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1.プロローグ

 私――アン・ブレイカーはこれまで、騎士として真っ当に務めを果たしてきた。

 否、今も果たしているつもりだし、本当は諦めたくはない。

 けれど、私は静かに鉄格子から見える月明かりに視線を向ける。

 何度、壁に打ち付けたか分からない手枷は、それでも頑丈で壊れることなく、今も私の自由を奪っている。

 なんで、こんなことになってしまったのだろう。

 私はただ、間違ったことを許さなかっただけだ。それなのに――


「明日、刑の執行、だっけ」


 ポツリと、私は呟いた。

刑の執行――私は明日、処刑される予定であった。

 罪状は『騎士殺し』。二人の騎士を殺害した罪だ。

 だが、襲われたのはむしろ私の方だった。

 彼らはむしろ、怪しげな連中と取引をしていて、私がそれに気付き、調査をしていたのだ。

 上司にもそれは報告していたし、彼らの方が私を襲ったのだから、それで斬り殺したとして罪には問われないはずだ。

 それに、私は実際には彼らを殺していない――剣で腕を斬りはしたが、彼らもまた他の騎士に連行されたのだ。


「私は、嵌められたの……?」


 どういう理由なのか、それは分からない。

 私に『騎士殺し』という罪を着せ、処刑させようとしている者がいる。

 それが誰なのかも分からないし、私には弁明する機会すらほとんど与えられなかった。

 少し前に行われた裁判において、その場にいた者全てが、私にとって敵であった。

 私が騎士二人の『罪』をでっち上げ、彼らを殺害しようとした――そういうシナリオで、終わらせようとしているのだ。

 そんなことをして何になるというのか、私はもちろん、問いかけた。


 ――孤児院出身の騎士が出世を目当てに仲間を殺した。

 ――このような小娘がそもそも騎士団にいることがおかしい。

 ――お前が騎士二人を殺したのは紛れもない事実だ、早く認めるがいい。


 何を言ったところで、結局聞く耳は持たれなかった。

思い返しただけでも腹が立ってくる。

けれど現状、牢に繋がれたままでは打開する術もない。

 ほんの数日前まで面会に来てくれた同僚も、いつの間にか顔を出さなくなっていた。

 今の私に関わると、何があるか分からない――だから、それについては責めるつもりはない。

 ただ、私には誰一人として、『味方』はいない。罪を被せられたまま、ただ処刑までの時間を過ごすしかないのだ。


「……っ」


 ガンッ、と鉄枷を地面へと思い切りぶつける。

 ここで喚いたところで、どうにもならないことは分かっている。

 何も意味はない――けれど、これが最期なのだと理解して、私は感情を爆発させる。


「――ああ、くそっ! ふざけないでよ! どうしてっ! 私がっ! こんな目にっ! 私は……私はただっ!」


 正しいことを、しようとしただけだった。

 そうして、私は俯いて脱力する。

 やはり、叫んだところで虚しいだけだった。

 どうせ死ぬのなら、どうにか私を陥れた者達に仕返しでもできたらいいのに――そんな騎士にあるまじき考えまで浮かんでしまう。


「あら、随分と騒がしいと思って見に来てみたら――美味しそうな子がいますね」


 不意に、耳に届いたのは少女の声であった。

 一瞬、幻聴かと思ったけれど、確かに声はすぐ近くから聞こえた。牢屋の外ではなく、すぐ目の前からだ。

 私はゆっくりと顔を上げると、そこには一人の少女が立っていた。

 長い黒髪に、真っ白な肌。黒を基調としたドレスのような服装に身を包み、特徴的なまでに真っ赤な瞳でこちらを見据えている。

 わずかに口角を上げて、少女は笑みを浮かべていた。

 牢屋があるのは当たり前だけれど、どこより監視が厳重な場所であり、王都の中心部に近い。

 特に、私のような処刑を待つ者は――絶対に逃げられないように、早い周期で騎士が見回りに来るはずだ。

 牢屋の前に立つことはおろか、騒ぎにならずにここに入り込むなど、人間には不可能な芸当だろう。


「不思議そうな顔ですね。私がここにいるのが」

「不思議というか、どうやってここに……?」

「そうですね。回りくどい話はあまり好みではないので、結論から――私は『吸血鬼』です」

「っ、吸血鬼……?」


 少女の言葉を聞いて、私は思わず目を見開く。

 吸血鬼――姿は人間と同じように見えるが、根本的に異なるのは、魔族に分類されるということ。

 人間とは比べ物にならない力を持ちながら、人と姿が変わらないが故に、人間に紛れて生きる種族だ。

 その強さと狡猾さ、さらには長い寿命を持って――数が少ないながらも常にその存在を知らしめてきた者達だ。

 同時に、彼女がここにいられる理由も分かった。

 人間ではなく、吸血鬼ならば――いくら王都の中心に近い牢屋の中だろうと、入ることは容易だろう。

 人類において、吸血鬼とまともにやり合うことができる者は、ほんの一握りとさえ言われているのだ。


「どうして、吸血鬼がこんなところに?」

「あら、意外と冷静ですね。私が怖くありませんか?」

「怖いも何も、見た目は普通に女の子だし。それに、今の私はこういう状況なわけで……」


 スッと自身の両手に嵌められた枷を、吸血鬼の少女に見せつける。


「なるほど。人は追い詰められると、恐怖を感じるよりももっと達観的になってしまうものなのかもしれませんね。まあ、ここは処刑を待つ者が入れられる牢屋――それは存じ上げておりますが」

「知っているということは、頻繁に来ているってこと?」

「それは違いますね。まあ、ここに来るかどうかは私の気分ですが、今日は本当にたまたま、何やら可愛らしい女の子の『怒る声』が聞こえまして」


 吸血鬼の少女の言葉を聞いて、私は最初に彼女が言ったことを思い出した。


 ――美味しそうな子がいますね。


 彼女はそう、口にしたのだ。

 吸血鬼は特に、人間の『血液』を好んで飲むと聞く。

 彼女がここにやってきた理由は、どうやら私の血を啜るためのようだ。


「……そういうこと」

「どうやら、ご理解いただけた様子。どうせ貴女は処刑される身なのですから、私に血をくださいませんか?」


 優しげな笑みを浮かべて、吸血鬼の少女はそう言い放った。

 血を吸うために、わざわざこんな牢屋までやってくるなんて、なんと物好きな吸血鬼なのだろう。

 思わず、笑ってしまいそうになる。

 確かに、彼女の言う通り、私は明日には処刑される――その運命を変えることは、できないだろう。


「わざわざ、許可を取る意味なんてある?」

「私の流儀ですので。嫌がる相手から血を吸うのも趣向としては悪くはないかもしれませんが」

「言葉だけで聞くと悪趣味ね」

「ふふっ、私は『比較的』人間とは友好的な方ですよ?」


 どのみち、逆らえる状況ではない。逆らったとしても、彼女が本当に無理やり血を吸おうとすれば――楽にできてしまうだろう。

 処刑前日に、目の前に現れたのは吸血鬼。どこまで、私はツイてないのだろう。

 私は小さく溜め息を吐いて、天井を見上げた。

 どうせ死ぬのなら、大衆の前で無様な様子を晒すよりも、今死んでしまった方がいいのかもしれない。


「いいよ、全部あげる」

「……? 今、なんと?」

「だから、全部あげるって言ったの。あなたも言ったでしょ? どうせ、私は明日には処刑される身なんだから。今でも後でも変わらない。なら、今すぐに私の血を全部吸って、殺せばいいわ。そうしてくれた方が、いっそ私も楽に終われる」


 私は投げやりに言った。

 彼女と話していて、自分がもう助からないことを改めて理解してしまったのだ。

 それならもう、早く終わりにしてほしい――私の言葉を受けて、吸血鬼の少女は一層、嬉しそうに笑みを浮かべた。


「ふふっ、そうですか。そういうことなら、もう遠慮はしませんよ」


 吸血鬼の少女はそう言うと、私の前に立ち、ゆっくりと座る。

 私に覆いかぶさるようにしながら、彼女は私の首筋辺りに手を伸ばした。

 くすぐったい感覚に、思わずピクリと身体が震える。


「大丈夫ですよ。痛くはしませんから」


 耳元で、囁くように少女は言う。

 次の瞬間、私の首筋に小さな『刺激』があった。

 彼女の言う通り、痛みはない。チクリとはしたが、どちらかと言えば心地よい感覚だ。身体の中を流れる血液が抜けていく感じ。このまま吸われ続ければ、私はやがて意識を失って、安からな死を迎える――


「っ!」


 そのはずだったのに、不意に私の首筋から、吸血鬼の少女は口を離した。

 口元から垂れる鮮血は、間違いなく私の血を吸っていた、という事実を教えてくれる。

 驚きの表情を見せる彼女に、私はただ困惑した。


「ど、どうしたの?」


 このまま終われるはずだったのに、どうして止めてしまったのだろうか。


「貴女の血……」

「私の血……? まさか――」


 不味いとでも、言うのだろうか。血の味なんて、私からすれば鉱石類に近い、としか言えない。

 故に、吸血鬼がどういう風に血の味を感じているか分からないが、不味いなんて言われた、それは何となく不服ではあった。


「美味しすぎるんですけどー!?」

「へっ?」


 だが、彼女は予想に反して歓喜の声を上げた。

 嬉々とした表情で、彼女は目を輝かせながら語り始める。


「口のなかに広がる豊潤な味わい……それなのに、後味はスッキリとしています。旨味が凝縮していて突き抜ける感じと言えばいいのでしょうか。例えるなら、長年寝かせ続けた最高級のワイン――あ、私はワイン飲んだことはないのですが、とにかく、こんなに美味しい血液は初めてです!」

「あ、ありがとう……?」


 私は首を傾げながら、彼女の言葉に答えた。

 まさか血を吸われて、吸血鬼からここまで感謝されることになるとは、予想もしていなかったことだ。

 なんとも複雑な気持ちであるのは間違いないけれど。


「よし、決めました」


 不意に、吸血鬼の少女は決意に満ちた表情で言う。

 何となく、嫌な予感がした。


「……何を?」

「貴女の血は、私が全部もらいましたね? 血液がなければ生きていけないのですから、私は貴女の全てをもらったようなものです。ですから――私は貴女をここから連れ出すことにしました。だって、一度で飲み干してしまうには、あまりにもったいないですからね」

「……え? ……はあっ!?」


 一瞬意味が分からなかったけれど、すぐに彼女の言っていることが理解できて、驚いた。

 彼女は、牢屋に繋がれた私をここから連れ出すと言うのだ。


「貴女は今日から、私のモノです」


 先ほどとは違い、見た目の歳相応の笑顔で、彼女はそう言い放った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 女吸血鬼と女騎士なんて何と素敵でお得なセットなんでしょ! いい設定だー!
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