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無音の世界2〜情報収集は大変〜

作者: 忍足香輔

 世界はいろいろな角度から見ると、それはそれは様々な意見が飛び交い議論が白熱しているように思えるが、それって見方を変えるだけであり、結局はみな同じことを言っているに過ぎないのではないか。この世界から音は消えてしまったため、これからは国会議事堂も白熱というよりも、証拠を残されることを恐れて、顔色を窺うデキレースが繰り広げられると想像していたのだが、やっぱり彼らは変わらずに同じことを違う角度から記述するだけであり、きっとこの先もたいして変化はないと暗澹たる気持ちとなった。

 そんなことを夏紀に記述したあたりで、腹を抱えて笑われた。


『いいね、その考えにはオレも賛同するよ。がんばれ! 日本! がんばれ! 政府!』


 満面の笑みで叩くように書き連ねる。後半は笑いすぎてミミズが這っているようにしかみえなかった。


『まさかオレは、楓がこの日本を顧みてくれるとは思わなかったよ』


『世界は変わってるんだ。僕も変わらざるを得ない』


 まあ、顧みてはいない、未来を嘆いているだけだ。


『そうかな? 何も変わっていないように思うけど』


『そうだな。夏紀は何も変わってない』


『齢18だからね。性格の修正なんていまさらだよ』


 そうだろうな。性格の修正なんて危機一髪な恐怖体験でもしない限り難しいだろう。


『でも、結構性格変わってるよね』


 夏紀はなんとはなしに教室を見回した。4限と5限の境である昼休憩。弁当を食べ終わって一息ついている、そんなときだ。教室内にはもそもそと弁当をつついているもの、購買のパンをもふもふ食べているもの、ノートで会話しているもの、様々だ。他の教室に遠征に行っているものもいるため、若干教室内の人口密度は緩和されている。変わっていないといえば以前と変わらない光景。けれど、断言して言えることがある、いや、書けることがある。


『集団が減ったな』


 夏紀が頷くのがわかった。

 会話は集団でもできる。けれど筆談は集団に向かない。それは世界の人々が理解している共通認識である。一度でも試した人間ならわかるだろうが、車座になって筆談するのは面倒なのだ。自分の言葉を紙に書き、それをみなに見せつける、または覗きこむ。そして意見のある人が新たに書き込みを加えていく。そしてさらに……と続く。みなに話しているようで、どうしても一対一の筆談となってしまうのだ。あまりにも書く機会が少なければ、自然と輪から離れてしまうし、くだらない冗談というのが実に言いにくい、いや、書きにくい。気がつけば、親しい人と膝をつきあわせているのだ。


『ある意味、これで本当の友人なんてのがわかるんじゃないか。女子の集まりなんて、本当に仲がいいのかどうかわからん』


『それは偏見だよ。彼女たちも好き好んで表層的な付き合いを続けているわけじゃない』


 フォローしているのかどうかわからない夏紀の記述だが、その内容は少しばかり興味がもてる。


『好き好んでニコニコしてるんじゃないのか?』


『もちろん好き好んでニコニコしている子もいるさ。でもね、少なくない女性は情報収集のためにつるむこともあるんだよ。メジャーなのが恋バナだね、それに愚痴もそうだよ。あの子とあの子は仲がいい、仲が悪い、なんかさ。こういった積み重ねた情報を得ることで自分の立ち位置を明確にするのさ』


 別にそれがすべてでもないだろうが、夏紀は嬉々として紙に向かっている。すべてがすべて当てはまるわけではないが、いくらか背筋が寒くなる。


『じゃあ、そういう情報収集はあまりできなくなるんだな』


『それは違うよ』


 書き終わるや否や、夏紀は僕の記述に大きく×印をつけてにんまりと笑う。


『確かに情報が出回ることは少なくなるだろうね。でもこれからは裏で情報のやり取りが行われるだろう。人望、力、いろいろな要因で群を抜いている人間の下に情報は集まる。そう、情報の戦国時代が今まさに始まっているんだ』


 ありえないだろ。

 僕が興味を失くしたのを不満に思ったのか、何度も紙を叩いて夏紀は注目を訴えかける。結構眼がマジだ。


『楓は不思議に思ったことはないのかい? どうして女子は授業前と授業後に持っている情報の量が変わるのか』


 真摯とも思える瞳で夏紀がみてくるので、一応記憶を探ってみる。果たしてそんなことがあっただろうか。というか、それって情報の種類によっても変わるんじゃないか。授業の内容を情報と考えれば、そりゃ変わるだろう。まあもちろんそんなことは書かないが。

 考えてみて、首を振る。思い当たることがない。

 ペンが眉間に突き刺さった。ほんとに刺さったわけではないが、そう錯覚を起こすほどの衝撃。デジャヴだ。なんだか最近似たようなことをされたぞ。


『オレはこんなことがあった。小学校の頃だ。友達の女の子と遊ぼうと思って予定を尋ねたんだ。学校終わったら遊ぼうよってね、すると女の子は親しい子と一緒に遊ぶつもりだから、と言って曖昧になっていた。運が悪くそこでチャイムが鳴って』


 休憩。手をプラプラさせてる。


『チャイムが鳴って席に着くことになる。まだまだいたいけで純粋な小学生。先生が入ってきたら着席するのがルール、という口約束をしっかりと守っていたんだ』


 それは守ろうよ。口出しできないのが惜しい。


『オレは気が気ではなく、どうしてもそのことが気になっていたんだ。どうして彼女は即答してくれなかったんだろう。なぜあんなにも曖昧に誤魔化しているのだろう。もしかして彼女はオレが嫌いなのではないだろうか。いや、そんなはずはない。だって彼女とは先週も先々週も先々々週も遊んでいるほどの親しい仲だ。もしかしたら遊ぶ相手は』


 休憩。


『スケ番のような女なのではないのか。はたまた実は知らず知らずのうちに彼氏を作ってしまうような、ませた女の子であったのか。小学生は好奇心と純粋さをあわせ持ち、そして見てはいけないものを見て大人の階段に登っていってしまう。彼女はその階段を登っている最中な』


 休憩。見てはいけないものって何だ?


『のではないか。それならばオレは笑って紳士の笑みを浮かべるべきなのか、それとも、純粋な彼女を思い、その階段から引きずりおろすべきなのか。授業の内容が頭に入らないほどにオレは悩んでいたんだ。そして、決めた。授業後にしっかりと話し合おうと』


 僕は黙々と手を叩く。クライマックスが近づいている予感。夏紀の手にも力が入る。


『チャイムが鳴り、オレは真っ先に彼女のもとへ寄って言った。遊べないならいいよと。けれど、彼女から返ってきた言葉は予想外のものだった。なんと、 「平気だよ。恵美ちゃんも一緒だけどいいよね」 だ。つまり彼女は恵理ちゃんとオレの相性を心配してくれていたというわけだよ。深読みしすぎちゃったね』


 そこで夏紀はペンを置いた。休憩かと思ったが、どうやら話の内容はそれで終わりのようだ。満足そうに鼻を鳴らしているような気がする。読み返してみるが、遊べてよかったねぐらいの感想しか思いつかない。はて、何を議論していたんだっけか。


『それで? 終わりか?』


 何気なく書いたつもりだったが、なぜか夏紀は驚愕したように目を見開いた。演技だろうが、過剰だ。


『不思議に思わないの?』


『なにが』


 夏紀は唇を蠢かした。なんとなくわかるな、たぶん 「Oh my god」 だ。リアクションもそれっぽい。


『恵美ちゃんは同じクラスだけど席が離れているんだ。そして問題の彼女はオレの席の後ろ。授業開始直前まで話していて、授業終了後すぐに話しかけたんだよ。つまり、彼女は恵美ちゃんに接触していないはずなんだ。それなのに彼女は談合を済ませたかのようにはっきりと遊ぼうと言ったんだよ。これが不思議でなくてなんなのさ』


 ああ、そういうことか。だから情報の量が変わるという怪現象ね。筆談は話を聞く意思表示を見せなくても確認できるのがいい。内容を忘れても読み返せるんだから。

 で、これが夏紀の甘酸っぱい思い出か。


『携帯で連絡取ったんじゃないのか』


 ここでもわりと見るしな。さすがに高3になってからは少なくなったが。


『オレは高校生になってから携帯をもらったよ』


『お前じゃない、彼女と恵美ちゃんだ』


『まだ持ってなかった』


 さいですか、なら。


『ジェスチャーとか』


『そんな怪しい動きなら教師も気づくよ』


『じゃあ手話』


『まだ話せたんだよ!』


 ふむ、というかそれほど怪しい動きしてなくても、ジェスチャーで案外通ってしまいそうだけどな。それでも夏紀が違うと主張するんだからそうなのだろう。ならどうやって彼女たちは連絡を取り合ったのか。ここは重要だな。一方通行ではなく、お互いに意思疎通を行ったということなんだから。授業中なのだからあまり派手な動きはできない。すぐ前にいるはずの夏紀が気づかなかったのだから、それこそ声を出すなんてことは不可能だろう。夏紀に気づかれず、たぶん教師にも気づかれることなく目的を果たした。ん? というか、そうだ。これってどんな内容からこんなことに派生したんだっけか。確か政治家が最悪とか、それで女子は怖いなってことで、情報収集が大変だとかそんな話で…………。


『キュピーン』


『なにそれ?』


『閃いた音だ』


 気づいてしまうと簡単だ。というか、気づかなかったのが恥ずかしい。

 僕は紙を示した。それは今まで会話を交わしてきた紙。僕らの意思疎通の内容がつらつらと書き連ねられている。別に内容を確認しろというわけではない。僕が示しているのは、まさにこの紙そのものだ。


『メモを回した』


 ぐっと、親指を突き立てる夏紀。嬉しそうな笑顔だ。

 本当に簡単な話だ。僕も仲介をしたことがある。いくら席が離れていようと、教師が教壇に立っていようと、メモを回すぐらいなんてことないだろう。夏紀が気づかなかったのは前の座席だったためメモを回す仲介ができなかったからか。これなら夏紀にも教師にも気づかれない。他の生徒に気づかれても、折り畳まれていれば、暗黙の了解で中は見ないだろう。見られても問題なさそうだし。


『これからは怖いよ』


 夏紀はおどろおどろしい文字を意識してか、へんによれよれした文字を書いた。


『表立って情報収集できないから、影でどんどん陰湿に情報交換が行われるだろうね。人望がない人には情報が集まりにくいだろうし、ある人には自然と紙が回ってくる』


 それは怖い。せいぜい気をつけよう。

 夏紀それでペンを置いた。手をプラプラとさせ、苦笑いを浮かべる。

 未来は暗澹としている。それに、筆談は疲れるのだ。








 

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