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3.『らおたんチャンネル』

 『らおたんチャンネル』は、『らおー』と『たんと』の男性二人組のユーチューバーらしい。

 てっきり「らおたん」という女性がやっているものと想像していたぼくには、少し意外な感があった。


 『らおー』というからには暗殺拳の使い手めいた、筋骨隆々とした大男を想像していたが、そうではなくて細身で顔の整った茶髪の男性だった。


 そして『たんと』というからには居住性の高い軽自動車のような男なわけではもちろんなかった。

 こちらは女子のような黒い長髪を後ろで縛っていて、サングラスをしている、いかにもなミュージシャンだった。


 動画の内容は、実に多岐にわたっていた。

 作りこみが高いものでいえば、カラオケのレッスン動画みたいなものがあった。その動画で二人は、様々な曲のうまく聞こえる歌い方を教えていた。

 しかしこれが主なコンテンツだったのはすでに過去の話らしく、今では普通のユーチューバーみたいな企画モノの配信をやっている。


 そしてぼくらにとって一番大事なことが一つ。

 『らおたんチャンネル』の二人はミュージシャンとしての活動も行っており、音楽事務所にも所属をしていた。

 ライブや楽曲配信を行い、ミュージックビデオの無料配信もしている。

 配信音楽のランキングでは、上位を占めていることも珍しくないそうだった。


 水原に文化祭で歌うことを勧めた日の夜に、ぼくは『らおたんチャンネル』のそういったことを調べ、そして動画を見た。

 動画は企画モノで、「【文化祭シリーズ】プロのミュージシャンが乱入してみた」というタイトルのものであり、他にもいくつかの同じシリーズの動画があるらしかった。


 動画の中では、どこかの高校で、まさに「のど自慢」のようなカラオケコンテストが行われている。

 そしてそのラストに、一般の生徒に扮した『らおたんチャンネル』の二人が現れ、そして自分たちの曲を生で歌って、聴衆を魅了する。

 『らおたんチャンネル』の二人は、チャラチャラしていてあまり好きな風貌ではなかったけれど、歌には確かに、聞かせるものがあった。


 翌日の昼休みに、水原にスマートフォンでその動画を見せると、彼女も珍しく興味を示していた。

 一通り見終わってから、ぼくにたずねてくる。


「この二人が『らおたんチャンネル』?」


 ユーチューバーの名前は、動画の中でしっかり覚えたらしい。


「そう。結構人気だろ」とぼくも昨日知ったばかりのくせに、知ったかぶりをしてみせる。

「そうだね。すごい。こんな多くの人の前で歌えて」


 そういって水原はぶるっと肩を震わせ、目を閉じる。

 しばらくその目は開かなかったが、やがて不意にぼくにたずねた。


「これと同じことやるのかな?」

「なわけないだろ。これ、ドッキリでやってるんだから。今回はみんな、この二人が来ることを知ってる。……たぶん、のど自慢の審査員みたいなこと、やるんじゃないかな」


 ぼくが見た他の動画の中にも似たようなものがあった。学校祭の様子をレポートし、審査委員を行い、最後は彼らのミニライブで締める。そんな構成の動画だ。


「うん」


 水原はそんな、何に対しての返事かわからないことをいう。

 顔色が、なんだか悪いように思えた。

 水原は早くも緊張を感じはじめているらしい。

 妙なことを言い出す前に、ぼくは彼女から離れる。


 文化祭の企画は、やがてすぐに明らかになった。

 想像をしていたとおり、カラオケコンテストが行われるらしかった。

 審査員は『らおたんチャンネル』の二人。そして校長先生と生徒会長。

 参加条件が一つだけあり、それは『らおたんチャンネル』の歌を歌うこと、だった。


 この企画がすべてなわけでもなく、コンテストが終わった後には、『らおたんチャンネル』が受け持ちの、フリーな時間があるらしい。

 そこではミニライブが行われるとも、他に何か企画が行われるとも言われていた。

 しかしそれは、ぼくらにとっては重要なことではなかった。


 文化祭が約一か月後に迫っていたある日、生徒会が作ったチラシが校内に張られ、各クラスにも配布された。

 コンテストに出場を希望する生徒は、チラシの裏である応募用紙に氏名やPR文を記入し、生徒会室前に特設した応募箱に提出すること、と書かれている。

 応募者多数の場合は抽選もありうるとのこと。


 夕方のホームルームで、担任が配ったチラシをはじめて見たクラスメイトたちは、こそこそとささやき交わしていた。


「これ、応募する人なんているのかな」

「歌うのって、みんなが集まっているところでなんでしょ? 注目あびるし、緊張するよねー」


 そうした言葉を聞きながら、ぼくは水原にちらりと目を向ける。

 夏休みの後の席替えで、水原との距離はずいぶん離れていた。

 ぼくが廊下側の最後尾で、彼女は窓際の最前列だった。


 そんな水原が不意にぼくの方を振りかえる。

 目が合った。普段は表情が乏しい彼女は、なんというか、助けを求める顔をしていた。


 その顔を見て、ぼくはさっさとチラシを裏返しにして、ペンを走らせた。

 水原の氏名と、学年、クラスを書き込む。

 PRの文章には、とにかく歌が好きであるということと、緊張してしまうことが多いけれどもがんばって歌う、ということを書いてやる。


 ホームルームが終わり、放課後に入ってすぐ、ぼくはそのチラシを生徒会室へ出しに行った。

 そのときまさに、応募箱が設置されているところで、ぼくは人の好い顔をした生徒会長に直接、応募用紙を渡した。


 彼はチラシの裏側を眺めて、意外そうに言った。


「なんだ、君が出るわけじゃないんだ」

「ええ。クラスメイトの代理です」

「一番乗りなすごいやつが来たと思ったのに」ふう、と息を吐いて生徒会長はぼくの手渡したチラシを眺めた。「正直、出てくれる人が集まるか心配でさ」

「何人ぐらいを予定しているんですか?」

「多くて五、六人かな。もしそれ以上いれば抽選にしようと思ってる。まあ、三人いれば、企画としては成立するかな。俺はこの、三人が集まるかどうかを心配してるんだけど」


 だったら企画を変えればいいのに。まあ、その辺は何か、ユーチューバー側が出した条件もあるのだろう。

 そしてぼくらにとっては好都合な話だ。


「もしその子が出れるなら、トリにしてくれませんか。一番最後に」

「何で?」

「だってその方が盛り上がるでしょう。その子、歌が本当にうまいんです」


 これは事実だ。うまく歌えるかどうかは、そのときになってみないとわからないが。


「ああ、いいよ」


 生徒会長はそう簡単に承諾してくれた。

 あとでそのことを思いだすためなのか、チラシの端を三角に折ってしるしをつけていた。

 ぼくは生徒会長にお礼を言い、それから教室へ戻った。

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