#17 TSして男の子になった女の子はどうやら立ちションに憧れていたらしい。
本日で連続更新最後になります。
美月のアパートに飛び込んだ瞬間、目に入ったのは――男の子になった美月ちゃん。いや、今は美月くんって呼ぶべきかな。……どっちでもいいか。
僕には何となく既視感がある状況。先日の朝の情景が頭に浮かぶ。でもなんで美月ちゃんが……?
頭で考え始めた瞬間、山田さんがいきなり叫んだ。
「何!? 神尾くん、これどういうこと!?」
「美月ちゃんが、男の子になってるね……?」
「そうだけど! ああぁ、そうじゃなくて、なんでそうなったの!?」
美月ちゃんの部屋、狭いワンルームが一瞬でカオスに。頭の中ぐちゃぐちゃで、どうしていいか分からないけど、とりあえず状況を整理しようとした。
男体化した美月ちゃんはベッドに腰掛けてる。一方、山田さんはまだ玄関先でガタガタ震えてた。美月本人より山田さんの方がパニックすぎる。と、いうか美月ちゃんは落ち着きすぎじゃない……?
「ねえ、山田さん、ちょっと落ち着いて。とりあえず話聞こうよ」
「落ち着けるわけないじゃん! 美月が男って何!? 頭おかしくなるよ!」
山田さんの声が裏返って、腕を振り回しそうになってる。危ないって!
「ほら、座って深呼吸して。美月ちゃん、説明してあげて」
美月ちゃんは長い前髪を揺らし、メカクレの片目でチラッとこっちを見て、低くなったダウナーな声で言った。
「まあまあ、山田、騒がないで。私が神社で願ったからこうなっただけだから」
「え!? 美月ちゃん、自分で願ったの!?」
「うん。夏樹くんの性別を自由に行き来できる力、羨ましくてさ。私もやってみたいって思ったの。そしたら朝起きたら男になってた」
クールに言うけど、目がちょっとキラキラしてる。楽しんでるんだろう。
「え、ほんと!? それで男に!?」
「うん。オカルト的にも最高の体験だよ」
そう言ってニヤッと笑う。
「信じられない……非科学的すぎる……」
山田さんはまだ震えながらそう呟いてた。僕は改めて男の子の美月ちゃんをじっくり観察する。身長は15cmくらい伸びて165cmくらい。男の僕とほぼ同じだ。輪郭は細くてゴツさはないけど、明らかに男っぽい雰囲気。ジャ○ーズのアイドルみたいだ。
シンプルな白いTシャツ着てるけど、元々女の子のサイズだから丈が足りなくて、腹チラ見えてピッチピチ。ズボンもキツそうで、動きにくそうだった。
「で、緊急事態って言ってたけど、遅れた理由って何だったの?」
僕が聞くと、美月ちゃんは平然と言った。
「トイレに行きたかったんだけど、男の身体での仕方が分からなくてさ。それで遅れちゃった」
「えぇ……」
確かにそれは緊急事態かもしれないけど……。
困惑する僕たちを見て楽しそうな美月ちゃん(くん)が、急に思い出したかのように、少し遠慮がちに僕に聞いてきた。
「ねえ、夏樹くん。男のおしっこってどうやってするの?」
……へ?……えっ!?!?!?
「美月ちゃん!?」
そのままするつもり!?
「そうだよ?前からずっとやってみたかったの。ね、はやく。そろそろ限界なの」
そう言って下腹部に手を添えながら、もじもじする美月ちゃん(くん)。どうしても目に入ってしまうズボンの若干の膨らみから目を逸らしつつ僕は答える。
「えっと、その、普通に立って……トイレで……立って……?えっと、便座をはね上げて、持って、狙いをつけて、そのまま出すだけだよ………………?」
可能な限り説明しようと頑張った僕だけど、内容が内容だから声量は尻すぼみ。山田さんをチラッと見れば、目が点になっていた。……これたぶん脳が処理落ちしてるやつだ。
「ふーん、なるほど。そうやるんだ。ふーん。ありがと。危なかった。試してみる」
美月ちゃん、目を輝かせてトイレにスタスタ入っていった。バタン。扉が閉まる音に続いて「うひゃー」という美月ちゃん(くん)の声。
何がうひゃーなの!?ナニなの!?
僕と山田さん、顔を見合わせて沈黙。
気、気まずい……。
瞬きを数回。山田さんが小声で言う。
「ねえ、神尾くん、今の何!?セクハラ!?」
「僕もよく分からないよ!?急に聞かれて困っただけだって!?それを言うならむしろ美月ちゃんが僕に対してのセクハラじゃない!?」
僕たちが言い合っていると、トイレから「うおおお!」って感動の声と、トポポポポ……と水が水面にこぼれる音が聞こえてきた。僕と山田さん、目を見つめあって、直ぐに伏せる。あ、山田さん顔真っ赤っか。
それから少しして、ジャーという音とともに美月ちゃんがドアを開けて出てきて、目をキラキラさせて言った。
「本当に立ってできた。 スッキリ。すごい」
「よ、良かったね……」
僕、苦笑い。隣ではさっきまで顔を真っ赤にしていた山田さんが顔真っ白になってフラフラしながら、
「何!? 何!? もう無理、失神する……」
って床に倒れ込む寸前。ちょ、ちょっと……!?
「山田さん、大丈夫!? ちょっと大げさすぎだよ!」
「大げさじゃないよ! あまりにも非科学的すぎて頭おかしくなる……」
ふらふらと倒れ込む山田さん。せめて頭だけは打たないようにと咄嗟に腕を差し込む。
頭から蒸気が出ていそうな山田さんを介抱しつつ、話を戻す。
「僕と同じ能力を願ったのなら、女の子に戻れるよね……?」
「え、あ」
美月ちゃん、そこで初めて気づいたみたい。次の瞬間、いつもの光がピカァって体を包んで、あっという間に元の姿に。長い前髪のメカクレ美少女、身長150cmもない小柄なダウナー系女子に戻った。Tシャツもズボンもサイズが合って、自然に着こなしてる。
「ほら、戻れたよ。オカルトの力、完璧」
「本当に僕と一緒なんだ……」
正直、仲間ができたことがすごく嬉しい。僕ひとりだけじゃないってことに、安心感と親近感を覚えて、なんだかホッとした。山田さんはやっと落ち着いてきたみたい。
「はぁ……やっとみんな落ち着いたわよ……美月が戻ってくれてよかったわ」
「山田、私が男の子なの、嫌?」
「嫌ってわけじゃないけど……女の子としての美月とずっと付き合ってきて、美月は女の子だって思ってたから、脳が混乱するというか……なんだか変な気分になるのよ」
「ふーん、でも、嫌じゃないんだ。ふふふ」
「な、なによ」
「嫌じゃないのなら、たまに男の子になる。さっきの山田の反応、楽しかった」
そう言ってのける美月ちゃん。山田さんは相変わらずぎゃーぎゃーと美月ちゃんに突っかかって、美月ちゃんはそれをクールに受け流す。
その表情はとても柔らかくて、心なしか少し頬が赤らんで見えた。
◇
「麦茶しかなかった」
「急に押し掛けたんだから十分よ」
「ありがとう美月ちゃん」
仕切り直し。美月ちゃんが気を使って出してくれた麦茶をゴクリと1口飲む。家から駅、そしてアパートまでの間のそう長くはない歩きでも、外の夏の暑さによって存外水分を奪われていたようで。キリッと冷えた麦茶が喉に染み渡る。
最初に口を開いたのは僕。
「そういえばさ、結局あの、おみくじの内容って何だった?」
僕がそう聞くと、美月ちゃんが答える。
「私のは『吉』。当たり障りないことと、力の使い方に気をつけろって書いてあった」
「え、僕まだおみくじの内容言ってないよね。僕のは『大吉』で、『性転の力を過用すると副作用あるかも、慎めよ』って書いてあったよ」
「へえ、夏樹くん大吉なんだ。いいな。私は吉だけど、最後は同じ感じだね。まあ、実家遠いからひとり暮らししてる私には、オカルトの力試すのちょうどいいし」
美月ちゃんはクールに頷く。山田さんは拍子抜けした顔だ。
「それだけ? じゃあなんで私にはおみくじなかったのよ! 25円なんてしょっぱいって思われたってこと!?」
「山田、転換の力願わなかったからじゃない? 私と夏樹くんは願ったからおみくじ出たんだよ」
「え、そういうこと?」
「多分ね。あと、鳥居くぐったら駅の近くにいたのも、山田があまりにも愚痴ってたから可哀想になったんじゃない?」
「何!? 私がうるさかったからってこと!?」
ムッとして立ち上がる山田さんに、僕と美月ちゃんは苦笑い。
「まあまあ、山田さん、結果的に楽に戻れたんだから良くない?」
「うん、オカルトの優しさだよ」
「優しさって……非科学的すぎるよ!」
山田さん、頭抱えてたけど、納得したみたい。そのまま美月の部屋で数時間喋って、時計見たらもう夕方近く。
「そろそろ帰ろうか」
「うん、帰るタイミングなくしそうだしね」
僕と山田さんが帰ろうとすると、美月ちゃんが玄関まで見送りに来てくれた。
「またね。オカルト探し、また行こう」
「うん、楽しかったよ。またね」
駅に向かう道すがら、山田さんにふと聞いてみた。
「ねえ、山田さん、今更だけど、僕のこと信じてくれた?」
僕がそう聞くと、山田さんは少しキョトンとして、少し考えて、苦笑しながらこう答えた。
「それどころじゃないことが起こりすぎて、信じるしかなくなったわ」
「そうだよね」
そんな会話をして、二人でくすくす笑い合いながら駅前まで歩いた。山田さんとはここでお別れ。挨拶をして、手を振りながら、僕は家路についた。
性転神社の謎はまだまだ解けそうにないけど、仲間との絆が深まった気がする。
◇
家に帰って、ベッドに寝転がりながら今日のことを考える。
おみくじの「副作用」って言葉が頭に浮かぶ。……まあ大丈夫だろう。怖がって使わないなんて勿体ないし、使いすぎがどの程度なのかも分からない。それなら、もし何か問題出たらちょっと頻度落とそうかな、くらいでいいよね。
おみくじ、どこ置いたっけ。あ、カバンの中だ。
大事に持っておこう。なんとなく、そうしなければならないような気がしてならなくて。
僕は起き上がってカバンから取り出すと、机の引き出しに大事に仕舞いこんだ。
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