表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/5

3.性に合わない

「いたか!?」

「いえ、この辺りでは姿はおろか、痕跡すら……」

「探せ! まだ近くにいるはずだ! しかし、どうやって鉄枷と牢の鍵を壊したんだ……!」


 慌てた様子の、騎士達の声が耳に届く。

 私がいるのは、真っ暗闇の中だった。

 メリアに鉄枷を壊してもらった後、どうやって脱出するのか疑問であったが、どうやら彼女は『影の中』を自由に移動できるらしい。

 影魔法――空間魔法に該当するものだと聞いたことはあるけれど、実際に見るのは初めてだった。

 誰にも気付かれずに牢屋の中まで入って来られたのは、この魔法のおかげのようだ。

 影の中を歩く、というのは何とも不思議な感覚だった。メリアが認めた者であれば出入りは可能らしく、安心安全に脱獄が可能、というわけだ。

 枷だけでなく牢屋の鍵も壊したのは、『通路から脱獄した』と思わせるためらしい。

 他に仲間がいる、とは当然思うだろうが、まさか吸血鬼と共に逃げ出したとは予想もしないだろう。

 牢屋に単独で入ってきた時点でもそうだが、やはりメリアは規格外な存在――吸血鬼であると、認めざるを得ないことばかりだ。


「どうかしましたか?」

「あ、いや、こんな魔法が使えるなら、牢屋くらい簡単に入れるだろうなって」

「ふふっ、確かに移動は楽ですが、とはいえこの手の魔法にはリスクや制約が付き物です。ま、今は気にすることもないですが」


 何やら意味深なことを口にしながら、前を歩くメリアに続く。そう言えば、行く先をまだ聞いていなかった。


「あの、これってどこに向かっているの?」

「それはもちろん、私の家ですよ」

「! あなたの……?」

「当然でしょう。まだこの付近だけでしょうけれど、仮にも処刑される予定の人間が脱走したわけですから。明日には王都中に貴女のことが広まるかもしれませんね」


 メリアは楽しそうに言うが、私は全く笑えなかった。

 何せ、私は殺人犯として濡れ衣を着せられたまま、今度は脱獄犯として追われる羽目になるのだから。特に、後者については私が選んだ道であるとはいえ、逃げ出した以上は否定もできないのは事実でしかない。

 今更ながら、とんでもないことをしている自覚が湧いてきた。

 生き延びるためとはいえ、吸血鬼の力を借りるなんて――以前の私なら、絶対にしなかったことだろう。

 メリアとはパートナーとなる契約を結んだが、今の段階ではただの言葉での約束に過ぎない。

 彼女がどういう意図で、私を連れ出したのか。

 本当に、私の血が美味しいなどという、呆れた理由だけで連れ出したのだろうか。

 そんな、考えなくてもいいことばかり考えてしまう。


「不安ですか?」

「っ!」


 不意に、メリアから問われて、私は思わず足を止める。

 すると、彼女も私の方へと振り返った。


「……あなた、人の心が読めるの?」

「いいえ、他人の心ほど、読めないものはないでしょう? けれど、感情というのは伝わってきます。ここは私が作り出した影の中。私が認めた者が入ることができる空間であり、今は貴女と私の二人きり。たとえばここで、私が貴女を襲ったとしても――誰も助けに来ません。泣き叫んでも、その声は外には届かないんです」


 一歩、メリアが距離を詰めてくる。

 私はわずかに、後退りをした。

彼女の言うことは、おそらく全て事実だろう。

今、私は誰に助けを求めることもできない状況だ。影からは出られないし、影の中には誰も入って来られない。メリアに抵抗する術も、私にはないし、おそらく剣があっても勝てないだろう。

 だから、努めて冷静に答える。


「確かに、不安がないって言えば嘘になる。でも、私は自分であなたについていくことを選んだんだから」


 私ははっきりとそう言って、一歩前に進んだ。


「私とあなたはパートナーで、対等な関係でしょ? あなたの言葉に、一々怯えてはいられないわ」


 そこまで言い終えると、メリアは少し驚いた表情を見せた。

 思えば、まだ出会って間もないが、彼女の言葉には動揺させられてばかりだった。

 また不安を煽られて、言われっぱなしというのは性に合わない。

 本当は少し怖くて、握った拳も震えているけれど、それは見せないようにした。


「……ふふっ、いい答えですね。どうせ一緒に行動するなら、やっぱり『貴女自身』を好きになりたいですから。貴女のような人は、好みのタイプです」


 メリアはそう言うと、くるりと反転して再び歩き出した。

 一気に、緊張感が抜けて、私は大きく息を吐き出す。

 下手なことを言って襲われたらどうしよう、という気持ちは少なからず、私の中にあったのだ。


「あ、それから一つ。先ほども言いましたけれど、私は『嫌がる相手』を襲う趣味はありませんので。そこらの獣とは一緒にしないでくださいね」


 ……やはり、メリアは人の心を読んでいるのではないだろうか。そう思いながら、私は彼女と後に続いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ