3.性に合わない
「いたか!?」
「いえ、この辺りでは姿はおろか、痕跡すら……」
「探せ! まだ近くにいるはずだ! しかし、どうやって鉄枷と牢の鍵を壊したんだ……!」
慌てた様子の、騎士達の声が耳に届く。
私がいるのは、真っ暗闇の中だった。
メリアに鉄枷を壊してもらった後、どうやって脱出するのか疑問であったが、どうやら彼女は『影の中』を自由に移動できるらしい。
影魔法――空間魔法に該当するものだと聞いたことはあるけれど、実際に見るのは初めてだった。
誰にも気付かれずに牢屋の中まで入って来られたのは、この魔法のおかげのようだ。
影の中を歩く、というのは何とも不思議な感覚だった。メリアが認めた者であれば出入りは可能らしく、安心安全に脱獄が可能、というわけだ。
枷だけでなく牢屋の鍵も壊したのは、『通路から脱獄した』と思わせるためらしい。
他に仲間がいる、とは当然思うだろうが、まさか吸血鬼と共に逃げ出したとは予想もしないだろう。
牢屋に単独で入ってきた時点でもそうだが、やはりメリアは規格外な存在――吸血鬼であると、認めざるを得ないことばかりだ。
「どうかしましたか?」
「あ、いや、こんな魔法が使えるなら、牢屋くらい簡単に入れるだろうなって」
「ふふっ、確かに移動は楽ですが、とはいえこの手の魔法にはリスクや制約が付き物です。ま、今は気にすることもないですが」
何やら意味深なことを口にしながら、前を歩くメリアに続く。そう言えば、行く先をまだ聞いていなかった。
「あの、これってどこに向かっているの?」
「それはもちろん、私の家ですよ」
「! あなたの……?」
「当然でしょう。まだこの付近だけでしょうけれど、仮にも処刑される予定の人間が脱走したわけですから。明日には王都中に貴女のことが広まるかもしれませんね」
メリアは楽しそうに言うが、私は全く笑えなかった。
何せ、私は殺人犯として濡れ衣を着せられたまま、今度は脱獄犯として追われる羽目になるのだから。特に、後者については私が選んだ道であるとはいえ、逃げ出した以上は否定もできないのは事実でしかない。
今更ながら、とんでもないことをしている自覚が湧いてきた。
生き延びるためとはいえ、吸血鬼の力を借りるなんて――以前の私なら、絶対にしなかったことだろう。
メリアとはパートナーとなる契約を結んだが、今の段階ではただの言葉での約束に過ぎない。
彼女がどういう意図で、私を連れ出したのか。
本当に、私の血が美味しいなどという、呆れた理由だけで連れ出したのだろうか。
そんな、考えなくてもいいことばかり考えてしまう。
「不安ですか?」
「っ!」
不意に、メリアから問われて、私は思わず足を止める。
すると、彼女も私の方へと振り返った。
「……あなた、人の心が読めるの?」
「いいえ、他人の心ほど、読めないものはないでしょう? けれど、感情というのは伝わってきます。ここは私が作り出した影の中。私が認めた者が入ることができる空間であり、今は貴女と私の二人きり。たとえばここで、私が貴女を襲ったとしても――誰も助けに来ません。泣き叫んでも、その声は外には届かないんです」
一歩、メリアが距離を詰めてくる。
私はわずかに、後退りをした。
彼女の言うことは、おそらく全て事実だろう。
今、私は誰に助けを求めることもできない状況だ。影からは出られないし、影の中には誰も入って来られない。メリアに抵抗する術も、私にはないし、おそらく剣があっても勝てないだろう。
だから、努めて冷静に答える。
「確かに、不安がないって言えば嘘になる。でも、私は自分であなたについていくことを選んだんだから」
私ははっきりとそう言って、一歩前に進んだ。
「私とあなたはパートナーで、対等な関係でしょ? あなたの言葉に、一々怯えてはいられないわ」
そこまで言い終えると、メリアは少し驚いた表情を見せた。
思えば、まだ出会って間もないが、彼女の言葉には動揺させられてばかりだった。
また不安を煽られて、言われっぱなしというのは性に合わない。
本当は少し怖くて、握った拳も震えているけれど、それは見せないようにした。
「……ふふっ、いい答えですね。どうせ一緒に行動するなら、やっぱり『貴女自身』を好きになりたいですから。貴女のような人は、好みのタイプです」
メリアはそう言うと、くるりと反転して再び歩き出した。
一気に、緊張感が抜けて、私は大きく息を吐き出す。
下手なことを言って襲われたらどうしよう、という気持ちは少なからず、私の中にあったのだ。
「あ、それから一つ。先ほども言いましたけれど、私は『嫌がる相手』を襲う趣味はありませんので。そこらの獣とは一緒にしないでくださいね」
……やはり、メリアは人の心を読んでいるのではないだろうか。そう思いながら、私は彼女と後に続いた。