四話 冷血……?
「YOYO、そこ行く冷血爬虫類! こっちを向いてYO!」
「絞め殺すわよ……?」
「冗談だYO、チェケダウッ!」
「ウザさが七割増しね……」
郡山先生が、うんざりした目で、こちらを見ている。
「YOYO、冷血爬虫類! ちゅっちゅっちゅーのるいるいるいFu!」
「磨り潰されたいの……?」
「ひぃぃぃぃっ!? 怒らないでぇ……!」
今日も仲良く、三人が集うコンビニ。
三人は、俺、郡山先生、有栖先生の三人だ。段々日課になりつつある。
「そもそも、何で爬虫類なのよ」
「え? デカい目と、肌的な?」
「カメレオンみたいに緑色の肌なんかしてないわよ!」
いや、別にカメレオンに限定してはいないんだけど。
「でも、郡山先生綺麗なのに、そう言うの言われ慣れてないんですね」
「……そう言うのって?」
「からかいとか」
「ああ……。みんな、私を怖がってたし……」
「でもきれーだよ! みーちゃん憧れるなぁ……」
「か、からかわないで」
とか言いつつ、その顔は赤い。
「あ」
「何よ」
「郡山先生、有栖先生が好きなんだ」
「ぶっふぉ!?」
「うわぁ!? 鼻からカフェオレが逆流してる!?」
メッチャ動揺してる。
隠せてると思ってたのか……。
「な、な、な、何を、言ってるのかしら」
「いや、有栖先生に向けている目が普通じゃ――」
「――こっちに来なさい」
「う、うっす」
胸ぐらをつかまれて移動させられる。
なんなんだ。
「い、いくらほしいの……?」
「は?」
「くっ、それとも体……? 体なの……!? ば、ばらされたくなかったら、というやつでしょう……? 没収した成人漫画で見たことがあるわ!」
「先生も中々アクロバティックな発想してますね」
「? 違うの?」
「いや、好きなのは分かるけど、小動物的なあれでしょ?」
「……よくわかるわね」
「正確には、飼いたいなぁくらいの願望しか持ってないでしょう?」
「エスパーなの!?」
「まー、有栖先生可愛いもんねー」
「……可愛いわね。首輪着けて、どこにも行かないように縛りたいくらい」
怖っ!
めっちゃニヤニヤしてるし。残念過ぎるだろこの人。
「冷血爬虫類は撤回します。変態爬虫類ですね」
「し、失礼ね。付き合うならちゃんと男性が良いわ」
「へー。どんな人が理想なんです?」
「……そうね。性格的には割とストレートな人かしら。感情表現とかが素直で……それから、優しい人」
「ふっつー」
「普通でいいじゃない」
「まぁ分かりましたよ、秘密にしておけばいいんでしょ?」
「理解が早いわね」
「ねーねー、混ぜてよー!」
有栖先生が近づいて来るが、彼女側に回り、ささっと距離をとる。
「ダメッ、近づいちゃだめだ!」
「え? 何で?」
「この人、君を飼おうとしてるんだ!」
「え、マジなの!?」
「約束を十秒も守れないの!?」
「あ、なんだ。好きな男性なタイプを秘密かと思ってたんですけど」
「……。そうよ。有栖先生。わ、私……貴女を飼いたいの……はぁ、はぁ、可愛い……っ! ムチャクチャにしたい……!」
「わ、わわわ!? ど、どうしよう、あのカフェオレに頭がおかしくなる薬仕込まれてたんだよきっと!」
いや、有名ブランド品に何を言うんだい。
まぁ、そう言うことにしといてあげよう。
「そうなんですよ、有栖先生。あのカフェオレは飲んじゃダメですよ」
ナイスフォローよ、と郡山先生。
「ふわー。やっぱり、コーヒー苦いし怖い……」
「はい先生、ミルクキャラメル」
「わーい! 甘ーい!」
「ふへへ、可愛いわね……」
「頼むからその微笑みは表に出さない方がいいですよ……」
マジで引くわ。
帰り道。
コンビニで新商品を吟味していると――
「おりょ?」
郡山先生だ。
何やらきょろきょろと周囲を見ているが……俺には気づいていない様子。
「……」
何を買うんだろう。
雑誌コーナーに赴き、誰もいないことを確認すると、そっと手を伸ばす。
――エロマンガ大王・秘密の花園満開。
「何やってんすか……」
「なっ!? し、東雲君!? こ、これには、事情が……!?」
「いや、いいです。やっぱり、先生は冷血よりも変態爬虫類ですね。大丈夫です、墓まで持っていきます」
「……頼みが、あるのだけれど」
「なんでごぜーましょう」
「これ、代わりに買ってきてくれないかしら」
「一万円払うなら」
「払うわ」
「なるほど、それだけ大事な用事なんですね。行ってきます」
会計を済ませる。
女の店員だ。だがひるまない。
冷たい目線を受けながらも、ミッションコンプリート。制服じゃないのが幸いしたな。学生服だったら買えなかっただろうし。
「……あり、がとう。はい、一万円よ」
「冗談ですって。じゃあ、良いハッピージョブを!」
「って私のオ〇ニー用じゃないわよ!」
すげえ、堂々と言うな、〇ナニー。
「……いいから来なさい!」
「え? どこへ?」
「いいから!」
あざっしたー、というコンビニの店員に見送られ、軽自動車に乗せられる。
やってきたのは――
「病院?」
「そう。頼まれたのよ」
「誰から?」
「……妹」
え!? 妹!?
男じゃなくて!?
「病気がちで、あんまり外に出ないんだけど……え、エロいものに興味を持ったようで……言うことは、極力聞いてあげたいの……」
「……まぁ、分かりましたよ」
「ついでだから、会ってあげて。いつも来るメンツが両親や私じゃ、気を遣うでしょうし。貴方とは年も同じだから……」
「ほーい」
「くれぐれもまともな態度で頼むわね。興奮すると咳が出るのよ」
そんな奴にエロ本を渡そうとしてたのか……。
病室にやってきた。
一人部屋だ。なるほど、郡山先生は金持ちなんだな。
「亜里沙、来たわよ」
「お姉さま! って、あれ? 男の方……?」
「私の……知り合いの生徒よ」
「二人のひ・み・つを共有している仲だ」
「ええっ!?」
「こ、こら、東雲君!」
「というわけで、こんにちは。東雲吾妻です。君は?」
「……郡山亜里沙です。よろしくお願い致します、東雲様」
「ひいいいいいっ!?」
「!?」
「ど、どうしたのよ」
「さ、様はやめて。お願い。かゆくなるの。東雲君で。ね?」
「は、はぁ。じゃあ、東雲君。で、お姉さま。例のアレは……?」
「……はい。彼にも協力してもらったの。お礼を言いなさい、亜里沙」
「はい! この度は、わたくしにエロ本を買い与え下さり、誠に感謝しております!」
女の子にエロ本をプレゼントして丁寧に喜ばれている。
なんだこれ。
「これは、後程精読します」
「そんなしっかり読まなくてもいいわよ……」
「なんだ、亜里沙ちゃんは本が好きなのかい?」
「はい! エロ本を読んだことがなかったのでお姉さまに頼ったんです! やはり、お姉さまでもエロ本は難しいようだったようで……」
「先生、貸しですからね」
「ぐっ……!? わ、分かってるわよ……」
まぁやむにやまれぬ事情だとは思うけども。
俺にだって羞恥心はある。今回はかなり俺は頑張ったよ。女の店員に向かって、勇敢だった。
「つか、電子書籍とかで買えばいいのに」
「びょ、病院の中は、電波使えないんです……」
「ほほう。んじゃ、今度俺のタブレット、貸したげる! 本めっちゃ入ってるから、もうアプリでダウンロードしてあるから、オフラインでもバッチリだよ!」
「よ、良いのですか!?」
目をキラキラさせてる亜里沙ちゃん。
「うん! 目に優しいPCグラスも貸すからねー!」
「あ、貴方、どんな本を読んでるの……?」
「少年漫画、青年漫画、成人漫画、少女漫画、レディコミ、純文学、ライトノベル、哲学書、技術書などなど。色々読んでるよ!」
「広く浅いのかしら」
「まぁそんな感じ。話題が多いに越したことはないし、何より少しオタク気味だからね、俺」
「……そうは見えないけど。そのファッションも凄く清潔感あるし」
「これは雑誌のまんま。俺、体細いから、適当に似合うんだよねー」
「確かに、スタイルいいわね、貴方」
「いやっ、そんな目で見ないで!」
「私がどんな目をしているというの!?」
「ぷっ、あはは……」
亜里沙ちゃんは、こちらをみて笑っていた。
「お姉さまがそこまで驚くのを初めて見ました」
「そ、そうかしら」
「はい! 理想のカップルだと思います!」
キラッキラしてる目を向けられるけど、全く違うよ。
「恋人じゃないわ。先生と生徒よ」
「禁断の恋愛なんですねお姉さま!」
「違うよ、亜里沙ちゃん。君のお姉さんは、俺の玩具だ」
「何をほざいているのよ抓るわよ」
「いたいいたいほっぺ痛いやめて……」
「ほら、仲良しです。お姉さま、気軽に人には触れないから」
「いい、亜里沙。彼は人じゃないの。ちゃらんぽらん星からはるばるやってきたテキトー星人よ」
「HAHAHA! ワッタシ、日本語、ワッカリマセーン!」
「理解してる人の言い訳です!?」
「ほら、彼は適当な事ばかり口にするから」
「愛してるよ、亜里沙……」
「ひゃううっ!?」
「やめなさい」
冗談ですって。
初心らしく、真っ赤な顔をしている亜里沙ちゃん。
「い、今の……ど、ドキドキしました。告白って、こんな感じなんですね!」
「違うから。もっと甘酸っぱいはずだから」
「というわけで、俺もちょくちょく遊びに来るからね。俺、友達少ないから、なってくれると嬉しいな!」
「……そ、その、わたくしでよろしいのですか? 一緒に、遊びにも行けないような……こんな、わたくしで……」
「ええ!? そ、そんな……友達になってくれないの……!?」
愕然とした表情を作って、即座に背を向けて座り込む。
「しくしく……ぐっすん」
「あ、あの、わ、わたくしでよければ、お友達に……」
「あ、そう? やったー! ありがとう、亜里沙ちゃん!」
「……」
「?」
「ふふっ、変な人ですね、東雲君」
そうやって亜里沙ちゃんが微笑むのを、優しい顔で郡山先生は見守っていた。