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~伽羅~

「勝負あった!」


 伽羅と桜仙様との取り組みは伽羅の圧勝でした。私は伽羅に勝ち名乗りを上げます。


 桜仙様は土俵の外まで投げ飛ばされた後、消えて花びらへと戻っていきました。


「やっぱり写し身の相手はつまらないわね。本物の桜仙は負けた時もっと良い顔をするもの」

「そんなに頻繁に相撲してるの? 女神様って意外とお転婆なんだね」

「人間の女が大人しいだけで普通よ。そもそも力比べは生物の本能みたいなものよ?  

 瑠璃だって人と競い合うのは好きでしょう?」

「うーん。そうかも」

「そしてわたしは人を負かすのが大好きなの」

「伽羅ってほんとサディストだよね」

「だって鬼だもの」


 伽羅が私の頬を両手で挟むように撫でてきます。


「瑠璃がどんな顔を見せてくれるか楽しみだわ」

「勝者の高笑いかもしれないよ?」


 伽羅は既に勝った気でいるみたいです。その顔を見てたら腹が立ってきたので、私は両手で伽羅の頬を引っ張ります。伽羅の琥珀色の肌は、触り心地がとても良くて、マシュマロみたいによく伸びます。


「はら! ほれははろひひへ! (あら! それは楽しみね!)」


 伽羅はわたしの手を払うでもなく、不敵に目を細めると、わたしの頬を捏ねまわしはじめました。


「ほほひほいはお(面白い顔)」

「ひゃらほほ(伽羅こそ)」


 笑い合う私と伽羅。でも、そんな楽しい時間もあと僅かです。


「さあ、始めましょう瑠璃。あなたの成長をわたしに見せて」

「もちろん!」


 本当はもっとたくさん伽羅と話したい。でも、もう時間はありません。


 わたし達はそのまま仕切り線を挟んで構えます。本来なら、一旦土俵を出て礼から始めるべきなのでしょう。しかし、大事なのは神様にわたしと伽羅の相撲を見せること。人が考えた形式や所作は大して重要ではない……と、以前大相撲の土俵入りの真似をしようとしたわたしに伽羅が笑いながら言っていました。


 片手を付けて、わたしは神様に語りかけます。


 この一年、幸い大きな怪我も病気も無く、健康に過ごすことが出来ました。


 部活では全中に出場して、自己ベストも更新。有終の美を飾って引退することが出来ました。


 お断りしたけれど、男の子から告白も受けました。


 平穏に過ごせたのは、きっとこの町の神様や、伽羅が見守ってくれていたのでしょう。


 ありがとうございます。感謝の思いを全ての思いをこの一番にぶつけます。


 静まった暗闇の中に伽羅とふたりきり。


 勝負前の駆け引きなんてありません。ただ、視線を合わせたまま、わたし達は手を付き呼吸を合わせます。


 今!


 はっけよい!


 ぶつかり合って押し負けるのはわたし。桜仙様や紫峰さんも強かったですが、伽羅はやはり別格です。全中100メートルベスト8に入る瞬発力を持ってしても及ばない強い当たり。わかっていました。力では適わないことくらい。それでも、真正面から勝負することだけは譲れないんです!


 力では負けましたが、低く潜り込んでもろ差しをとった事で、体勢的には有利な状態です。わたしは全身の筋肉で跳ねるように伽羅を押し返します。


 一瞬押し返したわたしですが、腕を極められそうになった事で緩めたところ、右の差し手を許してしまいました。四つに組み合った状態で、伽羅が胸で押し上げてきます。


 体感では数分、実際には数十秒程、わたしと伽羅は土俵狭しと応酬を繰り広げます。


 わたしは何とか伽羅の脇に頭を潜り込ませようとしますが、がっぷり四つで組み合いたい伽羅はそれを許しません。完全に上体を起こされた事で、伽羅の望む四つ相撲に持ち込まれてしまいした。足を開いて腰を落とし、胸と胸を合わせての力比べ。全身で伽羅を感じながら、渾身の力でまわし(褌ですがここではまわしと表記します!)を引いて、押し切られないように土俵を回るわたしですが、伽羅の猛攻を止める事ができません。


 伽羅のがぶり寄りに、一回で半歩下がり、二回目で片足が浮き、三回目で一瞬両足が地面を離れます。振り回されながらも、わたしは伽羅のまわしを掴んで、必死に耐えます。上手をとった手で投げようと力を籠めますが、伽羅の腰は重く牽制にもなりませんでした。


 そして四度目。そこで、わたしの身体は大きく吊り上げられました。


「っ!?」


 声にならない叫びが口から洩れます。


 この時点でわたしの敗北は確定的でした。最早わたしの運命は伽羅に委ねられたようなもの。


 瞬間、獲物を飲み干すかのように伽羅はわたしを投げ落としました。


 背中から衝撃を受けて一瞬視界が真っ暗になります。


 恐らく現実ではないからでしょう。この世界ではどんなに強く投げられても痛みはそれほどではありませんし、怪我をすることもありません。


 しかし、肌に感じる土の感触と敗北の味は現実と変わりません。


 負けた……また、負けてしまいました。


「ああ……」


 伽羅が恍惚とした表情でわたしを見下ろしています。


「いいわ、最高だったわ! 本当に強くなったわね」


 褒められて悪い気はしません。伽羅も満足そうな表情をしているので、お世辞ではないのでしょう。でも、力の差を見せつけられるように吊り落とされたわたしとしては微妙な気分です。


 伽羅はわたしの手をとって立ち上がらせると、そのまま抱き着いてきました。


「伽羅?」

「ずっとこのままでいたい。けれど時間よ」


 わたしは伽羅を抱きしめ返しました。


 わたしの役目は神様に相撲を奉納すること。勝負がつけばお別れの時間がやってきます。


「ご褒美を貰うわ」

「ん」


 首筋に温かい感触を残して、顔を上げる伽羅。


 伽羅の感触が、姿が少しずつ消えていきます。わたしは、寂しさを見せないように、精一杯笑顔で伽羅を見送ります。


「また来年会いましょう。瑠璃」

「うん。また来年」


 来年また会う約束を交わして、わたしは霞のように消えていきました。


 また一年……長いです。


 そしていつものように、わたしの意識も闇の中に落ちていったのでした。



 ***



 それから二ヶ月が過ぎました。わたしは無事、第一志望の高校に合格して今日は入学式。


 真新しい制服に身を包んだわたしは、桜の舞う境内でお参りをします。


 無病息災、家内安全、学業成就。


 そして……


「いってくるね!」


 境内に人影はありません。でも、きっと伽羅は見ているはずです。


 大きく手を振って、わたしは新しい一歩を踏み出しました。


毎年節分にお届けしていましたが、これをもって完結とさせて頂きます。

長年の応援頂きましてありがとうございました。

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