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11/12

11.緊張した

 その後は、ずいぶんバタバタとした。


 歌い終えたあと、最初に聴衆が湧いた。

 大歓声を聞いて、水原がびくりと肩を震わせ、肩を丸めて振り返った。


 そんな観客席とは対照的に、ユーチューバーは目を丸くして、言葉を失っていた。

 『たんと』の持つカメラは、ぼくらを捉え続けていた。


 その後、スタッフがやってきて、ぼくはステージから下ろされた。

 放送室へはけるとき、客席からぼくに向けて拍手が鳴った。笑い声も聞こえた。


 カラオケコンテストはもちろん、水原の優勝だった。

 よくイベントを観ていなかったぼくには、採点の細かいところはわからないが、どうやらダントツだったらしい。

 コンテストの優勝者として、アンコールに応える水原の姿を、今度は客席から眺めた。


 一度歌って緊張が解けたのか、アンコールでの水原はしっかりと客席に向かい、『らおたんチャンネル』の別な歌を歌っていた。

 正直いって、やっぱり人前で歌うのは慣れないのか、先ほどよりも声は小さかった。

 だけどもまあ、大きな成長だ。


 その後の『らおたんチャンネル』のイベントは、ぼくは見なかった。

 模擬店をさぼってここへ来た、という罪悪感があった。


 一方、水原はなんだかんだで優勝者として、最後までイベントに付き合わされたらしい。

 緊張から解放され、ずっと手が震えていたそうだ。

 そのせいで、イベントの間の記憶があまりなかったとのこと。

 イベントの内容は、事前の予想通り、ミニライブだったそうだけれど。


 イベントの後で水原は、『らおたんチャンネル』の二人と、そのマネージャーから控室に呼ばれたそうだ。

 『らおー』は率直に、すごくよかったと褒めてくれた。たぶんこの動画は大きく伸びる、と言われた。

 それからマネージャーに、名刺を渡された。

 あとできっと、連絡することになると思う、と話していたそうだ。


 一方ぼくは、そんなことが起こっているとは一切知らず、模擬店へと戻っていた。

 詳しくは知らないけれど、ぼくが何かやらかしたらしい、という噂はすでに届いていた。

 すでにおでんは売り切れており、閑散とした模擬店の周りで、みんなは気だるげに喋っていた。


 そこにぼくが行くと、みんなが興味を示した。


「近藤もカラオケイベントに出たんだって?」

「近藤くんが乱入して、スタッフからつまみ出されたって聞いたんだけど、本当なの?」


 どう説明していいかわからず、戸惑っていると、すぐに別な質問が来た。


「水原、優勝したんだって?」


 ああそうだよ、とぼくは言った。

 水原の歌を知らない彼からは、へー、すごいな、ぐらいのリアクションしか返ってこなかった。


 水原が帰ってきたのは、模擬店の片づけをしている最中だった。

 ぼくが一人でゴミを集積所へ運んでいると、ちょうど水原が廊下の向こうから歩いてきた。

 なんだか疲れたような顔をした彼女は、ぼくを見つけると、とぼとぼと近づいてきて言った。


「近藤くん。さっきは、ありがとう。助かった」

「人前で歌うの、どうだった?」 

「緊張した」


 そう言って水原が笑った。

 その後、ぼくと共に模擬店の場所へと戻った水原は、イベントを観ていたクラスメイト達からもみくちゃにされていた。




 そして、文化祭から一か月が過ぎた。

 ぼくは放課後の教室で一人、ユーチューブを眺めていた。

 周囲には他のクラスメイトもいたため、片耳にさしたイヤホンで音を聞いていた。


 ぼくが見ている『らおたんチャンネル』の動画は、一週間ほど前にユーチューブにアップロードされていた。

 その評判が『らおたんチャンネル』として上々なものかどうか、ぼくにはわからない。

 全部で十五分ほどの、短い動画だ。

 その動画の中に、ぼくらの文化祭を巡る様子や、カラオケコンテストの様子、そして『らおたんチャンネル』の行ったミニライブまで、すべて収められている。


 意外なことに、動画の中心は『らおたんチャンネル』ではなかった。

 動画のタイトルからして、彼ら以外の人物にフューチャーしている。

 『【文化祭シリーズ】プロ並みに歌がうまい!? 神歌女子発見!』。

 それが、動画のタイトルだった。


 その動画の中で、動画全体の三分の一ほどの時間を使って、水原は歌っていた。

 その最初にあるぼくの乱入シーンは、ほどよく編集されていた。

 ぼくが現れる場面にかぶさるように、まるで映画のコメンタリーのように、『らおたんチャンネル』の二人と、水原のしゃべる音声が乗っていた。


「あのときは、本当に驚きました。まさか彼が現れるなんて思ってなかったから」


 そう話す水原に、『らおー』が聞く。


「あらかじめ打ち合わせしてたの?」


 いつものタイムラグに合わせ、動画には「…………」というキャプションが挟まれる。


「いいえ。でも、緊張が解けて、よかった」

「あの後はリラックスしてたもんね」


 そうしてはじまった水原の歌は、しっかりとした機材で録音されていたこともあり、普段カラオケで聞く以上に、うまく聞こえた。


 その動画についているコメントは様々だ。『らおたんチャンネル』に対するものもあれば、水原に対してのものだってある。

 水原についてのコメントは、そのほとんどが好意的なものだった。もちろん、中には「プロ並みはいいすぎ」なんていうのもあったけれど。


 好意的なコメントの中でもぼくが一番うれしかったのは、水原が現れた時間を指定して「この子の歌だけが聞ける動画が欲しい」というものだ。


 ぼくが独り占めしていた水原美紀子の歌は、もうみんなのものになってしまった。

 少し寂しいけど、でも、それでいい。

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