一週目-1
大丈夫、うまくいっている。ブルーベルはそう思い自分を鼓舞した。
目の前には優しく微笑むこの国の第一皇子、レイヴン・ヴィリタリア。ああ、彼がこんなにも穏やかな表情で過ごせる姿を見ることができるなんて夢のようではないか。
「…大丈夫よ、もう失敗しないわ」
ぎゅっと己の手を握り締めて誓う。ブルーベルは祈りにも似た誓いを胸に、目の前の愛しい風景に微笑んだ。
ブルーベル・エルガルドはエルガルド男爵家の次女である。五つ年上の兄と三つ年上の姉、そして内気で控えめなブルーベル。実直で優しい家族に愛され、ブルーベルは生きていた。
しかし、内気は十五の学園で発揮されてしまった。魔力を持つ者──貴族、皇族が入学する学園、そこに入学したのだ。
魔力を持つ者は貴重だ。平民は基本的に持っておらず、貴族の中でも稀に魔力を持たず生まれてくる者もいる。爵位や美しさなどを抜きにしてどれだけ魔法にどれだけ精通しているかや魔力の質で婚姻も決まるのだ。学園は小さな社交会と言っても良い。交流を経て、未来が決まる。しかし、ブルーベルは初動を失敗した。気づいた頃には皆グループができており、乗り遅れたブルーベルはぽつねんと置いていかれてしまった。
はあ、と息を吐いた後、近くの令嬢の囁き声が耳に入る。
「ほら、来ましたわよ…」
「あれが、血濡れの第一皇子…」
ヒソヒソと囁かれる声を無視して歩く、黒髪の青年── 己ですら制御できない魔力を秘めた、レイヴン・ヴィリタリア第一皇子。
「恐ろしい、聞きました?教師が一人重傷を負わされたとか」
「まあ!恐ろしい…カーサさんがいてよかったですわね」
カーサというのは、平民の生まれでありながら貴重な治癒魔法を使うペチュニア・カーサのことだ。ふんわりとした金髪に、愛らしいピンク色の瞳の顔立ちもかなり華やかな娘だ。ブルーベル自身、会話したことはないが、顔立ちと魔法故話題の中心に上がることが多い。
「カーサさんはレイヴン皇子にも気兼ねなく話しかけますから…」
「一体いつ、大怪我を負わされるか心配で溜まりませんわ」
既に彼女達の中ではレイヴンがペチュニアに傷を負わせることが前提らしい。あんまりではないか、と思わず眉が寄ってしまう。
「それに比べ、レオンハルト様は素敵ですわ。涼やかな顔立ちが美しい…剣術にも魔法にも秀でていて、やはりこの国の頂点に立つお方ですわ」
レオンハルト・ヴィリタリア第二皇子。レイヴンの腹違いの弟だ。側妃の母から生まれたがほぼ同時期に生まれたレイヴンの様子からレオンハルトが次の皇帝になるだろうと公然に決まっている。
側妃と同じ銀の髪に皇帝と同じ翡翠の瞳。冷遇される第一皇子とは違い愛されて育った第二皇子。ちらっと見たことはあったがブルーベルはペチュニアのこともレオンハルトのことも苦手であった。なんだか住む世界が違うような気がして。
冷遇される第一皇子、次期皇帝と名高い第二皇子、そして数少ない治癒魔法の使い手、話題の中心には常にこの三人が登場する。
疲れたなぁ、と大きく息を吐いた。せめて、お友達の一人でもつくれたら、なにも問題はなかったのに。