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「…お友達候補」
「はい」
緊張からか、おずおずとした仕草で彼女は頷いた。栗色の髪に青い瞳の平凡な少女だ。ふむ、と考えるように顎に手を当てて名前を思い出す。
「ブルーベル・エルガルド……エルガルド男爵の次女か」
「! 覚えていてくださったのですね」
「貴族の名前は、だいたい覚えている。それで、友達候補ね…」
実父である皇帝は、血染めの息子が恐ろしいのかこの城に来ることもレイヴンを呼ぶことも基本的にはない。しかし、仮にも皇子である存在が社交性を身につけないことも問題だと定期的にこういった同年代の少年少女を集めることがあった。
前にあってから一ヶ月ぶりかと思い出す。しかし、皇帝からそういった連絡はなかったはずだ。
「レイヴン様」
ブルーベルの後ろからこちらに向かってくる執事を見つけ、返事をする。その手に持っているのは手紙だ。
「皇帝陛下からのお手紙でございます。先程、騎士から受け取りました」
「そうか」
受け取って手紙を開ける。内容は、予想していた通り近いうちに友達候補が来るとのことだった。近いどころか、当日に来たぞ、と息を吐く。
既にいない騎士に睨みを効かせるが、意味はない。どうせ、価値のない皇子を下に見て手紙を遅らせていたのだろう。皇帝、皇族に対する無礼な態度であるがこちらが皇帝に訴えても、皇帝はこちらの言葉に耳を傾けないだろう。前からずっと、そうだった。
「……事情はわかった。だが、俺は募集していない。帰ってくれ」
「な、なりません!私っ、レイヴン皇子と──」
「君も、俺なんかと会話していれば価値が落ちるぞ」
その言葉に、ピタリとブルーベルの動きが止まった。友達候補は今まで何度もあった。──貴族の口減らしの為や、借金のカタに送り込まれた可哀想な子ども。皆、殺人鬼の第一皇子に怯えていた。
記憶に間違いがなければ、エルガルド男爵家は堅実で真面目。身に余るような借金もなければ後ろ暗い話もない。きっと、ろくに城を出られない迫害された皇子を哀れに思い、ブルーベルを呼んだのだろう。
「……いいえ」
しかし、返ってきたのはひどく静かな声だった。
「私は帰りません。あなた様のお側にいます」
「何を言っているんだ?」
「レイヴン皇子のお側に置いてください!お願いします!」
真剣な眼差しに思わず足を一歩下げてしまう。誰かとこんな風に目線が合うのは久しぶりだった。彼女の青い瞳は太陽に反射し、きらりと輝く。
「君にメリットがない」
「友人関係にメリットデメリットなんてありません」
「……この城に居つくということはこれからの人生の傷になるぞ」
「なりません。寧ろ、傷だと思う方々がいるならばそんな方と交友関係を築きたいとも思いません」
「……どうして、俺なんかの友達になりたがるんだ」
その言葉に、ブルーベルはきょとんと目を丸めた。そうして、ゆっくりとその瞳が細まる。
「レイヴン皇子が、とても優しい方だと知っているからです」
あまりにも当然のように言うものだから、レイヴンは言葉に詰まった。結局、ブルーベルを追い出すことは叶わず、メイドに案内させることとなった。