表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/12

4.やっぱりわたし、やめようと思う

 放課後の教室のメンバーは、いつもと変わり映えしない。

 部活のない、帰宅部の人間たちが緩いつながりの中でだべっている。


 以前は放課後になるとまっすぐ帰宅するだけだった水原も、今はその輪の中にいる。

 かつて、水原は地味で、本を読むのが好きなクラスメイトだと認識されていた。少なくともぼくはそう思っていた。

 だが今ではあんまり積極的に発言はしないが、世間知らずでどこか感性のずれた、一緒にいると不意に何か面白いことをいうやつ、というキャラが定着していた。


 その日もそんな緩い放課後メンバーの中に水原はいた。

 だが彼女はただ会話のために教室に残っていただけではなく、ほかに明確な目的があったらしい。

 ふんふん、と誰かの話を聞いてうなずいている最中、教室に戻ってきたぼくを発見すると、席を立ってこっちへ近づいてきた。


「近藤くん。あの、例の話だけど」


 きたな、とぼくは思った。


「何の話?」と、わざとしらんぷりしてやる。

「あの『らおたんチャンネル』のカラオケコンテストの話。あれ、やっぱりわたし、やめようと思う」


 真剣なトーンでそんなことを言う。


「ぼくのススメに従っていれば、悪いことにはならないんじゃなかったっけ?」

「ほら、たまには近藤くんも間違えるかなって思って」


 黒い長い髪をなでつけながら、平気な顔をして前言を撤回しにかかる。

 このあたりの根性というか、図太さにはある意味感心する。

 なのに他人の前ではうまく歌えない。


 それは、それだけ水原が歌に自負を持ち、歌に賭けているという表れかもしれないけれど。

 とはいえ一度承諾させた以上、ぼくもそう簡単に退く気はないわけで。

 出来るだけ軽いトーンでぼくは言ってやる。


「あー、ごめん。あれ、もう応募してきちゃった」

「え」

「希望者はそんなに集まらないと思うから、出場は当確だと思う。がんばれよ、水原」


 水原は目を見開いて、この世の終わりだとでもいうような顔をしている。

 そして水原が何か言いかけるその前に、耳ざといクラスメイトの男子が遠くから話しかけてきた。


「近藤たち、何の話してんの」


 ぼくは少しためらい、それから、彼らを味方につけることに決めた。


「水原がさ、カラオケコンテストに出るって話。あの『らおたんチャンネル』の」


 教室に残っていた全員が戸惑う、その一瞬の空白。


「ちが」とタイムラグから復帰した水原が、否定にかかる言葉にかぶせるように、ぼくは強めに言った。

「ぼくに任せるって言ったもんな?」

「うっ」


 そう言ったっきり、彼女は唇を尖らせ、上目遣いにぼくをにらむ。

 言ったのは、間違いなく事実だ。


「ねえねえ、美紀子ちゃん、本当にコンテストに出るの」

「水原って、歌、うまかったっけ?」


 そう水原にたずねるクラスメイトたち。

 顔を赤らめ、唇をかんでうつむく水原に代わって、ぼくは言った。


「少し前にみんなでカラオケにいったことあるじゃん? あれから結構練習したのだよ」


 そうして集まってきた何人かのクラスメイトがぼくに言う。


「水原さん、嫌がってない? だってなんかそういうの、苦手そうだし」

「近藤、水原のことあんまりいじめるなよ」


 冗談交じりではあれど、半ば本気のクラスメイトにぼくは答える。


「水原だって、いいよ、って引き受けてくれたんだってば」


 そうしてぼくは水原に目を向け、「な?」と声をかける。

 うつむいていた水原は、あきらめたように、しぶしぶうなずいた。

 うすうす気づいていたけれど、やっぱり、強引な展開に弱い水原だった。


「へー、すごいな、美紀子ちゃん。私だったら、とても無理」

「……わたしだって、無理。わたしが歌うくらいなら、近藤くんが歌えばいいと思う」そう言うとクラスメイトのみんなが鼻で笑う。ぼくの音痴は有名だ。「でもなんか、もう申し込みしちゃったみたいだし」

「そういうわけだ」


 ぼくがそう補足すると、なぜかクラスメイトのみんなが拍手をする。

 自分が変に目立つのは嫌だけれど、クラスメイトが目立つのは、不思議と歓迎したい気分らしい。


「でも水原さん、『らおたんチャンネル』の曲、知ってるの?」

「……知らない。さっき歌ってるの、ちょっと聞いたぐらい」

「じゃ、今から練習に行こうぜ」


 クラスメイトの男子の一人がそんなことをいう。

 いつか、似たような展開があったな、とぼくは思い出す。


「カラオケか。いいね」

「美紀子ちゃんがいくなら、私も行く」

「もちろん、俺たちもだな」


 そんなこんなで、やっぱり放課後に残っているクラスメイトのほとんどが、カラオケに行くことに決まった。

 そうして最後にぼくは水原に聞いた。


「いこうぜ、水原。いい練習になるぞ」


 水原はぷいとそっぽを向いてぼくに応じた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ