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尾行ですか?

 尾行です。


 そう、こっそり追いかけて、後をつける行為。


 ハルトたちの前方約二十メートル先を、のらりくらりと歩く大きな図体の男性。特にカバンのようなものは持たず、髪も後ろが少し跳ねている。服装も特にいつもと変わらない。

 では、なぜハルトと女性陣二人で後をつけているのかというと、実際、確固たる理由があった。


「ねぇ、モミジ。本当にデートなんでしょうね?」


「多分……そうだと思う」


 なぜか十分に距離が離れているにも関わらず、小声で会話をする二人。

 全く、朝早くから一体何をしてるんだか……。


 ハルトは盛大にあくびをした。


「だって、いつもはボサボサの髭を今日はしっかり剃ってた。これ、最低限のマナーってやつだと思う」


「な、なるほど、勉強になる……」


 結局、ユキオは恋人いる発言の後、マナツとモミジから食い入るように質問をされてはいたが、ほとんどの質問を濁していた。

 そんなわけで、意地でも恋人の姿を見たい二人は、モミジの些細な発見によって尾行をしている次第である。


 そして、ハルト自身はさほど興味がない。興味がないわけじゃないけど、尾行してまで観たい、というほどの意欲はない……わけだが、強引な二人に負かされ、このように一緒になって背徳感とスリルを味わっているのである。


「な、なんか今からドキドキしてきた。どうしよう……」


「どうもこうもしないでしょ。チラッと恋人の顔見て、帰るわけでしょ?」


「ハルトあんたバッカじゃないの! あの温厚で、恋愛など興味ありません、みたいなユキオだよ! どんなデートをするのか気になるじゃない!」


 モミジは大きく頷く。


 そういうものなのか……。めんどくせ……。


「なんで俺まで……」


 家を出てから大通りを歩き、約十分。尾行対象は大通りのひらけた広場にある、大きな噴水の前で足を止めた。どうやら、待ち合わせ場所についたようだ。いや、まだ誰かと待ち合わせていると、決まったわけではないのだが。


 ユキオはこまめに周囲をキョロキョロする。その様子を近くの建物の影からこっそり見守る。いや、見守っているのはハルトだけで、二人は見張る。食い入るように見張る。

 ユキオが噴水前に足を止めて二十分。いまだに相手方は現れない。少しだけ、飽きてきた。


「それにしても、ジェントルマンね。ユキオ」


「うんうん」


「えっ? なんで?」


 マナツはハルトを「なんだこいつ」とばかりにやぶにらみする。


「待ち合わせ時間の結構前に来ていることよ。ちょっと前、とかだと女性の方が先についちゃうことあるしね」


「うんうん」


 モミジも横で大いに共感していることから、どうやら、()()()()ことなのだろう。よくわからん。


 その時、大きな馬が荷車を引きながら目の前を通り過ぎる。たぶん、通り過ぎるまで十秒もかからなかったと思う。馬車が通り過ぎ、元の場所に目を戻すと、そこにはユキオの姿は既にいなくなっていた。


「あぁああ――!! タイミング悪すぎ!!」


 マナツは建物の裏手から飛び出し、あたりを見渡す。もちろん、モミジもいつになく積極的に。ハルト自身もせっかくここまで来たのだから、ユキオの意中の相手を一目見たかった。つまり、同じようにあたりを見渡す。


 いない。どこにも。


「もぉーーーーもぉーもぉー‼️」


「落ち着けマナツ。お前は牛なのか」


 地団駄を踏むマナツを周囲の賑わう群衆が奇妙そうに見る。


「えぇ、この際牛でいい! 私は今闘牛! もぉー!!」


「……めんどくせ」


 結局、この後手分けして探したりもしたが、ユキオを見つけることは叶わなかった。なんせ、人が多い。今の時期は冒険者も街にずっと居座っているため、いつも以上に街中、人、人、人で溢れかえっている。


「もうやめようぜ。なんだかユキオにも悪い気がするし」


 というのは建前。正直、どうでもよくなってきた。それよりも、暑さと疲労でハルトとモミジはノックダウン寸前だ。二人して日陰でベンチに腰をかける。

 マナツのみ、仁王立ちスタイルでいまだに周囲をキョロキョロしている。


「人、多すぎ……と思う」


 目が据わっている二人を見て、マナツは「もー! だらしない! 一人で探して来る!」と傍若無人……とまではいかないものの、人をかき分けてどこかへ行ってしまった。


 取り残された二人。しばらく疲労が前に出て、沈黙が続く。嫌な沈黙ではなく、かといって心地いい沈黙というわけでもない。自然と、まるで二人とも空気になったみたいに、通り過ぎゆく街の住人を眺めた。


「人、多いな……」


 沈黙を破ったのはハルト。どうでもよい、見たままの感想を呟く。


「なんだか、疲れちゃうね。人多いと……」


 側から見れば、甘酸っぱく見える人もいそうなシュチュエーションと独特の間ではあるが、モミジとハルトに関しては、これが普通だ。特に意識しているわけでもなく――少なくともハルト自身は、最初からこんな感じ。たぶん、二人とも喋るのがあまり得意ではない。故に、今は疲労と暑さで頭がぼーっとしていることもあり、微妙な距離感だ。


 こんな時は、あの喫茶店に行きたくなる。人混みを避け、逃げこむように何度か足を運んだ、あの喫茶店。


 かといって、ここでモミジと別れるのはなんだか避けているように思われそうだ。でも、あのボロ喫茶店にわざわざ一緒に行くのも……というか、それを承諾してくれるのかもわからない。

 あれ、なんでこんなに考えてんの?


 きっとこの相手がマナツやユキオ、もしくは元パーティーメンバーなら、特に何も考えることなく誘ったのだけども……。

 そう思うと、何だか余計言いづらくなった。


 うっわ……キツっ。これ……。帰るか? 大人しく。


「喉、乾いたね」


「タイミングよ……」


「えっ……?」


 思わず、口に出ていた。いや、本当にタイミング良すぎでしょ。


「あー、どっか入るか……」


「んー、でもこんだけ人が多いと、今の時間帯はどこも混んでると思う……」


 ハルトはボロっちい喫茶店を想像する。路地を何本も曲がりくねった所にある。壁は植物のツタが這い、店主のおじいちゃんはよく頼んだものとは違う品を持って来る。でも、喧騒が聞こえることはなく、こぼれ日が差し込む、どこか心地の良い穴場。少なくともハルトにとっては。


「あー、空いてる所知ってるけど、行く? すごいボロい所だけど……」


 モミジは一瞬、間を開けて、少しだけ口角をあげる。


「いこう、かな……」


「そこは、と思うじゃないのね」


「えっ? どゆこと?」


「……なんでもない」


 ハルトは立ち上がる。よくわからないが、足取りが少しだけ、ほんの少しだけ軽くなった気がした。



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