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長い夜ですね?

 街に鳴り響く鐘の音が、モミジの耳をかすかに揺らす。

 夜になる鐘の音は昼間よりも随分と小さく、静まり返った室内でなければもしかしたら聞き逃して居たかもしれない。


 夢うつつで簡素なベッドに横になっていたモミジは、不意にシェリーに二十三時の鐘が鳴った時に自室で待っているように言われたことを思い出した。

 いつの間にか忘れていたようだ。嫌な予感も今では特に感じない。


 重厚な金属音に耳を傾けながら、うっすら開けた瞳でドアを見つめた。

 やがて、長く鳴り響いた鐘の音が止み、再び部屋に静寂が訪れる。一人用の卓上机と背もたれ椅子にベッド、そして小さなタンスがあるだけの簡素な部屋。音が無い今、やけに狭く感じる。実際、元宿屋の一人部屋を使用しているだけなので、広く無いことは事実だ。


 女性らしさのかけらもない部屋に思わず苦笑した。


 今度、花でも飾ってみようかな。


 それにしても、二十三時の鐘はとっくに鳴り終わったのに、シェリーはまだ来ない。

 待っていろと言ったのに、遅れてくるのは関心しないなぁ。


 もしかしたら、本当に些細な用事でそれこそモミジと同じく、シェリーも忘れてしまっているのかもしれない。それなら、それでよいのだけれど。


 抗い難い眠気に瞼を閉じようとしたその時、部屋のドアがコン、コンと鳴り、来客を示した。

 たぶん、シェリーだろう。


「開いてますよ……。入って来てください」


 重い体を起こし、ひとまず来るべき人を出迎える体勢を整える。

 依然、ドアは開かれない。


 不思議に思ったモミジがベッドから降りた瞬間、ドアの向こうから返答が帰って来た。


「あの、俺だけど……」


 体がビタッと固まった。まるで、足の裏が床にくっついたようだ。体とは裏腹に、思考が一気に加速する。

 俺だけど……? シェリーの自呼びは決して()などではなかったはずだ。マナツももちろん、俺なんて一人称は使わない。


 ユキオ君……は僕だし、ってことは――


「は、ハルト君……!?」


 少し、声がうわずった。

 恥ずかしすぎる……。


 モミジの返答から一拍置いて、ドアがゆっくりと開く。もちろん、ドアの向こうにいる相手はハルトだ。


「シェリーに言われて来たんだけど……。なんか、モミジが話があるって」


 すごく眠そうにハルトは言った。


「えっ……話? んん”? はな……し?」


「うん?」


 お互いに頭にハテナが浮かぶ。どうやら、状況はモミジにもハルトにも理解できていないようだ。

 

 話……。話なんて、特にないんだけど。


 一瞬、ショートしかけた頭で冷静に考える。昼間のシェリーとの会話を思い出す。

 シェリーには二十三時に自室で待ってろと言われた。その前には、何の会話をしていたっけ?


「あっ……」


 シェリーの意図に気づいた瞬間、顔が急速に火照りだした。ゆでタコができてしまうのではないかと思うくらい、体じゅうが熱くなる。

 なぜ、シェリーが来ないで、ハルトが来るのか。答えは昼間のシェリーとの会話の中に存在していた。


(モミジさんは好きだと伝えないのですか?)


 シェリーの言葉が脳裏をフラッシュバックする。


 つまり、シェリーは強引にハルトをモミジの元へ連れて行き、いわゆる告白のようなことをさせようとしているのだ。


 何やってるの……シェリーちゃん。私、怒るからね。明日、絶対に怒るからね……!


 とはいうものの、この状況を打破しないことには明日は永遠にやって来ない。まさか、こうして朝まで黙って見つめ合っているわけにもいかない。というか、それこそ明日を迎える前に気を失いそうだ。


「なんか、結構大事な話ってシェリーは言ってたけど、どうかした?」


 ハルトはモミジの部屋に入ることはなく、訪ねた。どうやら、彼にはこの状況が伝わっていないようだ。

 本当、鈍いって得なのか、損なのか分からないですよね。


「話……はないんだけど」


「シェリーから言伝ってことは、何か言いづらいこと? パーティーに関わることなら、できれば相談してほしいかな。その、やっぱり心配だし……」


「う、ううん。別にみんなに迷惑かけるようなことじゃないよ。それに、私も困っているようなことではないし」


 自分で言っておいて、意味が分からなすぎる。

 ハルトは当然、頭の上のハテナを継続して揺らしている。


 思わず、お互いに唸ってしまった。

 混乱しすぎて、次の言葉が浮かんで来ない。でも、もしかしたらこのチャンスを逃したら次の機会は当分来ないだろう。もしかしたら、永遠に来ないままになるかもしれない。


 ……って、そんなことはわかっているけど、無理だ――!!


 うじうじしているって思われるだろう。でも、仕方ないのだ。人間、そんな簡単に変わらないです。変われるなら、とっくに変わっているのです! 


 もし、この場にマナツやシェリーが居たなら、まどろっこしいと罵られるに決まっている。呆れられるかもしれない。


「あー、とにかく何も無いんだったらいいんだけど、何かあったらすぐに相談してね。一応、その……これでもリーダーだと思うから」


 ハルトは視線をそらし、うっすら紅潮した頬を指で掻いた。どうやら、彼はまだリーダーというポジションに抵抗があるように見える。

 そんなハルトを見て、思わずモミジは笑みをこぼした。


「ちょっ……何も面白いことないでしょ」


「いやいや、と思うじゃなくて、ハルト君は十分リーダーだよ。自信持って。」


「モミジ、最近……と思うってあんまり言わないよね」


「めんどくさいはよく言うようになりました」


 ハルトも笑みを漏らした。

 伝えられはしなかった。それでも、一歩だけ前進できた気がする。

 

 互いの口癖が感染る。それだけで、心の底が暖かくなったような満足感が感じられた。


「それじゃ、また明日。おやすみ」


「うん……。おやす――」

 刹那、背後から瞬間的な殺気を感じた。

 

 振り向く前にハルトが強引にモミジの体を抱き寄せ、そのまま身を捩る。

 部屋の窓ガラスが大きな破砕音を立てて粉々に割れる。ハルトのすぐ横を先端が燃え盛る矢が通過し、壁に突き刺さる。突き刺さった矢は炎に包まれ、部屋の空気を焦がした。

 突然の出来事に思わず息を飲んだが、すぐさま視線を部屋全体に、そして窓の外へと向ける。暗闇に襲撃者の姿は確認できない。


「モミジ、大丈夫か?」


「……うん。平気。それより――」


 窓から視線を外さずに、部屋の隅に立てかけてある剣と壁にかけた黒紫色のローブを素早く取る。剣は抜き取り、鞘はその場で床に投げ捨てた。


 割れた窓の奥が一瞬、キラリと光を反射し、第二射が飛んで来る。標的は手ぶらのハルトだ。


 ――飛身(ひしん)


 モミジの握る剣がうっすら光を帯び、床が軋むほどに力強く蹴り上げる。一瞬でハルトとの距離を縮め、飛んで来る矢を剣ではたき落とす。

 床に叩きつけられた矢はたちまち木々を伝って燃え広がるが、すぐさまハルトの水魔法によって鎮火させられる。


 三射、四射も同様に撃ち払い、ハルトが退避したのを確認してから、モミジは身を投げ出すように廊下に転がり出る。


 心臓の鼓動がやけに早い。ひとまず、奇襲による被害は部屋の壁と床だけだろう。


 長い夜が始まった。そんな気がした。


「剣とローブだけ持って、各自散開! 俺とモミジは一階。ユキオとマナツは二階! シェリーは二階で待機だ!」


 ハルトの声が家中を響き渡った。既に自室から剣とローブを取ってきているようだ。


 モミジはハルトを待つことなく、一階へと舞い降りる。途中、マナツと階段ですれ違う。どうやら、最低限の状況は飲み込めているようだ。視線だけ交わし、一気に階段を下りきる。

 大広間を見回すと、ユキオがちょうど魔法を詠唱し終えたところだった。同時に玄関が蹴破られ、軽装を纏った剣持ちの襲撃者が二人侵入して来る。


「――ユキオ君!」


 ユキオが両手をパンっと叩き合わせる。その瞬間、床を突き破って岩柱が出現し、襲撃者二人の顎先を撃ち抜いた。襲撃者は天井まで吹き飛ばされ、地面に意識なく落ちる。どうやら、死んではいなそうだ。


「あと、よろしく!」


 ユキオは踵を返し、ハルトと入れ替わりで階段を登っていく。


「ハルト君! シェリーちゃんは?」


「大丈夫、二階でマナツに引き渡した」


 ハルトとモミジは互いに背を寄せ合う。

 おそらく、襲撃者は三名だけではないだろう。外から、ただならぬ殺気がいくつも感じ取れる。


「ちょっ! シェリーちゃん――!」

 

 二階から、マナツの声が聞こえてくる。剣を持ち、肩で息をしながら下りて来るシェリーが目に入った。


「何してるんだシェリー! 二階で待機と言っただろ!」


「で、でも……」


 シェリーはうつむきがちに剣を構えている。


「でもじゃない。早く戻れ」


 状況が状況なだけに、ハルトもいつになくキツい物言いだ。

 モミジは会話の一端に耳を貸しつつ、一歩だけ前に躍り出た。それを見たハルトはため息を付き、剣を下ろしてシェリーと向き合う。


「あの、これってシェリーのせいですよね……? だったら、私も戦います!」


 ハルトはシェリーの手を握り、剣を下ろさせる。


「大丈夫だ。これは、シェリーを守るっていうクエストを受けている俺たちの仕事だ」


「でも、それじゃあ……。私だって、勇者だし、冒険者です!」


 ハルトはゆっくりと首を振る。


「冒険者も勇者も魔物を狩る職業だ。人を相手にするのは、本来の仕事じゃない。だから、シェリーは戦わなくていい」


 モミジは突き刺すような視線を感じ、ハルトとシェリーから意識をそらす。破られた玄関から覗く闇から、突如魔法陣が浮かび上がり、数発の火球が飛んでくる。


「それに――」


 モミジは手を前に突き出し、魔法を発動する。魔法陣が浮かび上がり、巨大な氷塊が射出される。氷塊は火球を軽く飲み込み、闇夜に飛び込んだ。次の瞬間には、男の悲鳴のような断末魔と激しい衝撃音が鳴り響いた。


「俺たちは四人揃えば負けることはない」


 ハルトの自信満々のセリフに、モミジは大きく頷いた。






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