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大丈夫ですか?

「ハルトさんッ! 早くしないと日が暮れてしまいます!」


 神妙な面持ちで帰ったハルトへのシェリーからの第一声は、まるで今から冒険にでも行きます、とでもいうような発言だった。


 散々、ハルトからかける言葉を模索しつつ帰宅したと言うのに、どうやら彼女は先手を奪い取ってしまったようだ。

 ライズさん……これも予測済みなんでしょうか。


「あ、あの……シェリー?」


「はい、シェリーです。どうかしましたか?」


「いや、その……ちょっとお話を」


 シェリーが素早くハルトの後ろに回り込み、背中をぐいっと押した。


「時間が勿体無いので、歩きながら話しましょう」


 強引に歩かされ、結局話の裾を広げることはできなかった。しかし、今日のシェリーは常に笑顔だ。

 まるで、何かを押さえ込み、無理やり紛らわせているような。


 北門をくぐり抜け、街の外に出る。雑踏は消え、ただただ心地よい風が全身を撫でる。


「うーん! 今日も風が気持ちいいですね! ハルトさん!」


 シェリーは両手を大きく広げ、斜め上にあげて全身で感情を表現した。大げさすぎるほどに。

 下を向いていることに気がつき、慌てて顔を上げる。さっき、言われたばかりなのに、やはり人間はそんなに早くは変われない。環境に順応するには、それ相応の時間が必要だ。


 だから、彼女もまた変われていないのだ。変わろうとしているだけ。そう努力はして、自分の心を騙すけど、実際にはまだ何も変わっていない。


「……シェリー」


 数歩先にいる彼女の動きが止まる。ようやく、話ができる。そう思った矢先、彼女はまたしても繕ったのだ。


「きょ、今日はもう遠くまでいけないので、ここら辺で魔法の練習でもしましょう! ハルトさん!」


「シェリー……」


「魔物がいないのは残念ですが、大丈夫です! 魔力は使えば使うだけ、徐々に伸びていくとユキオさんが言っていました!」


「――シェリー」


 突然、赤毛の少女は振り返った。白い肌に大粒の涙が伝って、彼女の足元にこぼれ落ちる。

 胸が締め付けられて、息苦しい。本当は、今すぐにでもなかったことにしたい。それでも、転機は起こってしまったのだ。ハルトの不注意によって。


 シェリーは人を殺した。

 不躾な言い方だが、まぎれもない事実だ。


 ライズはシェリーはハルトよりも強く見えたと、はっきり言いのけた。確かにうじうじとしているハルトよりは、事実を受け止めて振り切ったシェリーの方が強い。

 しかし、ライズは彼女と向き合えとも言った。それがどういう意味を示すのか。今、こうして直面して初めてわかった気がする。


「ごめんな……。怖かったよな……。寂しかったよな。…………辛かったよな」


 まだ十五歳。しかも、つい最近までは殺生という行為とは程遠い村娘だ。事実を受け止め、前に進んだところで、傷は癒えないのだ。

 

 シェリーの嗚咽まじりのすすり泣く声だけが、風に乗ってハルトを染めた。


「シェリーの罪は、俺の罪だ。一人で抱え込むなよ……。俺も、背負うからさ」


「ぞれでも……! わだじの魔法で……うぅ。……殺したんです!」


「俺の魔力を使って、だ。シェリーは俺を使って殺したんだ。同罪だろ?」


「でも! ――ッ!」


 思わず、彼女を抱きしめた。小さな体を力一杯、抱きしめた。小刻みに震えているのが伝わる。

 時が止まったように、風がピタリと止んだ。一瞬で訪れた静寂に互いの心音だけが残った。


「――大丈夫」


 この言葉の真意をハルトは知らない。それでも、自然と口から出た言葉はその一言だった。

 赤毛の少女は再び、解き放たれたように痛々しい程の苦痛と安堵を乗せて泣きだす。顔をハルトの胸に押し付け、きつくハルトの服を握りしめて、長い間、泣いて、泣いて、泣きじゃくった。


 その間、ハルトはひたすらにシェリーを抱きしめた。


 両手にすっぽりと収まってしまう少女を抱きしめ、どうしようもなくこの世界が恨めしくなった。それでも、彼女に出会えたことに感謝もした。


 涙が枯れるまで泣き尽くした彼女は、やがて自分から離れた。もう、その瞳に涙は溜まっていない。悲しみも、強がりも見て取れない。そして、ハルトを見上げて素直な笑顔をつくり、反芻するように一言。


「大丈夫!」


 ハルトも自然と笑みが溢れた。


 とんでもなく理不尽で、まるで想像も付かない世界だけど、今は素直にありがとうと言いたい気分だ。


「よしっ! 今日は泣く練習をしたからな。もう、帰ろう」


「明日からはビシバシ行きましょうね!」


「それは、俺のセリフだからね」


「関係ないです! ビシバシ! ビシバシ!」


 ハルトは前を走るシェリーを見て思う。


「運が良いのかもしれないな」


「えっ? なんですか?」


「いやぁ、クールで熱血な先輩の言葉」


 シェリーはキョトンとして、面白おかしそうに笑った。


「どんな先輩ですか、それ」


「だから、クールなのに熱ーい先輩だよ」


 二人で見合い、同時に吹き出した。

 バレたら、きっと怒られるだろうな。


 二人はまだ陽の高い草原から踵を返し、街に戻るのであった。


 不意に二人の周りをゆらゆらと漂う半透明の蝶が、スーッと彼らを追い抜いて主人の元へと帰還する。

 後日、ハルトがライズに呼び出されることになるのだが、それはまた別のお話。

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