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後日ですか?

 朝だ。

 何もしていないのに朝が来た。

 

 いや、時間は何もしなくても勝手に流れるから、至極当然のことなんだけど。なんかさ、取り残された感あるじゃん? 自分だけがまだ昨日という過去に取り残されて、世界に置いて行かれたような感覚。


 目をそっと開ける。見慣れない天井が視界一面に入り込む。シミがぼつぼつと至る所にある木製の天井。

 締め切ったカーテンの隙間から、淡い光が床に差し込んで部屋全体が少しだけ明るくなる。

 その明かりが憂鬱で、もう一度目を閉じた。


 暗闇に支配された世界で、三日前のことが鮮明に蘇る。実のところ、あまり覚えていないというのが確かな感想だ。

 あれほど死に物狂いで挑んで、振り返ってみたらあんまり覚えていませんなんて、我ながら笑えてくる。


 去り際に固く結んだはずの決意も、イルコスタについてから落ち着くと、まるで綿菓子が水に溶けるようにスーッと消えていってしまった。


 怖いとか、辛いとか、悲しいとかじゃない。何もやる気にならないのだ。そんな感情が湧かないくらい、ぼーっとしている。


 突然のこと過ぎたんだ。だって、街が消えたんだよ? 生まれてからずっと過ごしてきた街が、氷龍のたった一発の攻撃で崩れ去ったなんて、この目で見たはずなのに信じられない。


「もう、何でもいいや」


 布団を頭まで被って、小さく丸まった。まるで、殻に閉じこもるように――。


「めんどくさ……」


-------------------------------------------------------------------


――もう、そこらへんにしておいたら?


 誰かに言われた気がする。誰に?

 モミジは朦朧とする意識の中で言葉の主を探す。でも、分からない。


 体がふわふわして、手の感覚とかも無くて、持ったコップを何度も落としそうになる。

 珍しく酔っている。それも、相当に。たぶん、今まで経験したことないくらいお酒を飲んでいるんだと思う。


「おーい……。まじでそれ以上飲むと、明日辛いよ?」


 まただれか分からない人が声をかけてくる。本当に誰なんだろ。放っておいてくれないかな。


「辛い? 明日じゃなくて、今が辛いの」


「お酒の飲み過ぎで?」


「違う」


「じゃ、何が辛いの?」


「何がって――」

 

 突然、耐えがたい頭痛が襲う。それと同時に脳裏に浮かぶ幾人もの恩人の顔。逃がしてくれた人たち。守ってくれた人たち。

 きっと、彼らは死んでしまった。

 

 これが、辛くないわけがない。胸が張り裂けそうで、最近は奥底にしまい込んでいたはずの憶病な自分が顔を出してくる。嫌いな自分。それを押し込むためにお酒の力を借りたら、もうよくわかんなくなってきた。


 だって、いくら飲んでも、辛いのは消えない。むしろ、吐き気とか頭痛が加わってしまい、逆効果だ。


「うーん。まいったなぁ。これが見知らぬ女の子だったら、お持ち帰りしちゃうんだけど、えーっとモミジちゃんだっけ?」


「……なんで、私の名前を知ってるの?」


「いやぁ、だってモミジちゃん、ハルトとかマナツのパーティーメンバーだよね?」


「……そうですけど」


「だよねぇ。じゃあ、お持ち帰りなんてしたら、マジで殺されかねないなぁ」


 ぐらっぐらの視界で、声の主を見る。見たことある。でも、誰だっけ。……誰でもいっか。

 

 コップの中身を一気に飲み干す。意外に残っていたみたいで、軽くむせた。


「けほっ……けほっ。……はぁ、帰ろ」


「ちょ、ちょい待て待て。ふらふらじゃん。送って行ってあげるよ」


 酒に飲まれて、見知らぬ人に肩借りて、何やってんだろ。本当に。どうやったら、この辛さは消えてくれるのだろう。誰か、乗り越え方を教えてよ。


 それにしても、この人じゃらじゃらうるさいなぁ……。


「ねぇ、相談に乗ってほしい……と思う」


-------------------------------------------------------------------


 ぷっつりと切れている。

 鮮やかな色を帯びていたそのミサンガは、今や灰色に染まっている。どうやら、赤を振り切ると灰色になるらしい。


 もう何時間も眺めている。ひたすら眺めて、眺めて、眺めて、眺めて――


「ごめん……」と呟く。


 自分で決めたことだ。後悔はしていない。でも、謝らずにはいられない。だって、向こうからしたら自分を捨てて、他の人と生き延びているのだから。


 きっと、恨まれてはいないと思う。とてもやさしい人だったから。

 魔軍襲来の時も、魔物にずっと襲われていたのに、ずっと仲間の元へ行って、って言い続けてた。でも、行けるわけなかったじゃん。だって君は、冒険者じゃないから。


 でも、今回は街の中にいてくれてさえいれば、安全だと思った。外で、奴さえ食い止めれば救えると思った。君を救えて、パーティーメンバーの力にもなれる。そう思ってた。


「ごめん」


「ごめん」


「………………ごめん」


 君という存在を胸に深く刻んで、前に進むよ。


 ミサンガをゴミ箱に捨てた。そして、懐から君に渡すはずだった小さな指輪も、一緒に捨てた。


-------------------------------------------------------------------


「ねぇ……」


 街を出て少し歩いた荒地で、ひたすら剣を振るうライズに声をかけた。

 マナツは知っていた。イルコスタに来てから、彼が朝になるとこの場所に来て、素振りをしていることを。といっても、昨日たまたま見かけて、声をかけたら日課だ、と言っていたからなんだけど。


「なんだ?」


「悲しくないの?」


 返事は帰ってこない。


「辛くないの?」


 ……


「苦しくないの?」


「悲しんだり、苦しんで奴らが帰ってくるなら、いくらでもするが」


「そうよね。下向いてる場合じゃないのよね」


「当たり前だ。あいつらが下を向けって言うわけないだろ」


「それ、私の仲間に言ってあげてよ」


「俺が言えば、強制になる。それはマナツ、お前がやるべきことだ」


 簡単そうに言うけど、難しいよ。閉じこもってる人を救うのは。

 そりゃ、辛いさ。苦しいさ。でも、殻にこもってる場合じゃないじゃんね。


「ユキオはねぇ。たぶん、一人で何とかなると思うのよ。でも、モミジとハルトは一人じゃ無理そうかな。シェリーは私より先に乗り越えてたみたいだけど」


「あの二人は特にメンタルが弱いからな。だが、まあモミジの方はさっき見かけたが、大丈夫だろう」


「なにそれ。じゃあ、あとはハルトか……私にできるかなぁ」


「難しいだろうな」


「お前がやるべきだーって言ったじゃん」


「別にお前自身が手をかけなくてもいい。殻を破ってやれそうなやつを連れてくれば、お前の仕事はそれで終わりだ」


 殻を破れそうなやつ……。そんな人、いるのかな。

 きっと、ライズのように目上の人はダメなのだ。もっと、身近でハルトのことをよく知っている人……。


「あっ! いるじゃん。適任!」


 ライズは剣を鞘に収め、街に向けて歩き出した。


「ついてこい。あいつらのところに案内してやる」

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