも加わってユリアへの説教が始まる。後ろのテレビクルー達も、中継ではないためカメラは回したままであるが不満顔である。予想以上にアキラがもたもたしてる上に放送禁止用語の連発。仕方あるまい。
「こっちは知ってるんだよ。ユリアさんがダッチワイフだってことは」
「なっ!?」
驚きを隠せない浩二。まさかそれを知った上で来ているとは思いもよらなかった。さらに言うなら彼自身ユリアがダッチワイフだなどというのは半信半疑であった。
ちらりとアキラの後ろのマスコミ陣を見る。彼の発した「ダッチワイフ」という言葉にも驚いている様子はない。まさかマスコミも承知の上だというのか。
(何という事か。俺の知らない間に動くダッチワイフも普通の物になっていたのか。科学の進歩ってすごいな)
「たとえダッチワイフでもですよ。こうやって人と同じように歩き、息をして物を考えている!!」
急に大声で話し始める山田アキラ。一応浩二の方を向いて話してはいるものの、大袈裟に身振り手振りを交えて話すその様は、世間一般に語り掛けているようであるし、実際そうなのだろう。
「少なくとも私にはユリアさんは年端もいかない子供に見えます。いくらダッチワイフだからと言って、こんな純真な子供を性欲のはけ口にするなんて言うことが許されると思いますか!?」
その「純真な子供」は先ほど放送禁止用語を連発したように見えたが。
しかし。
理屈としては無茶苦茶でも、絵面としては整っている。慈善事業をしているNPO法人のイケメン代表がくたびれたおっさんから性欲のはけ口にされている(はずの)少女を助け出す。
分かりやすい悪と分かりやすい正義の構図。庶民も、ひいてはマスコミも、こういう絵が欲しかったのだ。
(本来なら……)
言い切ったアキラはニヤリと笑みを見せる。もちろんカメラには映らないように。
(本来ならこのセリフはスケロクを相手に言う筈だったのだが)
そう。完全にアキラの思い込みなのだが、ユリアと一緒にいるのはスケロクだと思い込んでいた。メディアを連れてきたのも「だからこそ」なのだ。
色々と特殊な存在であり、生い立ちに話題性のあるユリアを自陣に引き入れるとともに警察であるスケロクに社会的死刑をぶちかます。
その予定だったのだが、いざ蓋を開けてみれば、いるのはなぜか知らないおっさん。大幅に予定が狂ってしまった。
(マスコミを連れてきた以上、奴らにも少しはエサを与えんと拗ねるからな。おっさんには悪いが児童虐待を匂わせるような事だけは言わせてもらって、ユリアは貰う。悪く思うなよ)
アキラは悠々とユリアの肩に手を伸ばす。
「何のつもりですか?」
しかしその右手首を浩二が掴んだのだ。
「お引き取りを。私はこの子を性のはけ口になんかしていませんし、あなた達も信用できません」
身体的接触は先にした方が印象が悪くなる。アキラは内心ほくそ笑むと、右手を大きく動かし、浩二の手を振りほどこうとした。
「むっ!?」
しかし一瞬浩二の方に引き込まれるような感覚があり、それを両足で踏ん張ると今度は掴まれていた自分の手が急に近づき、外側に捻られる。
「ぐおっ!!」
全く何の抵抗もできず。
気づいた時にはアキラは玄関先で仰向けにひっくり返り、背面上部をアスファルトの床の上に激しく打ち付けていた。
「むぅ……合気を使うか」
それまで全く存在感を示していなかった夜王が低い声で呟いた。アキラは未だ自分が何をされたのか分からず、目を白黒させている状態である。
しかしアキラの表情は段々と眉間に深いしわを寄せて怒りに染まり、そして暫くするとにやりといやらしい笑みを浮かべた。
ゆっくりと上半身を起こし、浩二ではなく、報道陣の方に向かって話しかける。
「今、暴力を! この男、私に暴力を振るいましたよ!!」