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魔力制御のアクセサリーを発注するのに、二週間の時間が掛かった。新しく手に入ったピアスと指輪を身に付けたレイヴンにブルーベルが笑う。
「仕方ありません。魔力制御自体、利用される方が少ないので…」
「そうだろうな」
元々自分が持っている魔力に振り回される人間は極少数だ。利用するのは大体幼少の子どもくらいで、レイヴンは本当に珍しい存在だ。
「でもこれで、魔法のお勉強ができますね!」
グッと拳を握ったブルーベルに眉を下げてレイヴンが曖昧に笑う。やはり、まだ魔法を使うことに抵抗があった。
「今日は私の得意とする水魔法をやってみましょう!」
くるっと円を描いた指先に青い陣が広がる。ぷかりと浮いた水はふよふよと揺らいでいる。
「応用すれば氷を作ったりできるんですよ」
「夏に便利だな」
「ふふっそうですね、領地の子ども達には大人気です。…でも、意外ですね。レイヴン様はお城で暮らされているので暑さとは無縁だと思っていました」
確かに冷暖房が完備された城に暮らしているレイヴンは暑さで倒れたりすることはない。基本的にここから出ることはできないのだからと完璧にされているのだ。
「確かにここは魔法で管理されているから暑さ寒さは大きく関係しないな。ただの想像さ」
例えば、日本の暑さ。この世界の街を歩いたことはないが、この世界にも四季が存在しているのだからかつてのことを思い出し容易に想像がつく。
「そうですね。このお城は住むにはとても過ごしやすいですが…私の故郷は南の方にありますから、もう少しだけ暑いんですよ」
「へえ」
初めて聞くブルーベルの故郷の話につい耳が傾いてしまう。そんなに興味津々そうな顔をしていたのか、ぱちくりと目を丸めたブルーベルが口元を押さえて笑った。
「……なんだ」
「ふふ、申し訳ございません。レイヴン様が私に興味を持ってくれているのが嬉しくて」
青い瞳が嬉しそうに細まる。
「今、私はとても幸せです」
「……そうか」
「はいっ!それでは魔法の時間です!」
パンパンッと空気を変えるようにブルーベルが手を叩いた。その頬はレイヴンから見ても赤く、照れていることが一目瞭然であった。
「そうだな。よろしく頼むよ、〝先生〟」
だから、レイヴンもそれに乗った。気軽なレイヴンの言葉にまた顔を赤くしたブルーベルはそのまま講義を始める。
「まずは、コップ一杯の水の感覚を覚えましょう」
そう言って、メイドに用意させたガラスのコップに水を注ぐ。半分ほどいれたそれは見覚えのある光景だった。最初の家庭教師が用意したそれを大破させ飛び散った破片が顔面に刺さったのだ。基礎もできないのかと罵声を浴びせた家庭教師は結局次の日から城に来ることはなかった。
「では、この水を増やしてください」
「……」
そっとコップの上に手のひらを翳す。黒い陣が浮かび上がり、ボコボコと中の水がぼこぼこと吹き出した。
「…っ」
甲高い音を立ててコップが破裂した。テーブルに破片と水が零れ、慌てたメイドが拭きに来る。
「…すまない」
「いいえ、もう一度やりましょう」
「……呆れないのか」
「レイヴン様の魔力は普通の人より段違いに多いのです。それを扱うことは難しい以外にないでしょう」
にこりと笑うブルーベルを見つめる。彼女は本当にそう思っているらしかった。父親にも、弟にも自分の使用人達にも怯えられ嘲笑われていたのに。
「…ありがとう」
「はい。では、もう一度」
メイドに用意し直させたコップにまた水が注がれる。レイヴンもまた、同じように手のひらを翳した。




