何だか楽勝なんですが?
薄暗い森を四人の男女がゆっくり、周囲を警戒しつつ歩みを進める。
まだ太陽はてっぺんを超えてから二時間ほどしか経っていないにも関わらず、森は草木に日光を阻まれ、どうにも薄暗い。
街を出て、魔物が多く生息する区域――通称 ディザスターと呼ばれる場所の一つとされる『暗躍の森』を訪れてから一時間。
クエストの条件となっているリザードマンは、森の中層部に巣を構えることが多い。しかし、もちろん暗躍の森に群れをなしている魔物はリザードマンだけではない。
先頭を歩くハルトが、ひたいに滲む汗を拭おうと左手をあげた刹那――ギャァギャァというけたたましい鳴き声が左前方から聞こえてくる。
一瞬、硬直状態のように体をビクつかせる四人だが、慣れ親しんだ冒険者の小慣れた動作でそれぞれ鳴き声のする方向に武器を構える。ちなみに四人は全員魔剣士であるため武器は一般的な細い両手剣だ。
事前に打ち合わせた通り、ハルトとユキオが前衛を、そしてモミジとマナツが後衛のポジションに入る。
「打ち合わせ通り、スワップを効かせつつ行くぞ!」
普段は常に気だるそうにしているハルトも、ディザスターでは一瞬たりとも集中力を切らすことはない。
全員が鳴き声のした方向を固唾を飲んで凝視する。草木を搔きわける音が徐々に大きくなる。
一瞬、ハルトたちを木々がすり抜けて差し込む日光が照らす。その瞬間、茂みから一頭のライオンの頭と毒ヘビの尻尾を持った魔物が姿を表す。
「なっ! バジリスクか!」
飛び出して来た魔物はバジリスク。ライオンに似た頭部で前方の敵を食いちぎり、毒ヘビの尻尾で後方の敵に状態異常を付加させるCランクの魔物だ。
Cランクといえば、冒険者になり三年が経過したハルトの元パーティーがつい先日ようやく到達したランクだ。元パーティーで対峙してようやく同等とされる魔物が今、新しく作られた魔剣士だらけの不揃いパーティーの目の前にいるのである。
「ちょっと、ちょっとバジリスクがなんでこの中層にいるのよ! こいつは深層部にいるはずでしょ?」
後方から明らかに焦った口調のマナツの声がハルトの耳に届く。現在のパーティーの中で、Cランクを経験したことのあるメンバーはハルトとモミジのみである。ユキオとマナツは元はDランクのパーティーに所属していた。しかし、Cランクの期間がわずか二週間あまりであったハルトもバジリスクとの対面は初めてであるため、実質バジリスクと対面したことのあるメンバーはモミジのみである。
「い、一旦撤退した方がいいんじゃ」
ユキオの提案はもっともである。明らかにハルトを含め、皆動揺を隠せないでいる。中層部にはせいぜいEランクまでの魔物しか巣を作っていないのである。
「いやでも、逃がしてくれそうもないよなぁ」
前衛を務めるハルトとユキオの眼前に大きくそびえ立つバジリスクは、口からよだれを垂らして今にも襲いかかって来そうである。おそらくバジリスクに背を向けて撤退するという判断をした瞬間、背中に風穴が開くことは間違いないだろう。
全員、それなりの防御力を誇るローブや鎧を身につけているとはいえ、一瞬の判断ミスが死に繋がることは四人が誰よりも知っていた。
「やるしかないだろ。よし! いくぞ!」
ハルトが駆け出したと同時に、並行していたユキオも勢いよく地面を蹴り上げる。後方ではモミジとマナツが魔法の詠唱を始める。
猛烈に迫り来る二人に対してバジリスクは今一度、ライオンというよりは鳥のようなけたたましい声をあげて二人に飛びかかる。
迫り来る牙に死の恐怖を感じながらも、ユキオと剣を交差させるようにしてバジリスクの牙を抑え込む。激しい金属音が鼓膜を震わせる。
手を伸ばせば触ることのできる距離にバジリスクがいるという恐怖が、身を思わずすくませる。
しかし、ハルトは両手にかかる重圧に確かな違和感を感じた。
「な、なぁユキオ」
こんな状況でというべきか、こんな状況だからこそハルトはユキオに呼びかける。
「なに、ハルト?」
歯を食いしばり、迫り来るバジリスクの牙を必死に受け止めているユキオは返事をするのも苦しいと言わんばかりに聞き返す。
「いやさ、なんか……」
「何ってば!」
「軽くない?」
「……へ?」
ユキオの表情から焦りの色が抜ける。ハルトも最早片手で剣を持ち、顔こそバジリスクの方を向いてはいるものの、明らかに表情は先ほどまでの険しいものではなかった。
「ほ、本当だ。なんだかスライムの突進を受け止めてるみたいだ」
ハルトの感じた違和感。それはあまりにもバジリスクの突進が軽すぎるのだ。
バジリスクの突進は本来であれば、ユキオのいうスライムなどとは比較にならない威力を誇る。
ハルト自身も、バジリスクの突進による初撃で前衛が崩壊したパーティーの話を聞いていたため、吹き飛ばされることも覚悟で剣を振りかざしたのだが、結果はあまりに軽すぎたのである。
「このバジリスクが謎に弱い個体なのか?」
「そんな事例聞いたことないけど、とりあえず今は魔法が来るタイミングで離脱しよう」
ハルトの聞いた話では、バジリスクはCランクの魔導師による魔法を十数発叩き込んでようやく倒せる相手だと聞いた。しかし、魔剣士の魔法は魔導師のものよりも威力が格段に落ちる。
つまり四人が前衛と後衛を入れ替えつつ、エンドレス的に魔法を放ってようやく倒せるかもしれないというなんとも絶望的なシュチュエーションである……はずだった。
「魔法オーケー! いくよー3、2、1――!!」
マナツの掛け声に合わせてハルトとユキオが一斉に剣を抜き、左右に飛び退く。
その瞬間、業火の火炎球と特大の氷塊が空を切り裂くようにバジリスクに突き刺さる。マナツの火の魔法とモミジの氷の魔法が同時に炸裂したのだ。
しかし、またしてもハルトは口をあんぐりと開けてその状況を呆然と眺めていた。
「威力高すぎだろ! 魔導師の三倍くらいあるじゃん!」
本来であれば魔導師の火炎球と氷塊の魔法は木々を数本なぎ倒すほどの威力である。魔剣士の魔法となれば、木の一本を倒せればなかなか良いという程度である。本来ならば。
しかし、マナツとモミジが放った魔法はバジリスクを貫通してなお威力を衰えることなく、森の木々を蹴散らし、三十メートルほど森を更地に変えて最後は炎と氷がぶつかり合い、凄まじい爆音と多量の水蒸気を撒き散らして消滅した。
当然ながら、身を貫かれたバジリスクは体の半分をやけ焦がし、もう半身はガチガチに氷づいた状態で絶滅していた。
度重なる不可解すぎる出来事に、思わずその場にいた四人は地面にへたり込んだ。
「な、なんだこりゃー‼️」
情けなく尻餅をついた姿で、空を見上げながら叫んだハルトの絶叫が暗躍の森をこだましたのであった。