9.どうも、そういうものらしい
ぼくが体育館に入ったとき、その中はすっかり暗くなっており、ステージ上にはまぶしい照明が当てられていた。
その中で、『らおたんチャンネル』の二人が、軽快なトークを続けていた。
主にしゃべるのは『らおー』の方で、今回の企画の趣旨や、いま現在だって動画を撮っていること、そして最後のシークレットイベントを楽しみにして欲しい、ということを語っていた。
もう一人の『たんと』は、主にスマホを構えて撮影を担当していた。そうして『らおー』のトークに相槌を打ったり、笑い声を乗せたりして、盛り上げ役を担っていた。
彼らのオープニングトークが終わると、いよいよ出場者が紹介された。
最後に呼び出された水原は、所在なさげにステージの端に立っていた。
マズいかもな、とぼくは思った。
遠目からでも、彼女が緊張していることがわかる。
『らおたんチャンネル』の二人にマイクを向けられ、意気込みを聞かれても、水原はすぐには反応できなかった。
いつものタイムラグとは異なる、ぼんやりとした彼女のリアクションに、『らおたんチャンネル』も苦笑いしていた。
「プロフィールにあるみたいに、緊張しているみたいだね。これからこの大勢の前で歌うことになってるけど、本当に大丈夫?」
『らおー』のその問いかけに、水原は何とか、うなずいて答えた。
「がっ、あっ、が、…………がんばります」
その声は震えていた。
そしてはじまったカラオケコンテストは、意外なほどに盛り上がった。
最初に現れた出場者は三年生の男子で、その歌はまあ、ぼくが言うのもあれだけれど、確かにうまい方ではあった。
とはいえその盛り上がりには、照明の演出や、音響の効果が大きいように思った。
あとは、文化祭という異空間での盛り上がりだろうか。
だがぼくは、あまり高揚しなかった。
歌のうまい他の出場者よりも、水原のことが心配だった。
この環境は、悪くない。だからこそ、あいつに何とかいい歌を歌わせてやりたい。
最初の出場者の採点が行われているあたりで、ぼくはステージへ近づく道を探した。
観客がひしめき合ってはいるものの、赤い三角コーンと黄色と黒のしましまのポールで作られた通路が、ステージの方向へと伸びていた。
たぶんスタッフの移動用通路なのだろう。
案の定、ぼくがそこへ足を踏み入れようとしたら、生徒の一人に止められた。
「きみ、ここは入っちゃダメだよ」
「あの、実は、出場者の一人に急用があるんです」
ぼくはそう、口から出まかせを言った。
それはまるっきり嘘というわけでもなかった。
「出場者の、誰?」
「水原美紀子です。一番最後に出る女子」
即答したのがよかったのか、しぶしぶ、といった様子でぼくを通してくれる。
その通路はステージの脇にある、放送室の扉に繋がっていた。
放送室の中は、出場者の待機所になっているらしかった。
暗い体育館内とは対照的に、明るく電気が灯っていて、壁沿いにパイプ椅子が並んでいた。
そのパイプ椅子の一つに、水原が青い顔をして座っていた。
「水原」
近づいて声をかける。
彼女の目がこちらに向くまで、普段よりもずっと長い、タイムラグ。
それからぼくへ目を向けて、びくりと肩を震わせる。
「近藤くん」水原は目を何度か、目をぱちぱちとさせた。「……何でこんなところにいるの?」
「お前がそんな状態じゃないかと思って、見に来たんだ」
水原は一瞬むっとした顔に変わり、それから憂鬱そうな表情で顔を傾ける。
「わたしをここまで追い詰めた人が、そんなことを言っている……」
そのとき、ステージへ通じる階段の上に立った生徒が、大声で放送室の中へと呼びかける。
「では、二番の出場者の方、どうぞ!」
その声に応じて立ち上がった生徒は、ぼくもそのときまで気づかなかったが、とっぴな服装をしていた。
冬の迫る秋なのに黒の半袖・短パンで、しかもその服はエナメル製だった。
その背中を見送ってから、ぼくらは目を見合わせた。
「カラオケコンテストって聞いてたんだけど」とぼく。
「あの人、さっきまで、普通の格好してたのに」と水原。
やがてステージの向こうから悲鳴のような歓声が聞こえた。
これはこれで、大いに盛り上がっているらしい。
ぼくは苦笑して、水原に言った。
「ほら、ああいうのもありなんだから。あんまり緊張するな、水原」
彼女はぼくにうなずいてみせる。
それからぼくは、周囲の出演者やスタッフから、妙な目を向けられているのに気が付いた。みんな、「こいつも出演者なのか?」という顔をしている。
「じゃ、水原、がんばれよ」とその部屋を出ようとしたぼくの肩を、水原がつかむ。
「待って。わたしの出番まで、ここにいて」
「なんでよ」と振り返りながらぼくはたずねた。
「だって、一人だと、き、緊張するから……」
そんなの無理だ、と言いかけて、水原と再び視線が合う。
その目はひどく不安そうな色を浮かべていて、ぼくは何も言えなくなってしまう。
仕方がない、追いだされたら追いだされたで、そのときだ。
そう決めてぼくは、パイプ椅子にしっかりと座りなおした。
はじめはぼくにうさんくさそうな目を向けていた周囲の人間たちも、やがて誰も気にも留めなくなった。
どうも、そういうものらしい。




