2.破格の提案
『ラヴィリア王国』の王都――『オルレン』。大陸でも有数の大都市であり、そこに暮らす人々の数も去ることながら、観光目的でも多くの者が行き交う。
商いを目的とした者達も、日々やってくる一番栄えている都市と言っても過言ではない。
そんな王都の中心部にて、私は牢屋に繋がれながら、目の前の吸血鬼からとんでもない提案を受けていた。
この少女は、一体何を言い出しているのだろう。
私は思わず、眉を顰めて彼女を見据える。
「いや、意味が分からないんだけど」
「あら、シンプルな話だと思うのですが。『全部あげる』と言ったのだから、貴女は私のモノ――違いますか?」
「それは……確かにそう、言ったけれど。あなたのモノになるっていうのは違うっていうか」
歯切れ悪く、私は何とか答えようとする。
私は先ほど、彼女の言葉を受けて諦めたつもりだった。
だから、突然の言葉にただ困惑する。
彼女は、私をここから『連れ出す』と言っているのだ。
誰にも見つからずに入ってきたのだから、誰にも見つからずに私を連れ出すことも可能なのだろう。
彼女の言葉を疑っているわけではないけれど、脱獄するのにまさか吸血鬼の力を借りることになるなんて――それは、予想のしていないことであった。
「何やら迷っていらっしゃるようですが、どこに迷う必要があるんですか? 貴女は明日になれば、処刑される運命にある身でしょう? だからこそ、諦めて私に全てを差し出す選択をしたはずです。むしろ、私が貴女のことを気に入って、『運が良かった』と思うべきでは?」
彼女は淡々と、事実を口にする。本当に、その通りではあった。
私は全てを諦めて、彼女に殺されるつもりで、きっと彼女も私を殺すつもりだったに違いない。
けれど、吸血鬼からすると私の血液は本当に美味らしく、だから今すぐに殺すには惜しい、ということだろう。
私だって、せっかく見つけた美味しい物がこれっきり、と言われたら悲しい気持ちにはなるので、彼女の言いたいことも分からなくはない。
ただ、私は『食べられる』側ということになるけれど。
生き残る代わりに吸血鬼の食糧として生きる人生というのは、むしろここで死んだ方がよいのではないか――そう考えてしまう。
「何やら迷っている様子ですね。では、私から一つ提案をしましょう」
私が考えているのを見てか、不意に吸血鬼の少女がそんな風に切り出した。
「……提案?」
「もしかすると、貴方は私の『食料』として生きることに不安を抱いているのではないかと思いまして」
「っ!」
彼女は心を読むことができるのだろうか。そう思ってしまうほど、的確に私の考えていることを口にしてくる。
彼女は、そのまま言葉を続けた。
「私の『パートナー』になりませんか?」
「! パートナー?」
「はい。私には別に『人間を飼う』趣味はありませんので、一緒に来る以上は、できる限り仲良くしたいと思っています。貴女には、それ相応に自由な生活も保障しましょう。私――メリア・リィベルの名において誓いますよ」
吸血鬼の少女――名はメリアと言うらしい。
メリアは、はっきりと言い放った。
言葉の端々から、やはり人とは違う種族である、というところは垣間見ることができるが、私に対して随分と譲歩した内容である、というのは理解できる。
わざわざ、私に対して説得など、彼女からすればする必要もないことだ。
つまり、メリアは本当に私をパートナーとして迎え、その代わりに共にいる限り、自由な生活を保障してくれる、ということなのだろう。
もはや、迷う必要すらない提案であった。
もしもここで彼女の手を取らなければ、私は明日――処刑されるだけの身なのだから。
ただ、心の中にまだ『騎士』として生きていたい気持ちが、残っているのかもしれない。
それが、私にとってわずかな迷いを生んでいた。
どう足掻いたところで、騎士として生きる道など残されていないというのに。
そんな私に再びメリアは近づいて跪くと、耳打ちするように言う。
「望むのなら、貴女が『騎士』として本当にしたかったこと――そのお手伝いも、して差し上げますよ」
騎士として本当にしたかったこと、そんなことは決まっている。
ただ、私は正しくありたかった。間違いを犯した者を正し、清く正しい騎士でありたいと、そう願ったのだ。
それが、私が生きるために大事にしていることであったから。
両親がいなくたって、孤児院の出身だからって、何も恥じるようなことはないのだと――そう、思っているからだ。
メリアの言葉を聞いて、私はその事実に気付く。
別に、私が本当にしたいことは、騎士でなかったとしてもできるのだ、と。
私にあらぬ罪を擦り付け、『騎士の在り方』を否定する者を――この手で裁く機会を得たのだ。
「さあ、時間がありませんよ。ここに近づく人の気配があります。私は強制するのは好きではないので、貴女が選択してください。私のパートナーとなって共に生きるか、明日に処刑される道を選ぶか」
メリアは立ち上がり、私に対して手を差し伸べる。
改めて問われると、迷う必要もない選択肢で、思わず苦笑いをしてしまう。
私は鉄枷に繋がれたままの手を持ち上げて、彼女の手を握った。
「いいわ。私はあなたに好きなだけ血をあげる。だから、あなたは私に力を貸して」
「ふふっ、契約成立――ですね?」
バキッ、と何かが砕ける音と共に、私の自由を奪っていた鉄枷が外れた。
何をしたのかも見えなかったが、メリアが鉄枷を壊したのだろう。
こうして私は、偶然に牢屋で出会った吸血鬼に助けられ――脱獄に成功した。