#06 TSして女の子になってから前の感覚で食事を頼むと後悔しがち。
前回までの一部サブタイトルを変更しました。
「とうちゃーくっ!」
「いやぁ、ここはいつ来ても盛況だねぇ」
モール内を少し移動して、僕たちはフードコートにやってきていた。
このモールのフードコートはかなり広くて、十数件のお店が四方に並んでいて、その間の空間にはざっと500人ぐらいは座れるであろう、無数のテーブルとイスが設置してある。
「うわぁ……たしかにすごい人」
僕はお姉ちゃんの言葉に続く。
お昼どきなのもあってか、フードコート内はどこも混みあっていて、かなりの賑わいをみせていた。
……っていうか、これじゃあ僕たちが座る場所ないんじゃ……
「うーん、それはまぁ大丈夫なんじゃない?
お昼どきとは言ってももう1時過ぎてるし、そろそろ食べ終わる人とかが結構いると思うよ?」
お姉ちゃんがそう言う。
それならよかった……。
「あっ、あそこ4人席空いたよ!こっちこっち!はやくー!」
少し離れたところで冬華がぴょこぴょこと跳ねながら僕たちを呼んでいる。
どうやら、いつの間にか席を確保してくれたみたい。冬華はこういうところに気が利く。
「ありがと〜!いま行く〜!」
僕はそう返事をすると、両脇に抱えた大量の紙袋を持って冬華の待つテーブルへと向かった。
◇
「はい。じゃあひとり1000円ずつね〜」
席につき紙袋をテーブルの下に押し込んで顔を上げると、お母さんがお財布を開いて千円札を4枚出してぴらぴらと揺らしていた。
神尾家ではフードコートを使うときには毎回こうで、各々がお金を貰って好きなお店で好きな食事を買うことができる。
1000円で足りるの?って思う人もいるかもだけど、このモールのフードコートは全体的に良心的な値段だし、予算内で好きなものを自由に選べる楽しさから僕はこのシステムを結構気に入っていた。
「「ははぁ〜」」
お姉ちゃんと冬華が悪ノリをして受け取ると、お母さんも「うむ。くるしゅうないっ」と返す。
ちなみにこれもいつものこと。まぁ楽しいなら好きにすればいいと思う。
……僕?僕はいいかなぁ。
「お母さんありがと。行ってくるね!」
「は〜い」
普通に受け取ると、お母さんも普通に返してくる。
僕はうきうきしながら食事を買いに行こうとして
「あっ、ナツキ」
お母さんに呼び止められる。どうしたんだろ。
「うーん、やっぱいいかなぁ。
ごめんね〜行ってらっしゃい」
そう言ってひらひらと手をふるお母さん。
……結構何だったんだろう……?
……まぁいっか!
僕はお母さんが言いかかったことを大して気にしないまま、軽やかに食事を買いに出かけたのだった。
あとから思い返せば、このときちゃんと聞いておけば、あんなことには……。
◇
食事を自由に選べると言っても、僕はこのモールに来た時にはだいたいいつも同じものを食べている。
それが、この、今僕の目の前にある「満腹飯店」の「満腹セットA」である。
ラーメンにチャーハン、ギョーザ、デザートの杏仁豆腐とソフトドリンクまでついた欲張りメニュー。
それでいて、なんとなんと980円という破格のお値段。
めっちゃすごくない?コスパ最強。
そう思いながら、お店の前にある自動券売機に1000円札を突っ込み、ボタンを押して発券する。
お釣りと出てきた券を持って隣にあるカウンターに進み、お店の店員のおじさんに券を渡した。
おじさんの顔が少し曇る。
あれ……どうしたんだろ。
「お嬢ちゃん、これ、結構量多いけど大丈夫か?」
そう言って僕の方を見てくる。
お嬢ちゃん……?
…………
……
あ、そうだ!僕今女の子だったんだ!!
「た、食べれますよっ!」
……たぶん。
「そうか!すまなかったな!今から作るから、待っててくれぃ」
そう言って、僕に番号が書かれたピーピー鳴る機械を渡してくる。
……これってなんていう名前なんだろう?
そんなことを思っていると、調理をはじめに戻ったおじさんと入れ替わって今度は若いお兄さんが出てきた。
「ドリンクは何になさいますか?」
セットの飲み物だけは先に貰えるとのことで、カウンターに貼ってあるドリンクメニュー表を少し流し見る。
まぁこれもいつも決まってるんだけどね。
「メロンソーダでお願いします!」
メロンソーダは僕の1番大好きな飲み物。
この世の中でいちばんとさえ思ってる。
……それを言うとお姉ちゃんと冬華にキレられるから異論は認めてるけど。
「わかりました。少々お待ちください」
そう言ってお兄さんは紙のコップを取り出すと、後ろのサーバーからメロンソーダを注いで僕に渡してくれる。
「ありがとうございます!」
僕がそう言って微笑むと、なぜかお兄さんは顔を赤くして目を逸らした。
◇
席に戻って料理が出来るまでメロンソーダをチビチビと飲んでいると、お姉ちゃんと冬華が料理をもって帰ってきた。
「ナツキただいま〜」
「なつ姉ただいま〜」
「おかえり〜2人は何にしたの?」
そう言いながら僕は2人のトレーを覗き込む。
みんなが何選んだのかって気になるよね?
「私はマ○ク!いつものチーズがダブルのやつ!」
「私はリ○ガーハ○トのちゃんぽんだよー。ほら、やっぱ美容と健康のためにも野菜取るのは大事だからさー」
「お姉ちゃんの場合はただ単に食べたかっただけでしょ……?長崎ちゃんぽん大好きじゃん」
「あ、バレた?」
「ばればれー」
そうして3人で笑っていると、お母さんも料理の乗ったトレーを持って帰ってくる。
「お母さんおかえり〜」
「お母さんは何にしたの?」
「私は二重丸うどんにしたよ〜
天ぷらも付けちゃったっ。えへ」
えへ、はちょっとあざとくない……?お母さん今年で4n歳……
「ナツキ、今失礼なこと考えたでしょ」
「えーなんのこと?なつきわかんなーい☆」
「しらばっくれても無駄だーえーい」
「きゃー」
僕の隣に座ったお母さんにつんつん攻撃をされる。距離が近くて防御ができないからされるがままだ。
別に嫌じゃないんだけど、これ地味にくすぐったいというか、こしょばゆいというか……
「ナツキって表情よく出るからわかりやすいんだよねー笑」
「ねー」
そんな僕たちを見て外野のお姉ちゃんと冬華がなんか言っている。
僕ってそんなにわかりやすいかなぁ……
ピーピー♪ヴ〜〜〜〜
ピーピー♪ヴ〜〜〜〜
「あ、出来たって!行かなきゃー!」
ちょうどいいところに呼び出しの機械がなってくれたので、僕は席を立つ。
お母さんも既に飽きたのか満足したのか、「行ってらっしゃい〜」とだけ言って早々にうどんを食べはじめていた。
僕は未だにピーピー鳴る機械を手に取って「消」のボタンを押すと、出来上がった料理を受け取りにさっきのお店へ向かった。
◇
「ただいま〜」
僕が料理を乗せたトレーを持って席につくと、お姉ちゃんたちがすごい目でこちらを見てきた。
「ナツキ……それ全部食べるの……?」
「そうだよ……?」
「ごめんごめん、間違えた。それ、全部食べれるの……?」
「食べれ……る……と……思う……?」
僕は改めて目の前にある料理の数々を見て、思う。
あ、これダメかも。
さすが「満腹飯店」の名前だけあって、ひとつひとつの料理がとてもボリューミー。それと、実はドリンクのメロンソーダの炭酸でお腹がわりと膨れている。
前はこんなじゃなかったのに……。
あ、今僕女の子なんだった……。
「うーん、まぁ食べれるとこまで食べな。最悪私たちが食べてやるからさ」
「天ぷら1個にしておいてよかったわ〜」
お姉ちゃんとお母さん、優しい……。
ほら、でも、前は余裕で食べれたんだしぃ?
食べ始めたら案外余裕!ってパターンかもだし。 覚悟を決めよう。
「いただきます!」
◇
25分後。
「……もう……無理ぃ……」
僕の目の前には、半分だけ空になった料理が並んでいた。
これでも頑張ったんだよ??
ラーメンはほとんど全部食べたし、チャーハンも3/4くらい食べたし、ギョーザも1個は食べたし……
「めっちゃ残ってるね」
ぐはっ……
僕の最後の抵抗は、ハンバーガーのセットのジュースをすする冬華によって打ち砕かれた。
なんでこんな……いや、女の子になったからなんだろうけど。
どうやらこの身体は身体に合わせて胃袋もちっちゃいみたい。
失敗した……なんであのとき「いける」って思っちゃったんだろ。
僕は既に自分の分を食べ終えていたお姉ちゃんとお母さんに縋るような目線を送る。
「あー、まー、こうなると思ってたよ」
「そんな気はしてたねー」
「じゃあこの麗しくも優しいお姉ちゃん様が残りのチャーハンを貰ってやろう」
「んー、じゃあ私はギョーザ貰うわね〜」
「私杏仁豆腐食べるっ!」
そうしてお姉ちゃん達によって僕の残した料理はみるみるうちになくなった。
僕の苦労(特に最後の15分)はいったい……
「ありがと……ごめん……」
「いいけど、次からはちゃんと気をつけなよ?」
「食べ切れる分だけ注文しようねー」
「はい……」
面目ございません……。
でも、今回で学んだ。女の子ときには、あまり量が食べれないと。
次からはちゃんと気をつけよ……。
「さぁ!みんな食べ終わったことだし、ナツキの服選び午後の部行くよー!」
「「おー!!」」
お姉ちゃんの声に合わせてお母さんと冬華が返事をする。
「えぇ〜まだやるの〜?」
僕は若干めんどくさそうに返事をする。
けれど、女の子になった僕はどんな服を着たら似合うかな、なんてことを考えて、期待で少し胸を膨らましながら席を立つのだった。
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