生誕
始め、世界は胎児の夢見る夢だった。そこへ次第に幾つかのリズムが生まれて来て、最初の形を世界に与えた。その内に混沌の中で時折動きが現れ、やがてそれは感覚となった。何かそれまでに無かった形が出来ていったが、その境界はまだ境界ではなかった。激しい痛みがあり、声の無い絶叫があった。動きが激しくなり、あらゆるものが世界の許から逃れ去って行った。全てが奪われ、剥ぎ取られ、明るみに出され、世界は裸の儘ごろんと異質なものの上に引っ繰り返り、新しい形がそこにあるのを知った。その形を世界は知っていた気がした。しかし以前に見覚えのあったそれとは違う気もした。幾つもの異なる動きがあって、緩やかに、極くゆるやかにひとつの形をなぞっていった。時々奇妙な見知らぬリズムが現れたが、それは世界が自分で生み出したものだった。自分の知らない動きが幾つもあったが、その中の或るものはそれまでに無かった不快なものだった。不思議なリズムがやって来てはまた消えて行った。これまでに無かった細かく素早い動きが出て来て、何か言いたげだった気がしたが、結局何を言っているのかは分からなかった。その囁きは次第に大きなはっきりしたものとなり、それまでに無い大きな形が現れて来た。訳の分からぬ予感があり、それは幾つもの形が、その大いなる形を取り巻く様にして現れて来たことで膨れ上がった。幾つものリズムが生まれて来て、やがて流れて行ったことを、世界はやがて憶える様になっていった。それから段々と、世界は自分が世界を失いつつあることを知る様になった。それが最初の恐怖だった。その恐怖を埋めるかの様に、失ったのではない何か新しいものが世界を訪れ、世界の中で何時の間にか見えなくなっていった。だが恐怖は残った。静かに、頭を低くして、決して休まず、緩やかに息衝き乍ら、それは待っていた、より強大な恐るべき恐怖が、誘い込まれてこの世界の知るところとなるのを………待っていた———誕生を、襲撃を、内爆発を、落下を、様々なものを知った世界が、新しい形を見付け出すのを………低い声で歌い乍ら………谺と残響があった………。