#10 長くなった髪の毛は維持管理が大変だけどいろいろと遊べて楽しい。
お待たせしました。
2日目の朝です。え、まだ2日目……!?←
7月22日月曜日
ピピピピッ♪ピピピピッ♪ピピピピッ♪
目覚まし時計の電子音が聴こえる。
うーん、うるさい……ぱしっ。
あっ、今日は手が届いた。昨日の夜位置を調整しておいてよかったよ……。ふぁ……なんだかまだ眠いや。二度寝しちゃおうかな。
……そういえばもう夏休みだから、二度寝してもいいんだっけ。よし、二度寝しよう(決意)。
そう思った僕はお布団に倒れ込んで、再度微睡みの中へと―――
バンッ!!!!!!
「お寝坊なつ兄おはよぉーぐっどもーにんぐ起きろ!!!!」
「…………うるさい」
入れなかった。人がせっかくいい感じのまどろみに浸ってたのに……
勢いよく開かれた扉から入ってきたのは冬華。
ちらりと目を向けるとエプロンを着ていたことから今日の朝ごはん担当なのだろう。廊下の向こうからパンの焼けるいい匂いがする。
「もうちょっとだけ寝ちゃだめかな?」
僕は寝ぼけまなこを擦りながら身体をゆっくり起こす。だめ?と聞きながらも、冬華が朝ごはんを作ってくれた事実によって内心では起きる方向に気持ちが切り替わっていた。
「今日の朝ごはん頑張って私が作ったのに冷めちゃうじゃん……ってあっ、まだ「なつ姉」なんだね」
「んぇ……?あ、そっか。僕今、女の子なんだっけ」
どおりでさっきから頭が重いと思ったんだよ……。髪の毛が視界をチラつくし、頬にも何本か張り付いている。
「うわ、寝癖ひっどいよ?……ちょっとなら待ってるからなるはやで整えて起きてきてね!」
そういうなり冬華は扉をまた勢いよく閉めて行ってしまう。少し奥から廊下をばたばたと駆け下りる音が聞こえた。朝から忙しいやつだと思う。
……よし、ちゃんと起きよっと。とりあえず寝癖を整えないとね。布団から出た僕は、昨日から出しっぱなしにしてあった姿見を見る。
「うわあ……これはひどいや」
そこに映っていたのは髪が跳ねまくった女の子。せっかくの美少女も台無しだ。
これ、どうしよう。
と、とりあえずクシ……あったっけ、なかった気がする……困った―――
「おーい、ナツキー?はやく下にうわっびっくりした!?……え、髪やばwwwww」
また勢いよく扉が開いたと思えば今度はお姉ちゃん。僕を呼びに来たらしいけど、今の姿を見るなり大爆笑している。ぐぬぬ……
「笑わないでよぉ……お姉ちゃんクシとか持ってない……?」
「もう」と頬をぷくりと膨らませてお姉ちゃんに抗議する。男の子の僕がやったら微妙かもしれないけど、今の僕ならなかなか様になって良い。やはり可愛いは正義なのだ。ちなみにどうやらそれはお姉ちゃんにも適用されるらしい。
「グハッ……弟が……あざといっ……今は妹だけど……っ!」
なんて体を仰け反らせる。反応がオーバーだと思う。それはともかく、話を戻して。
「持ってるけど……そうだ。私が整えてやろうか、ちょっとまってて」
そう言いながら自分の部屋に入って行ったお姉ちゃん。なにかをゴソゴソと探したかと思うとすぐに戻ってくる。
「姿見の前に来な、整えるから」
そう言って僕を手招きするお姉ちゃん。僕は素直に応じて姿見の前でちょこんと座る。
「冬華にはよくやってるけどさ、いやーナツキの髪を梳かすのは久しぶりだねー」
そう呟きながら僕の髪の毛にスルスルと串を通していくお姉ちゃん。お姉ちゃんに髪の毛を弄られるのはたしかに久しぶりだ。小学校のときにはよくお姉ちゃんのヘアアレンジの練習台になった(ならされた)ものだ。男の子だからそこまでは長くはしなかったけど、男の子にしてはわりと長めの髪をお姉ちゃんのまだ拙い手つきでくるくるされたり、編み編みされてはクシで梳かされる。
当時は「またぁー?」なんて言っていたけど僕はその時間が嫌いではなかった。そんなことを思い出して、僕はなんだかすごく懐かしさを感じていた。
「よし、こんなもんかな……っと、せっかく長い髪だし、ちょっとアレンジしてもかわいいよねぇ〜」
「!」
ひと通り梳かし終わったのかお姉ちゃんが手を止めて、ふとそんなことを言う。そして僕はそれに期待をしてしまっていた。
「おやナツキその顔は興味津々だなぁ?よろしい!お姉様がやってやりましょう!」
そう愉快なことを言いながらお姉ちゃんは僕の長くなった髪の毛を編み込みはじめる。
「それにしてもナツキの髪の毛は不思議だね。あんなにとっ散らかってたのに、ちょっと櫛を通したらもう素直になる」
「女の子になる謎の力のお陰なのかな」
「そこはわからんけど、普通に体質もあるんじゃね?ナツキの髪の毛って昔から細めでサラサラしてたし」
「そうなのかなあ」
僕と話しているあいだも、お姉ちゃんは手を緩めない。何となく髪の毛が引っ張られる感覚が続く。そうして数分がたったころ
「出来たあ!我ながら自信作だよ!」
汗を拭う仕草をしながら僕の(華奢になった)両肩にぽんと手を置く。
鏡を見てみると、横髪が綺麗に編み込まれている。まるでディ○ニーのプリンセスみたいだ。可愛いもの好きには堪らない。それが可愛くなった自分で、自分が可愛くなったのがさらに可愛くなったというか(?)
なんというか、すごい。
「おぉ……」
僕は感嘆しながらお姉ちゃんのことを興奮と羨望の眼差しで見上げた。
「ふっふっふ……私凄かろ?褒めてくれてもいいんだよ?」
そう言いながら明らかに高尾山の天狗よりもハナタカになっているお姉ちゃん。今ばかりはそれも認めてしまえるほど僕はワクワクしていた。なにせ目の前をみればまるでお姫様のような美しい女の子がいて、それが自分ともあれば興奮するのも無理はないだろう。
「すっっごい……僕超かわいい……お姉ちゃんありがとうっ!!」
「わふっ!?」
興奮のあまり思わずお姉ちゃんに抱きついた僕。お姉ちゃんが驚いたような、不意打ちをくらったかのような間の抜けた声を出して僕の身体を受け止める。
あれ、僕お姉ちゃんに抱きついてる?え。
「あ、あれ!?僕お姉ちゃんに抱きついてる!?あわわわわ、!?」
僕は自分でも自分の行動の理解が出来ずに混乱していた。……興奮が高まりすぎて頭で考える前に身体が動いてしまったような感覚。
とりあえず慌てて手を離す。抱き締めたお姉ちゃんは柔らかくてなんだかいい匂いがして、「おんなのひと」って感じがしました……って僕は何を!?(錯乱)
「ナツキ?」
「ひゃ、ひゃい!?」
「全然嫌じゃないし、いいんだけどさ
一応女の子のときだけにしてね」
「はい……」
女の子のときはいいんだ……なんて思ったのは内緒だ。
ちょうど会話が途切れたところで朝ごはんがまだだったことに気がつき、急いでリビングに向かう。
「なつ姉もあき姉も遅い!!もうっ!!冷めちゃったじゃん!!!」
おかんむりの冬華に怒られた。ちらりとリビング壁掛けの時計を見てみれば、起きた(起こされた)時間からだいぶ時間が経っていたので、冬華のご叱責も最もなことだと思う。
「いただきます」
テーブルについて朝ごはんを食べる。トーストにハムエッグとサラダ。作り立てからは少し冷めていたけれど、朝食はとても美味しかった。
そのことを冬華に伝えたら上機嫌になったので胸を撫で下ろしたのだった。
◇
ピーーンポーーーーン
朝食をおえてしばらくした頃。リビングでテレビを見ていた僕はインターホンの音で来客に気がつく。
「誰だろう……?」
そう思いながら、まだ若干眠気の残る眼で、いつも通り「受話」ボタンを押し「はーい」と返事をして
「片山拓也です。夏樹君と遊ぶ約束をしていましたので伺いました」
一気に目が覚めた。インターホンの向こう側にいる他人行儀で礼儀正しい声は、間違いなく僕のクラスメイトであり親友である片山拓也のものであった。
……というか小学校から同じ幼なじみだし、昔からよくお互いの家を行き来しては入り浸っていた関係だったりする。
それにしては畏まりすぎじゃないかとも思うけど、ちゃんとするところはちゃんとする真面目なところが彼のいいところだ。
ほんとごめん、約束すっっっかり忘れてた。
そういえば終業式の日にそんな話をしたなあ!なんて思いながら、玄関に続く廊下に出る。
「外暑いしとりあえず中に迎え入れて、リビングで待っててもらう間に最低限部屋を整えないと……」
そう思って玄関に着き、鍵を回そうとして―――
「ナツキ、ちょっとストップ」
「え?」
「今、ナツキ、女の子。いいん?」
「あ」
あっっっっぶな…………………………!!!!?!?
考えてみれば当然だった。拓也は男の子の僕しか知らないのに、誰かもわからない美少女が出てきたと思ったら親友を騙って「今日は暑いね〜とりあえず入って入って」なんて言ったら訝しげな目で見られること間違いナシだ。わぁ〜〜危なかった。
この間わずか0.1秒。
「男に戻れっ!!」
謎の光が僕の身体を包み込む。
光が消えたと思ったら身体のバランスが少し変わった気がした。たぶん戻ったと思う。一応確認……よし、「ある」。
これで憂いは無くなったさぁ拓也お待たせ今扉を開けるね。カチャッ!と小気味よい音を立てて鍵が回り、扉が開いていく。
「あっちょっ」
それと同時に、背後からお姉ちゃんの慌てた声が聞こえた。
「え……?……あ、タクおはよう。待たせてごめんね」
そう言って目の前に姿を現した親友に語りかける。その当の拓也といえば僕の方をじっと見つめてきて。お姉ちゃんをちらりと見れば「あちゃー」とでも言いたげな表情。
「……えっ、なに、どうしたの……?僕、どこか変…………?」
さすがに怖くなってきた僕は怯えながら訊く。
もしかしてTSが不完全だった……!?
「いや……、今日は随分と可愛らしい格好をしてるんだなぁと思ってな」
え………………?あ。
ここで振り返ってみよう!
・僕は昨日、女の子物のフリフリの着いたパジャマを買った。
・昨日はずっと女の子だったので、そのパジャマを着て寝た。
・朝起きてから着替えていない。
・今さっき僕はTSして男の子に。
Q.E.D. ―証明終了―
「あっ……あっ…………」
顔が熱い。拓也に僕(男子高校生)は女の子用のフリフリパジャマを着て寝ているのだと思われた。最悪だ!女の子用のパジャマを着ているのはいいとしても男の子の状態で女の子用の服を着てそれを幼馴染で同級生の片山拓也に目撃されてしまった!
「……俺は偏見とか持たないからな?可愛いし似合ってると思うぞ」
「っ………………〜〜〜〜!?!?!?」
顔が沸騰しそうになる。いっそ笑ってくれればよかったのに、拓也はいつもの涼しい顔でそんなことを言う。いよいよ限界で、心臓の鼓動が激しくなって、僕は思わず玄関から飛び出してしまった。
階段を駆け上がり、「た、タクはリビングで待っててねっ!?着替えてくるからっ!!!」と言って自室の扉をバタンッと勢いよく閉める。
そのまま布団に飛び込んだ僕は、顔を埋め、しばらくのあいだ声にならない呻き声を出していたのだった。
夏樹の部屋の扉「もうちょい優しく頼む」
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