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ギア、上がりましたか?

 突然の地鳴りに思わず身を竦ませた。地震とは違い、地面自体が激しく揺れるわけではない。場の空気というのだろうか。ビリビリとしたプレッシャーと、肌を突き刺す恐怖を表すように大気が震え、地鳴りさえも起こしている。

 先ほどの何かが崩れるような音を皮切りに、冒険者一同の表情が険しくなる。


 体を締め付けるような重圧が襲いかかり、吐き気が込み上げてくる。


「もしかして……もう一度?」


 気がつくと、モミジがハルトのローブの裾をぎゅっと掴んでいる。気づかぬふり、というわけではないが、今はそれどころの話ではないのだ。

 悪い予感しかよぎらない。というか、先刻の地鳴りとまったく一緒なため、もはやそうとしか考えられない。


「と、とにかく、指示を仰ごう」


 ギルドの裏手にいる冒険者はだいたい三十人弱だ。ギルド内にはパッと見で二十人ほどいる。中央通りにはこの倍以上の冒険者がいるであろう。

 これだけの冒険者が未だに最初の魔物の軍勢すらも殲滅できていない。しかし、魔物は待ってくれるはずもなく……。


 ギルドから職員の女性が一名、慌てて躓きながら飛び出してくる。


「ま、街の外を魔物が囲っています……!」


 周辺がざわつく。最初は街の中に突如現れた魔物の群だが、今度は街の外に群を率いて来た。順番が逆のような気もするが、そこらへんに大した意図はないのだろう。


「冒険者の皆さんには、引き続き魔物の殲滅に向かっていただきます。表側にいる方々には、手分けして西門と北門に向かってもらっています。こちらにいる冒険者の方々は南門から街外に出ていただき、魔物を食い止めてください!」


 正直、行きたくない。できることならば、ギルドで身の安全を確保して、事が過ぎるまで息を潜めていたいところだが、そうもいかないのが勇者の印という名の呪縛だ。


 それに今回に関しては、むしろいち早く南門に向かいたい。というのも、モミジ・マナツ・ユキオと離れた際にギルドの裏手、もしくは南門と言い放ってしまった。つまり、もしかしたらマナツとユキオは南門にいる、もしくは向かっているかもしれない。

 とにかく、一刻も早く合流しなければ、魔物と長時間渡り合うなど二人の魔剣士には荷が重過ぎる。


 冒険者たちは既に移動を開始している。やはり、拒む者はいない。冒険者は魔物を倒す事が責務であり、すべてなのだ。


「俺たちも行こう……」


 南門まではギルドから十五分かかる。道すがらに襲いかかる魔物を、周囲の冒険者と協力して倒す。ディザスターでは四人以上で行動すると、なぜか魔物が大量に押し寄せるため、他の冒険者と組み交わすことはないから、少し違和感を感じる。

 もしかしたら、今回の魔物の大量発生と、ディザスターでの謎の現象というのは何か関連性があるのかもしれないが、現状、そんなことを考えていられるのは、安全なところに引きこもる貴族たちくらいだ。


 ハルトは無意識にモミジに目を向けた。先程までの弱々しい瞳からは一変、魔物との戦いっぷりは頼もしすぎた。ハルトと同格、いやそれ以上に魔剣士という職業のあり方を理解し、適切な動きをする。

 パーティーバフがある時は、気がつくことのできなかったことだ。

 モミジの以前のパーティーについては一切知らないが、さすがはCランクだったパーティーというべきなのだろうか。付け焼き刃のような、ほんの少しだけCランクに滞在していたハルトとは、やはり一回り動きが鋭敏であった。


 でも、本心的にはなんだか女性に守ってもらっている、とまではいかないが、なんだかこういうのって男からすると歯痒い。ただのエゴイズムだけど……。


 南門に集結していた冒険者はBランクのパーティーや、Cランクのパーティーが多くいたため、街に湧く魔物に関しては、大した障害になることはなく、順調に歩を進めた。


「見えて来た……」


 モミジが呟く。もちろん、ハルトの視界にも入っている。最後に南門に来たのは、今朝だ。日課のような自主練をするために、早起きのマナツに見送られ、訪れた。果たして、自主練習に意味があったかどうかは謎である。

 朝方ぶりの南門に変化はもちろんなく、兵士が慌ただしく駆け回っている。いつもは開いている大きな門だが、今は閉じている。ってか、門が閉じてるところ初めて見た。


「冒険者は門の前に集まれー!」


 先に到着していた冒険者が声を張り上げる。

 おそらく、街に魔物が侵入しないように門を閉じているため、あらかた冒険者が揃い次第、開門するのだろう。


 ハルトは門に着くなり、マナツとユキオの姿を探した。南門には既に他のところからも冒険者が集まって来ているようで、かなりごった返している。せわしなく視界を動かして、探す。探す。探す。


「――いた!」


 見つけたのはモミジだ。指差す方を見ると、金色の長い髪に翡翠色の瞳の女性。ぱっと見では冒険者だとは思わなく、どっかの令嬢ではないかと思う。彼女は一人、キョロキョロと周りを見渡し、いつもより随分としょぼくれている。内面は男嫌いのわんぱく少女であることは、今は黙っておこう。


「マナツ――!」


 ハルトは駆け寄りながら声をかける。彼女はハルトとモミジに気がつくと、ドバッと耐えていた涙を垂れ流し、猛然とまるで闘牛かと思うくらい、凄まじい勢いで突っ込んでくる。

 割と本当に怖いと思って身構えてしまったが、よく考えれば当然のことである。マナツは当然のごとくモミジに勢いよく飛びついた。


「あっ、そっちね……」と思わず呟いてしまった。


 マナツは涙でびしょ濡れの頬をモミジの頬に強引に擦り合わせて、なおも泣き続けている。モミジは苦笑いだ。ひとまず無事が確認できてよかった。見たところ、怪我もしてなさそうだ。


「マナツ、ユキオを見てない……よな?」


「みでにゃい……」


 しゃがれた声で、おそらく「見てない」と言ったのだろう。

 ユキオはなんとなく、まだ来ていない気がした。というのも、はぐれぎわに見せた我を忘れたような、切羽詰まった表情がハルトに、なんとなくではあるが、そう思わせた。何か、自我を忘れるほどのものを見たのだろうか。


「早く来い……ユキオ」


 呟いたハルトの声は、巨大な門の開く音によってかき消された。わずかに開いた隙間から冒険者が、雄叫びをあげながら街の外へと駆け出す。

 ハルトとマナツ、モミジもほぼ最後尾で街の外へと飛び出す。そして、街の外の現状に思わず剣を落としそうになった。


「なによ……これ……」


 マナツが呟く。ハルトは口を魚のようにパクパクさせることしかできなかった。声が出ないのだ。


 視界に収まるだけで二十匹以上の魔物。見渡すと、確かに街を取り囲むように凄まじい数の魔物がいた。そして、その魔物はハルトの知りうる存在に限るが、Cランク・Bランクが中心であった。


 まるで、ギアを上げて来たような、このために街の中は低ランクで埋め尽くしたとでもいうようだ。

 

 街の中での騒動がまるで可愛く思えた。

 

 これから起こりうる凄惨な光景は、優に想像できた。

 

「これは……めんどくさいどころじゃないな……」


 ハルトはこんな時でも怠惰な自分を呪いながら、ため息交じりの苦言を呟いた。


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