第2話 滅亡へのスイッチ
少し展開が早すぎるでしょうか。
無事第1目標である単位分のゴブリンゾンビの討伐を終えた俺達は、第2目標として奥地へ進むにあたって、帝都の近衛兵によるアンデッド掃討の恩恵を受けられなくなる1.5km付近を目指すことになった。
「なあ、咲希さん、ひとつ質問なんだが」
「なに?生理用品なら買ったわ。次その事を言ったら法廷で会うことになるけど」
「いや、その事じゃないし段階すっ飛ばし過ぎだろ!そんなことよりあんた卒業後はどうするんだ?傭兵組合に入るのかそれとも国防大学に入るのか、それとも起業するのか?」
俺達のようなアンデッド討伐を生業としようと考える人間には高校卒業後に3種類の選択肢が与えられる。
1つ目が高校卒業後直ぐに傭兵組合に登録し、アンデッド討伐に必要な交戦免許を取得次第フリーランスの討伐者として働くケース。これは戦果をあげれば後述するアンデッド討伐を生業とする企業、民間国防協力会社、通称民防社からの引き抜きも有りうる。
2つ目が国防大学への入学。この国の防衛の未来を担う指揮官や兵士を要請する学校だ。内部では一般教科の他に医学に始まり法学から軍事教練まで幅広く一流になるための訓練が待っている。卒業後には自動で交戦免許が付与されることになっているが、卒業から10年間は国防関係の職に就くことを義務付けられる。だが、卒業後はそのまま国防軍に入隊するも良し、民間で活動するも良しで関係者として上に行くなら登竜門とも言うべきところだ。本来であればこの都市有数の難関大学だが、特殊入試でこれまでのアンデッドの討伐数から国及び都市への貢献の褒賞という形で入学が可能だ。伊達に3年間アンデッドを狩っている訳では無い。それが可能なくらいの討伐数は既に達成していた。
第3の選択肢、起業。つまりアンデッド討伐を主な業務とする起業、民間国防協力会社を立ちあげるという事だ。起業と業務自体は交戦免許さえあれば可能だが、現在この業界は荒れており、昨日までの大企業が今日には破産も有りうるというリーマンショック的な状況が続いている。ただし、この仕事は当たった時がデカい。二流の会社であっても経営が安定していれば平社員の年収が1000万を超えるなんてことはザラだ。要はギャンブルなのだ。
因みに先程から出てくる交戦免許だが、取得規程に18歳以上(高校生不可)とある。では何故俺達がこうして城壁の外でアンデッドと戦っているかというと、免許を持っていない民間人であっても、城壁から1.5km地点までは自由な活動が政府によって保証されているからだ。アンデッドに襲われた場合でも、自己防衛として処理される。ただし、城壁外で死亡や負傷した場合、保証制度は適用されないが、それでも免許所有者と同じようにアンデッド討伐による貢献度は加算されるしそれによる恩恵も受けられる。これは政府としては表立って民間人に対してアンデッドとの戦いは強制できないが、何らかの形で協力させようという魂胆によものだ。実際俺たちのような奴らや金のない奴ら、気の狂った所謂戦闘狂のような奴らはこの制度の元で戦っているという例もあるし、目論見は成功したと言って良い。
「今のところはまだ決めていないけれど、
とりあえず私たちの目標に1番近い所にはある程度目星を付けてあるわ、その時は『約束』通り付いてきてね。戦槍くん」
「分かってるよ。それがあんたとの『約束』だからな」
「この話は帰ってからゆっくりしましょ。ここは城壁の内側では無いのだから」
「そうだな。そりじゃあなんとしてでも生きて帰らなきゃ、な」
「そう。なんとしても生きて帰らないと、ね」
こんな危険地で討伐者にしか通じないようなジョークを飛ばしあって笑い合う、そんな状況が可笑しくてなんだが笑ってしまった。きっと彼女も同じ気持ちだろう。
「で、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか?わざわざ今日奥へ進むことを決めた理由」
「そうね、そろそろ話してもいいかしら。私たちが今日奥地に進むことを決めた理由、それは『死屍幻想種』の心臓がこの付近にあることを実家から聞き出したからよ」
「『屍幻想種』の心臓ッ!なんでそんなもんがこんなエリアにほど近い所にあるんだ!そんなものがあるなら俺たちじゃなくて国防軍の出動する事態だ!俺達の手に負える事じゃない!」
『屍幻想種』とは、不死王がこの世界に侵攻して来た際に奴が振りまいた屍に作用する魔力が、この世界で既に死んでいた各地の神話や伝説に登場する幻想種の残骸と結びつき、実体化したものだ。神話や伝説由来なものだけあって凄まじい魔力を有する。成立過程以外に詳しいことは分かっておらず、有史以来存在する討伐の方法も、神話や伝説をなぞる以外にない。未だ世界が致命的な破滅を負っていないのは、討伐の方法が分かっているものしか現れたことが無いからだ。なんでそんな奴らの心臓が。
「静かになさい、戦槍くん。まずあんなものがこの辺りにある理由。それは半年前5年前の屍巨人から削り取った心臓の一部のサンプルを輸送中、何者かに輸送車が襲撃されて、サンプルが奪われたことから始まるわ。襲撃者はその後行方をくらまして、政府も死に物狂いで探していたらしいけれど、三日前、やっとそれらしき反応がこの近くで確認されたらしいの。国防軍は屍巨人本体への対応に追われてるし、サンプルの確認と破壊は秘密裏に行わなければいけない。そこで本家から私にお鉢が回ってきたわけ。心配しなくても任されたのは確認だけで確認でき次第早急に離脱して連絡を入れるわ。そうしたら座標に戦闘機が爆撃を行って全部破壊してくれる。なんと言っても報酬が凄いの。あれさえあれば私達の目標にも大分近づくわ!だから安心して戦槍くん。とても簡単な────」
「だとしても俺は賛成できない。危なすぎる。あんたが報酬を得られる可能性より、その道中でくたばる可能性の方が高い。今すぐ依頼を切れ」
「出来ないわ。戦槍くん。もうこれは政府からの極秘依頼として正式に受託してしまって今更引き返せないの。何より失敗したらあの都市に私たちの居場所はなくなる。もうやるしかないの」
なんでそんな依頼俺に相談せず巻き込んだんだ、という言葉を飲み込んで、実行するためのプランを練り始める。この目はもうなんと言っても聞かない目だ。こうなった彼女はテコでも動かない。覚悟を決めろ。やるしかない。
「分かったよ、付き合おう。ちゃっちゃと終わらせて帰ろうぜ」
「戦槍くんならそう言ってくれると思ってた!さあ、行くわよ!」
今思えばこの選択がきっと後の命運をわけたんだと思う。もし、この時無理矢理にでも引き返していれば。そんな仮定に意味なんてないと分かっていても。
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屍幻想種は存在するだけでアンデッドを寄せ付ける効果がある。だからアンデッドが大量に集まっている場所に心臓があると踏んだのだが、ビンゴだった。
それは奥地へと進んで程なくして見つかった。何せ大量のアンデッドが群がっているのだ。一目見てすぐ分かる。
それには多種多様な大量のアンデッドが群がっていた。争うようにして時には相手を殺しながら(アンデッドなのに)、まるで狂ったかのように群がるその隙間からは紅い燐光がさしていた。
「咲希さん、あれ」
「ええ、間違いないわ。確認は出来たし退却しましょう。長くいたい場所でもないし」
こんな場所、一刻も早く立ち去りたい。座標を送っておさらばだ、そう思って──。
突如、蒼い奔流が後ろから駆け抜けた。そのまま心臓に群がるアンデッドどもを一掃して心臓だけが残った。まるで巨大な岩石とでも言うべきそれは隙間からさしたあの紅い燐光を放ち、その全貌を俺達の目の前に現した。綺麗にカットされた宝石のようで、強く妖しい輝きと嫌という程強くその「生」を主張するそれは改めて屍幻想種の心臓であることを認識させるに充分だった。溢れ出る魔力に足が竦む。なんだあれは。服に仕込んである最新のバート社製瘴気軽減符が全く効果を示していないと錯覚するほどの圧力。これは、人の手には負えない。
「大丈夫ですか?」
そう声をかけられるまで気づきすらしなかった。見たばかりの蒼い奔流のことなんてすっかり頭から抜けていた。慌てて戦闘態勢を取る。咲希さんも我に返ったようで刀を構える。
「そう構えないでください。そうですね。まずは状況の説明からしましょう。まず先程の魔力砲は僕がやりました。心臓に群がる低級どもを一掃するためにね」
「嘘を言うな。魔力砲だなんてそんな筈はない。ただ魔力を打ち出すだけじゃあんな威力は出ない。高位の神性魔法でもなけりゃあな。何者だ、あんた」
「いえ、あれは正真正銘ただの魔力砲ですよ。多少撃ち方は変えてありますが。おっと、それよりもまず名乗るべきでしょうね。私の名前は神木合壱と言います。今代の帝都エリアの勇者です。どうぞよろしくお願いします」
「「勇者だと!」」
そんな馬鹿な。いま勇者はヨーロッパで暴走しているこの国最高の霊峰の頂上目指して遠征を行っているのだ。こんな所にはいないだろう。
「ええ、本来であれば霊峰で修行中の身ですがエリアの首脳部に呼び戻されましてね。なんでも5年前の屍巨人の心臓が奪われたとかで。お偉いさんの失態の尻拭いに付き合わされているんですよ。基本的にはそちらの帝道さんと同じ立場と言うことですね。ただし私はこれの破壊ではなく、回収が目的ですが。私の雇い主が少し違う筋の方でして」
「ちょっと待った。ここで俺達は鉢合わせた訳だがどうするんだ。破壊と回収を争ってまさか戦うって訳じゃあないだろうな。」
「いえ、そんなことはしません。心臓を見てください。あの大きさと輝きだと本来の心臓に大分近づいていると思われます。破壊するのが得策でしょうね。」
「そうですか、破壊するなら私たちに当てがあります。戦闘機で爆撃を行いますので私たちと共に避難するべきでしょう。」
「いえ、帝道さん。それには及びません。あの魔力量だと戦闘機の爆撃如きでは破壊しきれない可能性が高い。ここは私が責任をもってこの場であれを破壊します。大丈夫です。任せてください。腕には自信があります」
「そうですか、分かりました。だが、念を入れて私達も雇い主に連絡を入れます。爆撃は確定事項でしょうから直ぐに逃げてくださいね」
「はは、そうですね。じゃあ破壊次第逃げることにします。それじゃあ【また、生きて会いましょう】。」
「ああ、【また、生きて会いましょう】」
そんなやり取りを交わして、俺達は勇者と別れた。
その5分後、一帯を揺るがす振動と轟音に圧倒的な魔力の波動が炸裂した。その30秒後には俺達の指定した座標に戦闘機による爆撃が行われる様子を、俺達は城壁の上から眺めていた。
「この後のことだけど、このまま中央府に報告に行くから付いてきてね。それが終わったらお仕事はお終いよ。帰ってすき焼きしましょう!」
「そうだな、早く済ませよう。報告あげて終わりだろう?」
ここから中央府まではバスで1時間だ。そんなに時間はかからない。あと1時間足らずで俺達の卒業と依頼の完遂が確定する。
この時は、愚かにもそう信じて疑わなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「と、いうことで、ご依頼通り心臓の破壊を完遂致しました。閣下」
目の前にいるのはこの都市の最上位。帝道家当主、帝道維硯。咲希の祖父にあたり、御歳71とは思えないほどの覇気がある。
「帝道咲希よ、1つ問おう。貴様が座標を送る前に接触したそやつは本当に勇者、神木だと名乗ったのだな」
「はい、私も数回メディアで顔を見たことがあるので間違いないかと」
「そうか、分かった。この依頼完遂としておこう。報酬は入れておく。下がれ」
「はい、では失礼します」
「ところで戦槍応機お前は少し残れ」
「は、なんでしょうか」
咲希さんが部屋から出たあと、俺だけこのる羽目になった。どういうことだ?
「久しいな、応機。お前が私の元を去った時以来だから2年半前以来か。惜しいことをしたな。お前には才能があった。あのまま私の元に居続ければお前はきっと世界先最強にも手が届いたはずだ。それが、」
「御託は不要だ。本題に入れ。」
「なんだ、冷たいじゃないか。まあ良い、本題に入ろう。まず、お前達の今回の依頼、半分成功で半分失敗だな。」
「どういうことだ。」
「お前達が接触したという勇者、やつは2ヶ月前にのその任を解かれている。やつは半年前ほど前から異常行動が目立ち始めた。倒したアンデッドの屍肉を食らったり、異常な戦技が能力欄に出始めた」
「死肉を食らう?いや、それよりも異常な戦技ってなんだよ」
「3つだ。『半屍』と『屍食』と『人食』だ。これらは分析の結果それぞれアンデット化、自らをアンデッドの肉を食らって強化、人の肉を食らって強化するものだと分かった。それまでは害がなかったので放置していたが2ヶ月前、遂に奴は民間人に手を出した。そこで異常事態と認識した我々は奴を捕らえて霊峰で封印していたという訳だ。新しい勇者候補が見つかるまでな」
「じゃあどういうことだ?やつはアンデッドの仲間で、それで、なんであそこに現れたんだ?」
「さあな、ただ俺の予想が正しければ────。」
そこでドォンと天地を揺るがすが如き揺れが起きた。同時に中央府の官僚が駆け込んでくる。
「失礼します!先程、帝都エリアから約5キロの地点で屍巨人の心臓の極めて強い局所的魔力反応を探知!それと同時に太平洋で、」
まさか。
「屍巨人が浮上、約48時間後には帝都エリア元東京湾部に到着する見込みです!」
絶滅へのカウントダウンが始まった。