3
「レイヴン様は普段何をしてらっしゃるのですか?」
ブルーベルがこの城に通うようになってから一週間が経った。相手にせず本を読んでいるようなレイヴンに構わず話しかけ、にこにこと笑っている。それを見ているとなんだか馬鹿らしくなって、レイヴンは言葉を返した。
「本を読んだり…散歩したり」
「お勉強はどうされているのですか?」
「家庭教師がいたが、辞められた」
「辞め…」
「俺の魔法で殺しかけた」
ぺらりとページを捲る。大人しく教師の言うことを聞いていたレイヴンを軽んじていたのか、教師は魔法を使ってみろと嘲笑った。普段、魔法を使わないレイヴンにあの噂は嘘だと思ったのだろう。嫌がるレイヴンに構わず、教師は魔法を使うことを強いた。
結局、暴発した魔法は学習室を破壊し、僅かに焦げた教師と無傷のレイヴンが部屋に立っていた。壁が破壊され、外の美しい景色が見えるようになった魔法を、教師に向けていれば死んでいただろう。それから、ぱったりと来なくなってしまった。
「そんなの、仕事放棄です!」
「いつものことだ。どうせ、俺に仕えたところで俺が皇帝になること、何か重要な立ち位置に就くこともないしメリットがない」
「……レイヴン様は、いつもメリットの話をしますね」
不貞腐れたような声に顔を上げる。ブルーベルはレイヴンと同じように本を読んでいたが膝の上に乗せてじっとこちらを見ている。
「俺みたいなタイプは知識を持たず、おとなしくしているべきだ」
「そうは思いません。知識はレイヴン様を必ず助けます」
「……俺を助けたところで、誰も喜ばない」
「私が嬉しいです」
「…君にそこまで想ってもらうようなことを俺は一切していないぞ」
「そうですね。その通りです」
そう言って、微笑むブルーベルを見つめる。彼女はそう言われることが当然のように受け止めてこちらを見つめ返してきた。
「それでも私はあなたに救われたんです」
「意味がわからない」
「わからなくても、これだけは信じてください」
ソファーから立ち上がったブルーベルはレイヴンの席まで歩くと突然膝をついた。突然の行為に驚いて立ち上がるレイヴンをよそに、彼女は両手を握り締めて真摯にこちらを見上げている。
「私は、例えこれからどんなことが起こってもレイヴン様をずっと想っています」
「……」
十二の子どもが言うには重い台詞であった。しかし、その言葉はストンとレイヴンの胸に落ちて、ムズムズと不思議な感覚を覚えさせる。
「君は…変わっているな」
「よく言われます」
「……床は冷えるだろ。立ってくれ……お茶にしよう。甘いものは、好きか?」
「は、はい!」
ブルーベルをティータイムに誘うのは初めてだった。そもそも、ティータイム自体、レイヴンが行うことはなかった。返事をしたブルーベルは、普段のおとなしげな表情を満面の笑みに一変させ、幸せそうにしている。その姿を見て、モゴモゴと口を動かしてしまう。
「…もっと早く、誘うべきだったな」
「レイヴン様?」
ぽつりと呟かれた言葉は聞こえなかったのかブルーベルが首を傾げた。それに首を振って、二人は庭園に歩いていった。




