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 むせ返るような血の臭いがする。沢山の人々が倒れ果て、死に絶えている。爬虫類のような腕がその死体を押し潰し、前に前進する。

 もう嫌だ。やめてほしい。そう思ってもそう叫んでも、口から零れるのは聞いたこともない動物の──化け物の鳴き声で。見覚えのある建物を破壊している。見覚えのある人々を殺している。

 やめてくれ、殺さないで。殺しているのは自分ではない。自分はこんなことをやりたいなんて思っていないのだ。

 爬虫類の腕が伸びる。腰を抜かした誰かを押し潰そうと明確な殺意を持って、腕が──

「レイヴン様!」

 その声と共に、強制的に見せられていた映像は途切れた。



 ぱちりと目を覚ましたレイヴンは見覚えのある天井に、大きく息を吐いた。

「朝でございます」

「ああ」

 自分を起こしにきた執事に短く返事をし、用意された衣服を身につける。豪奢な衣服を見に纏い、夢見の悪さを思い出して眉を顰めた。それを不機嫌と取ったのだろう、執事が頭を下げる。

「申し訳ありません」

「お前のせいじゃない。……朝食を食べよう」

「かしこまりました」

 執事が自室から出て行く。それに倣い、壁際に立っていたメイド達もそそくさと部屋から出て行った。完全に一人になって漸くまともに呼吸ができる。

「…ったく、皇子も楽じゃないな」

 皇子。そう、レイヴンはこの国──ヴィリダリア帝国の皇子である。ヴィリタリア帝国は数十年前までは隣国との戦争があったが現皇帝の尽力によって条約を結び落ち着いている。今では外交も発達し、平和以外の言葉はない。

 そんな国に、レイヴンは生まれた。両親に似ない黒い髪黒い瞳の子どもであった。両親に似ずこの髪色と瞳をもって生まれてくる子どもは稀にいるらしいが──レイヴンから見れば、前世の日本人特有の外見だとしか言えない。

 前世。そう、レイヴンには前世があった。ありきたりな家に生まれ、家族に愛され、事故で死んだ。そんな前世が。



「レイヴン様、どちらに…」

「散歩だ」

 朝食を食べ終えたレイヴンが席を立つと、執事が話しかけた。執事の言葉に返事をしながら歩く。執事はその後ろを歩きながら、言葉を続ける。

「でしたら、護衛を…」

「必要か?どうせ、この城の敷地から出る気はない」

 レイヴンが生活する城は、皇帝陛下が暮らしている城ではない。離れにあり、隔離されているせいか城下町には程遠く、辺りは森しかない。

「それに……」

 僅かに声を抑えつつ、レイヴンはやっと執事を振り返った。

「どうせ暗殺者が来ても俺が殺してしまう」

「レイヴン様!」

 咎める執事を無視して、さっさと出て行く。美しい花々が咲き乱れるこの庭園に、黒一色のレイヴンは浮いていた。庭師やメイドは頭を下げるばかりで、彼に話しかけようともしない。

 そこに寂しさはない。生まれてから十二年、そう育ったレイヴンは疑問も持たない。──誰だって、母親の胎を食い破って生まれた皇子の世話など見たくもないだろう。

 レイヴン・ヴィリタリアは母である皇后の胎を食い破って生まれてきた。自身すらコントロールできない強大な魔力を持ち、それに母胎が耐えられなかったのだ。黒髪黒目という、異質な姿も更にその事実を恐れさせた。

 この世界には魔法を使うための力、魔力が存在する。本来なら段階を踏んで操れるものであるがレイヴンは違った。強すぎてコントロールが効かない。生まれた当時は母を殺し、物心ついた頃には乳母である女を殺した。乳母の件は、向こうがナイフを持って襲ってきたので過剰防衛にあたるが。

 殺すこともできない息子を恐れた皇帝は、城を与えてそこに押し込んだ。どうかそこで死んでくれという言外の望みはひしひしと感じてしまう。悲しいかな、レイヴンは前世があるせいか力に見合わないほど一般的な精神の持ち主であった。

「……さて、どうしようかな」

 そよそよと優しい風が流れる庭園は、レイヴンが現れたことによって作業していた彼らは持ち場を離れてしまった。

 このままぼんやりとしていたい。何も考えず、ゆっくりとここで朽ちていく生活がしたい。あと三年後には、国立の学園に通わなければならないのだが、ため息しか出ない。

 はあ、と息を吐いて、庭園の中でもお気に入りの場所まで向かう。白薔薇が咲いているこの場にはきっと己は似合わないだろうと感じつつ、ぼんやりと青空を見上げた。

「…あのぅ」

 ゆっくりとした速度で雲が動いていくのを眺める。ああいう風に、自分も穏やかに自由に動けたらよかったのに。

「あのっ…」

 今日は何か予定があっただろうか。執事が何か言っていた気がするが、基本的にレイヴンには予定がない。帝王学を学ぼうにも、ハズレくじであるレイヴンを教えようなどという教師は中々現れないし、そもそも次の皇帝は腹違いの弟だと公然に広まっている。レイヴンができるのは、反逆の意思がないことを示し、頭を下げることだけだ。

「あのぅ!」

 突然の声に思わず体が跳ねた。

「誰だ?」

 慌てて振り返る。殺意も、気配も全くなかった。

「突然の無礼をお許しください。私、レイヴン・ヴィリタリア皇子のお友達候補として参りました。ブルーベル・エルガルドと申します」


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