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五話 少女マンガ好きはかく語りき

「ゆずちゃーん! お兄ちゃんだよー!」

『何ですか、お兄さん。今、私お風呂中なんですけど』


 確かに声が反響していた。

 時刻は夜の七時半。なるほど、健康的だ。


「じゃあ、ビデオチャットで通話しようか」

『するわけないじゃないですか』

「まぁいいや。パンツは確定してるし」

『うぐっ……』

「それを帳消しにしていいから、相談があるんだ」


 基本的に弱みとかを握っても、チキンな俺は実際にそれを行うことはない。

 いや、実際にパンツはみたいけども、それよりも優先することがあるからな。


『はぁ……毎晩のおかずなら適当にネットの海を探ってください』

「そうじゃなくて。おススメの少女漫画、メールにでも書いといてくれない?」

『……? なんでまた』

「女友達が読むのに抵抗なさそうな奴で」

『女友達がいるんですか!?』

「ふふん、凄かろう」

『まぁお兄さん、ルックスだけはいいですから』

「え? 他は?」

『ゴミですね』


 ひどすぎる。

 さすがに悲しくなってきた。


『……また、人のためですか』

「? どうしたの?」

『いえ。お兄さんがそうなってしまったのは、半分自分のせいでもあるので』

「え? そうなの?」

『……覚えてませんか。一度、親戚中から怒られてる私を助けるために、わざと道化を演じたのを、よく覚えていますよ。あれ以来ですよ、変になったの』

「そんなことしたっけか……」


 マジで記憶がない。

 そうだったっけ。

 幼い頃の記憶の引き出しを高速で閲覧していく。

 あ、ああ。これか。そういえばあったな。


「ゆずちゃん、特上寿司ぶちまけてたもん。そりゃ怒られるよ」

『うぐっ……』

「あれから運動神経は何とかなった?」

『き、聞かないでください……』


 ダメダメなのね、今も昔も。

 かけっこはびりっけつ、ドッジボールも大体初期位置が外野、持久走は最下位争いの常連。

 だと、聞いている。

 そんな親戚のからかいが嫌で、大体そういうのは行かずに引きこもっているという話も、叔父さんが愚痴っているのを聞いていた。


「それじゃ、おススメの少女漫画よろしく。面白くなかったら俺が任意のタイミングでスカートをめくるから」

『これからはズボンにします』

「昼休み、ことあるたびに一年生の教室にまで押しかけていいならどうぞ」

『くっ、性質悪い……。でも、まぁ、おススメの少女漫画は別に構いませんよ。バッチリおススメをリストアップします。いくつくらいいります?』

「シリーズが五つもあれば充分かな。なるたけ長い奴がいい」

『了解です』

「頼んだよー!」


 亜里沙ちゃんは少女漫画を読むだろうし。

 ストックを貯めておきたかったのだ。

 こういう時、同世代の女の子の知り合いは強い。

 通話を切る。


「……」


 喜んでくれるといいけど。

 そうだ、もう一人少女漫画知ってそうな人、いるじゃないか。近くに。

 外に出て、隣のインターホンを鳴らす。


「はぁーい」

「頼子せんせーい」

「あら、東雲君」


 嫌な顔せずに出迎えてくれる頼子先生に感謝しつつ、話題を切り出す。


「今日は水色のパンツですか?」

「な、何を聞いてるんですか何を!」

「すみません、間違えました。おススメの少女漫画知りません?」

「……ふっふっふー。いいんですか? この少女漫画の伝道師と呼ばれる頼子先生にそれを聞いちゃうなんて!」


 あー……。

 頼子先生の趣味、少女漫画の読書なのね。

 顔がすっごく嬉しそう。


「あがってください。実物を見た方が早いでしょう」


 いつだったか、簡単に男をあげるもんじゃないと言ったけど。

 まぁこういう事態だし。


「あ、じゃあ遠慮なく」


 つかつかと上がる。

 あれ、変だな。

 同じ構造のはずなのに、なんか……


(すげえいい匂いがする……)


 不思議だ……。

 って!


「なんじゃこりゃ!?」


 本が壁にずらっと。

 その数、廊下まで伸びている。

 というか、この物量でも潰れないのか、階下は……。


「どうですか? 気に入りそうなのありますか?」

「いや、多すぎて……どれがどれやら……」

「最近のオススメは、この『清廉潔白清野君』が……あ、ボーイミーツガールなら『三度目の告白』なんかもう凄いんですよ!」

「……」


 目をキラキラさせて紹介してくるんだけど。

 まぁとりあえず勧められたのを読んでいく。

 ……なるほど。


「面白いっす」

「でしょう!?」


 食い気味すぎる。


「これ、お貸ししますよ」

「俺、電子書籍で買う派だな。タイトルだけ覚えておきます」

「ん……。まぁ、同じ本ですからね。貴賤はありませんが……やはり、紙の方がいいと思います」


 こだわりは果てないようだ。


「先生はカバー着けない派なんだな」

「経年劣化していくのもまた一興です。古い本には古い本の趣があって堪りません!」


 そ、そうなのか。

 俺は嫌だけどなぁ、劣化は。


「いやー、やっぱ頼子先生は頼りになるなぁ」

「そ、そうでしょうか?」

「うん! さすがっす先生!」

「ふふっ、はい。後、他におススメは――」


 その後、色々オススメを紹介してもらった。

 深夜にまで食い込む布教ぶりにさすがに引いたけど、でも紹介された本はどれも面白かった。





 フル充電して、充電器とタブレットのセットを鞄に詰め込んで、颯爽と病院にやってくる。

 物覚えはいい方だ。病室までやってきて、ノックもせず扉を開ける。


「ちわりーっす!」

「ひぃぃぃぃっ!?」


 え!?


「な、何で俺を怖がってるの、亜里沙ちゃん」

「ち、近づかないでください! お、男の……男の人って……!?」


 ばさり、と落ちたのは、俺が頼み込まれて買ったエロ本だ。


「女の人に、い、いやらしい行為をするのが、生き甲斐って……!?」

「大丈夫。俺がそんなことをするような男に見えるかい?」


 微笑んでみる。

 なんだかお前が言うなという言葉がどこからか聞こえてきたような気がするが、さらっと無視しよう。

 ぱぁぁぁ、と亜里沙ちゃんの表情が華やぐ。

 しかし、ハッとした様子で、ベッドの上で極力距離をとった。


「そ、そんな顔を表でしていて、襲う機会を覗って……!?」


 ……もういいや、その路線で。


「ぐへへ、よく気づいたな」

「ひぃぃ!? お、お願いです、ま、まだ、清いままでいたいんです……!」

「お前の初めてを貰うぞぉぉぉぉっ!」

「ひゃあああああああっ!?」


 近づくと、布団を被る彼女。

 布団を剥いで、強引にタブレットを手渡す。


「はい、これ」

「へ……?」

「約束してたでしょ。電子書籍の入ったタブレット。少女漫画とか揃えてるから、しばらくは退屈しないよ」

「あ……」


 彼女は放心した様子で、しかし、涙が浮かんできていた。


「ちょ、何で泣くの!? あ、俺が強引に迫ったから!? そうなの!? ちょ、超ごめん!」

「いえ、お友達から、何かを貸してもらうだけなのに……わたくし、ひどいことを……」

「いいんだよ。あんなもの見たら疑いたくなって当然さ。でも、俺達は友達だろ?」

「……はい、友達です」

「じゃあ、俺は友達を悲しませたくないよ……」


 せっかく友達になってくれたんだから、極力はその仲は崩したくない。


「……やはり、東雲君は優しいです。あの、こういうことは、したくないんですか?」

「そりゃしたいけど……俺はそこに愛が欲しいの。欲張りだからね」

「愛……ですよね!? やはり、愛がなければ、変ですよね!? ……けほっ、けほっ」


 彼女の背中をさする。


「あ、ありがとうございます……」


 にしても、白い肌だ。

 色素が薄いのか、淡いブラウンの髪に同色の瞳がこちらを優しく見てくる。


「えっと、タブレットは……」

「こうやって……」


 操作を教えていく。

 とはいえ、直感的に操作するものだから、彼女もすぐに習得したようだった。


「あ! 映画もあるんですね!」

「はい、イヤホン」

「何から何まで、ありがとうございます!」

「いいんだよ。……っと、そろそろバイトだ。また来るからね、そだ、食べれないものとかある?」

「いえ、お医者さまからダメって言われてる辛いもの以外、何でも食べれますけど……」

「ふっふっふー、それじゃケーキを持ってきてあげよう」

「よ、よろしいのですか!?」

「うん、一緒に食べよーぜ! んじゃ!」


 彼女に手を振りながら、立ち去る。

 さて、気に入ってくれればいいんだが。





 バイトをしている最中、カウンターでスマホをいじっていた有栖先生に聞いてみる。


「ケーキってさ。どこが美味いの?」

「この辺だと、からくぅって店が美味しいよ」

「ふむ、なるほど」


 今度行ってみよう。


「なーに? 女の子へのプレゼント?」

「お、鋭いな有栖。そうなんだ、持って行ってやるって約束したから、どうせならいいものを、と思って」

「隅に置けないなー! このわたしが、恋愛相談に乗ってあげよう!」

「残念ながら、恋愛じゃないんだなー。友情だ」

「つまんないー!」

「有栖は恋とかしたことあるの?」

「ないよ?」


 ないのも珍しいな。


「今まで勉強とかスポーツに夢中だったから。浮いた話もないし。あずにゃんはモテそうだけどなぁ」

「何かよく言われるけど、俺はさっぱりモテないぞ……」

「そうなのかい? 女性関係派手そうに見えるけど」


 マスターも加わってきた。


「あははー、悲しいくらいモテないっす」


 そういうキャラを出しているので、まあ当然ともいえるけど。

 俺だってこんな下ネタ連発男はきつい。


「どういう子なの?」

「うーん、割かし可愛い」


 郡山先生を幼くしたような感じで、また先生とは違って、笑みが可愛らしい人だ。

 少々思い込みが強い節もあるが、それだけ純真だともいえる。

 人間的に善性というか、無垢なのだろう。だからなのか、割と好きな感じだ。


「写真とかないのー?」

「あー、今度撮ってきます」

「まぁ、どうでもいいけど」


 いいのかよ。

 ポチポチとスマホを弄っているのだが、突如としてにんまりと笑みを浮かべる有栖先生。


「へへへっ、やったぜ」

「何を?」

「サッカーゲームのガチャ。可愛い女の子引いた」

「よかったっすね」

「あずにゃんもやろうよー、サッカーゲーム」

「サッカー好きだねぇ、有栖」

「うん! これっていう打ち込めるものだしね!」


 ……やっぱり、人にはあるんだな。

 打ち込めるものって。

 俺には、まだない。

 出会えていない。

 多分、それと出会わずに死んでいく人の方が多いのかもしれないけど。

 段々、焦りが出てくる。

 そんな時は、深呼吸。

 ……よし、落ち着いた。


「有栖、コーヒー飲むかい?」

「コーヒーは頭おかしくなるからヤだ」

「仮にも喫茶店のマスターだぞ、父さんは。失礼過ぎだ」

「ねー、あずにゃんも怖いもんねぇ?」

「俺ブラックで」

「平気なの!? あんなに苦いのに!?」

「お前がお子様舌過ぎるんだ」


 マスターは苦笑しながら、アイスコーヒーを出してくれた。





 というわけで、からくぅに行ってきたので、お土産も買った。

 ケーキを買おうと思ったが、俺はバイクだったのを思い出す。衝撃でケーキがぐちゃぐちゃになるだろう。なので――


「ケーキじゃなくてプリンを買ってきたぞ」

「大好物です!」


 まぁ、結果が良かったのでラッキーだった。

 これでプリンが苦手なら泣いていたところだ。


「えへへ、洋菓子店のプリンなんて久しぶりです!」


 早速プリンに手を伸ばす亜里沙ちゃん。

 もぐもぐと幸せそうに頬張る彼女を、苦笑しながら眺めていた。

 幸せそうだな。


「本は読めてる?」

「あ、はい! どれもこれも面白くて……! お姉さまが買ってくる漫画は、ちょっと古くて……しかもスポコンものばっかり……」

「う、うわぁ」


 意外だ。郡山先生スポコン好きだったなんて。


「お勉強の合間ですけど、どれも楽しいです! いい気分転換になります!」

「あれ、勉強してんの?」

「……もうすぐ、大きい手術をするんです。それで、ようやくよくなると言われて……学園に通えることにもなってるんです! お姉さまが教師をしてらっしゃる藤間学園なんですが……」

「じゃあ俺と同じクラスかもね」

「だといいなぁ。東雲君みたいに優しい人がいてくれると、嬉しいです!」

「いやぁ!? そんなまっすぐな瞳で俺を見ないでぇぇぇぇっ!?」

「え、ええええ!?」


 別に優しくはない。

 ……と思うんだけど。


「俺別に優しくないじゃん」

「優しいですよ。普通ここまでしてくださいません。お姉さまの知り合いの妹、へえ、ふーん、で終わりですから」

「そうかな。いやいや、俺は酷い奴だよ? 優しいかもしれないこの行動だって、下心かもしれない」

「下心?」

「そうやって少しずつ君に取り入って、あわよくば合体的な」

「……そう、ですね。わたくし、その……東雲君なら、いいですよ?」

「いやっ、だから! そういう危険球を投げてくるなって! ……照れんだろ……?」


 多分赤くなっている顔を横に向ける。

 彼女は、それを見てくすくすと笑っていた。


「意外と、遊んでないんですね」

「あー……やっぱ、そう見える?」

「はい。外見は、なんだか軽そうな感じです」


 ……イメチェンしようかなぁ。

 何がよくないんだ? この茶髪か? 生憎と地毛なんだよ。


「……で、手術が怖い、と」

「……よ、よくわかりますね」

「そらなぁ。でも、よくはなりたいんだろ?」

「……はい。それで、夢があるんです」

「どんな?」

「青春、したいです。打ち込めるものが、欲しいんです」


 それは、俺と全く同じで。

 この子も、見つけられていないんだ。

 長い病院暮らしのせいなのか、どうなのかは知らないけれども。

 打ち込める何かが、欲しいんだ。

 ベッドに腰掛ける。


「俺もそうなんだ。打ち込める何かを探しに、この春にこっちに来たんだ」


 気づけば、もう一ヶ月経とうとしている。

 初夏の香りもしていた。


「親元を離れて、一人暮らしをしてるんだけどね。高校に通いながらバイトして、部活して、色々やってるんだけど……どうも、これじゃないって思ってしまうんだ」

「これじゃない、とは?」

「面白くないんだ。俺、基本的に何でもできちゃうんだよ。見ればその仕組みが分かって、どうやったら再現できるのか、分かっちゃうから。だから、勉強で困ったこともないし、スポーツで苦労した覚えもない」

「それはいいことな気がしますけど」

「いいや。克服しようと思うことがない。それは、イコール、物事に対して真摯に向き合うことができないってことなんだ」

「……」

「俺は打ち込むものを探したい。打ち込むもの、でもないか。心が熱くなるようなことがしたい。そして変わりたいんだ。一生懸命な輝く人を傍観する立場から、輝いている人になりたい」

「……同じ、ですね。わたくしと」

「ああ、同じだ。だから、亜里沙ちゃんも……いや、亜里沙も、俺と一緒に、心が熱くなるようなこと、探しに行こうぜ! 一人より、二人だ」

「はい! ……ありがとうございます、何だか、前向きになれた気がします」

「ん。そりゃよかった。ぜってー治せよ。なんかあったら、電話しな。ってケータイないんだっけ」

「は、はい。でも、公衆電話があるので」

「おう、じゃあそこで。番号メモ帳に……あったあった。えーっと……」


 よしよし、これで大丈夫。

 電話番号を書いた紙を手渡す。


「はい、俺の番号。んじゃ、今日はここまでで――」


 ぎゅっと裾を掴まれる。


「……あ、あの」

「――と思ったけど、もうちょっと話していこうかな」

「あ、ありがとうございます!」


 結局、日が暮れて郡山先生が来るまで、俺達はクラスの馬鹿話やらを話していた。

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