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2. ちゃんと人前で歌えるかな?

「水原はさ、『らおたんチャンネル』って知ってる?」


 カラオケからの帰り道、駅へ向かう途中にぼくはそうたずねた。

 水原の返事までには、相変わらず、ワンテンポのタイムラグ。

 でも、付き合いが長くなるにつれ、もうそのラグは気にならなくなってきていた。


「なに、それ。テレビ番組?」

「ううん。ユーチューバーなんだって」


 そう聞いても水原はぴんと来ていないようだった。

 水原には、趣味があまりない。歌だけが唯一好きなものらしく、その他のものには比較的関心が薄い。


 例えば犬か猫、どちらが好きかを聞いても、「どっちも好きじゃない」と答えるようなやつだった。

 あとになってそれは、犬にも猫にもアレルギーがあるせいだとわかったけれど、そもそも動物自体が好きでも嫌いでもない、「ふつう」の対象らしい。


「ユーチューバー?」


 どうやらユーチューバーが何かもわからないようだったので、ぼくは説明してやった。

 ユーチューバーは映像コンテンツを作り、動画サイトにアップロードし、主に広告費を稼ぐ人たちだ。

 昔はそうでもなかったらしいけれど、最近では芸能人なんかのように、一つの職業として認知されはじめている。


 ぼくの話を聞いて、水原が小首をかしげてみせる。


「動画サイトって、近藤くんがよくカラオケを流すあれ? つまり、カラオケを作ってる人たちなの?」

「ううん、ちょっと違う」というか、かなり違う。「なんていうんだろう、テレビ番組を作っている人たち、ていう方が近いかな」

「ふうん」あんまり興味がないときの、水原の出す声だった。「その『りおたんチャンネル』がどうしたの?」

「『らおたん』ね。その人たちは音楽系ユーチューバーなんだって。今度、文化祭に来るらしいよ」

「ふうん」


 やっぱり水原はあんまりぴんと来ていない。

 ぼくも『らおたんチャンネル』を知っているわけじゃなかったから、あまり熱弁は出来なかったけれど、それでも言うだけのことは言ってやる。


「水原、興味ないの? ユーチューバー、っていっても、きっとプロか、プロ並みのミュージシャンなんだぜ」

「そうなの?」少しだけ、弾んだ声が出る。「そっか。何か、演奏したりするのかな」

「さあ。でもなんか、歌のコンテスト企画やるんだって」

「へー。のど自慢みたいなこと、やるのかな」


 水原のそんな相槌を受けた後、ぼくらはしばらく黙って、並んで歩いた。

 九月中旬の陽は短く、すでに街並みの中に沈んでいる。冷たい風が吹き、ぼくらの背筋を駆け抜ける。


 ぼくに突然、ひらめきが走ったのはそんなときだった。

 ぴーんと、頭の中で豆電球が光り、そしてぼくは水原に言った。


「そうだ、水原。その歌のコンテスト企画ってのがどんなのか知らないけどさ。……のど自慢みたいなのだったら、お前、出ないか?」


 顔がこちらに向くまで、ワンテンポのタイムラグ。

 水原は、予想どおり、唇を尖らせた、嫌そうな顔をしていた。


「どうして、わたしが」

「だって、プロのミュージシャンだぜ? それに結構、人気のユーチューバーなんだって。動画サイトで取り上げられて、人気が出れば、水原の歌手への道も開かれるかも」

「そんな簡単なものじゃないと思うけど」


 確かに。


「まあそれは、あくまで理想の展開ってことで。だけど少なくとも、多くの人の前で歌えるんだぜ? 歌手志望の水原にとって、いい機会だと思うけど」


 水原はふう、と肩で息をつく。

 たぶん嫌がるだろうな、とぼくは思っていた。


 水原の夢は歌手だ。だけども、そのあがり症は結構ひどい。

 そして彼女は、緊張のためにまともに歌えなくなってしまうことを、何よりも嫌っていた。

 何しろクラスメイトの前でのカラオケだって、緊張するからって断るようなやつなのだ。


 やがて水原は言った。


「いいよ」

「まあそういうな、水原」とすでに用意していたセリフを言いかけて、ぼくは水原の言葉を改めて反芻した。「って、……いいの?」

「うん。もし本当に、その『りおたんチャンネル』が、のど自慢みたいなことやるんならね。ダンスとか、余計なのがあるのはダメだよ。歌うだけならいい」


 チャンネル名を間違って覚えているのは、もはや気にならない。

 それよりも、人前で歌うことに簡単に同意した水原の突然の心変わりが、意外だった。


 ぼくの表情に気づいたらしい。水原が不思議そうな声で言う。


「なに、近藤くん。何か言いたげだけど」

「いや、あの、……ずいぶんあっさりと、提案に乗ってくれるんだな、って思ってさ」


 水原はぼくから前方へと目を向けた。そこには目的地である、学校の最寄り駅が迫りつつあった。

 水原はつぶやくように言った。


「だって、近藤くんのすすめることってなんだか、素直に聞いてればそう悪い展開にはならないから」

「……そうだっけ」

「うん。そう思ってる」


 なんだか、謎の信頼をぼくに持ってくれているらしい。

 確かに、彼女と仲良くなりはじめのころ、多少強引にクラスメイトとのカラオケに連れて行ったりはしたけれど。


「まあ、近藤くんに任せるよ。申し込みとか必要なら、出しておいて」

「ああ、うん」


 そんな話をしながら、ぼくらは駅のホームを抜けた。

 いつもと同じように、下りのホームへ出る跨線橋の前で、水原と別れた。


「じゃあね、近藤くん」


 そう言って手を振り、背を向ける水原の背中をながめながら、考える。

 あいつ、ちゃんと人前で歌えるかな。

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