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供物


 「ふんふふん♪」


 やっぱり水浴びすると気持ちいいですね。

その日の夜はぐっすりと眠ることが出来ました。

でももう少し近い場所で水浴び出来るところがあると良いんですけど。


 今日も討伐の依頼を受けようとギルドにやってきましたけど、なんだか慌ただしいです。

夕方頃になると人が多くなっていたのに、今日は朝からギルドの中が大盛況ですね。


 「すみません、どうして今日はこんなに人が多いんですか?」


 「えっ? そりゃ祭日だからじゃないかな。あとイベントが明日からだからね」


 近くにいた人に聞いてみると、珍しくもないといった顔で答えてくれました。

祭日というのは仕事を休む日だったと思いますけど、人間の町では違うのでしょうか?

あとイベントという言葉…。明日から何かがあるのでその準備ということでしょう。

私はまだこの町に来たばかりですし、知らない事が多くても不思議ではないですね。

でも何か情報を入手したい…うーん…おっ!? あれは女神の使いの方?

服装は違いますけど、あのサラサラとした黒髪は間違いありません。



 「あっ、こここんにちは」


 いきなり挨拶で噛んでしまいました。不敬すぎますね。


 「あっ、あなたは!」


 女神さまの使いの方は驚いた顔をされましたけど、

私のことを覚えてくださっていたみたいです。

すぐに笑顔にかわります。美しいですね。


 「女神さまの使いの方におきましては、

 加護を授けていただきありがとうございました」


 「ちょっちょっとまった。 ちょっとここは人が多いからあっちの方に行こうか」


 「? はい」


 慌てたように女神さまの使いの方は私を建物の外へと導きます。



 「ここならいっか。えっと…女神さまの使いの方っていったい何の事?」


 意味がわかりません。そのままの事をお伝えしただけですけど。

それを伝えると、女神さまの使いの方は頭を抱えてうずくまってしまいます。

何か不敬をしてしまったんでしょうか…。


 「えっとね、すごーく勘違いしてると思うんだ。

 私は女神さまの使いでも何でもない、普通のプレイヤーだよ」


 普通のプレイヤー…プレイヤーというのがよくわからないですけど…うーん…。


 「んーひょっとしてこの手のだけでなく、ゲーム自体初めてっぽいね…。

 えっとね、つまりはあなたと同じ立場ってこと。NPCじゃないのよ」


 私と同じ立場というのはあり得ませんね。何か秘匿しておくべき理由が…あっ!?

ひょっとしたら魔族との戦いに際して、あまり前面に出てこれないのかもしれません。

神話でも人間の英雄をサポートする形で前面には出てこないですし。

人間の力で解決することで、人の成長を促しているのかも…。

そういえば今日は光り輝くローブではなく、

普通の魔術師っぽい格好をされています。間違いありませんね。


 「わかりました。私も他言しないようにしますね。でも何て呼べば…」


 「何かまだ勘違いしてるような…。

 そうね…私の名前はササナと呼んで頂戴。あなたはメルシャちゃんね」


 「はい。ではササナ様と呼ばせて頂きます」


 「様はいらないんだけど…じゃあササナさんでお願い」


 「わかりました! ササナさんですね」


 そういえば私の名前を知っていましたね。

まぁ女神さまの使いの方なら知っていても不思議ではないですけど。



 



 (絶対この子勘違いしてるわ…)


 ササナは目の前の少女のキラキラとした瞳を見ながら、とりあえず流すことにした。


 「もう三日目ね。どう? この世界は楽しい?」


 「はい! 初めての町ですけど、なんとか生活していけそうです」


 (生活かぁ。たしかに初めてVRMMOを体験したら生活しているのと錯覚するほどよね)


 「ふふっ、楽しんでるのならよかったわ。この世界の先輩としてね」

 

 ササナとしてもゲームをプレイする人口が増えるのは喜ばしいことだった。

MMOはたくさんの人間が参加してこそだし、

人との出会いはMMOならではの楽しさと思っていた。


 「何か困ったことがあったら言ってね。こう見えてお姉さん強いから」

 

 残念なことに多数の人が集まるゲームだけに、

様々な人間関係のトラブルも多い。

運営もGMを多数配置して対処しているが、全てを網羅するのは不可能といえた。

ササナとしても変なトラブルで、

この純粋にゲームを楽しもうとしている少女がやめてしまうのは

勿体ないと思っていた。


 「はい、ありがとうございます!」


 メルシャからの尊敬のまなざしがより強くなり、

若干ササナは居心地が悪く感じてしまう。


 (こんな純粋な目で見られたら、なんか罪悪感が…)


 ササナは思わずメルシャの頭を撫でてしまう。そして、撫でれてしまった。


 「えっ!?」


 咄嗟に手を離すササナを困惑した瞳で見つめるメルシャ。

ササナはおそるおそるもう一度メルシャの頭を撫でる。


 (うそ!? この子ひょっとして知らないうちに全許可してる?)


 通常プレイヤー同士が触れ合うには相手からの許可が必要となる。

それもよほど仲が良い相手でないと許可はださない。

それに対して個別に許可を出すのが面倒なプレイヤーには全許可という選択肢があった。

文字通り全てのプレイヤーから触れられることを可能とするもので、選ぶ者は少ない。

一部のコアなプレイヤーか変態と呼ばれるプレイヤーは好んで全許可しているのだが、

女性プレイヤーはまず選ぶことはなかった。


 「あっ、メルシャちゃん…スキンシップの項目いじっちゃった?」


 初期プレイヤーなら色々な項目を知らない間に触ってしまい、

設定が変わることもあるかもしれない。

ササナはそう見当をつけたが…。


 「?」


 メルシャは意味が分からないと言うように小首をかしげる。


 (可愛い…じゃなくて、設定の変え方がわからないのかしら…)


 設定を変える事は本人にしかできない。

ササナはなんとか設定を変えようと教えて見るが、

メルシャはまったく理解できていないようだった。


 (これはまずいわね…。こんな可愛い子が全許可にしてるなんてわかったら…

 変態が集まってくるわ!)


 すでに変態ランクのトップスリーのうちの二人に目をつけられていることなど、

ササナは知りようもなかった。


 「うーん…しかたないわね。とりあえずこれを渡しておくわ」


 ササナは一つのブローチをメルシャに手渡す。


 「これは?」


 メルシャは受け取った真っ赤な宝石の付いた綺麗なブローチを、

宝物のように様々な角度から見る。


 「それは変態…じゃなくて変な人に絡まれた時に使って頂戴。

 できるだけすぐに駆けつけてあげるから」


 本来なら同じクランに所属している相手にしか渡さない、

緊急招集アイテムだった。

クランバトルで使用することが多いが、

特定のクエストでメンバーが足りない時に呼び掛けるのにも使われている。

今回ササナは警報ベルのつもりでメルシャに手渡した。

このアイテムはゲームにインしていなくても、

使用されたのがメールで知らされるシステムになっている。

プライベートに干渉することなので、

よほど親しくないと渡すことのないアイテムだったが

ササナはこの少女を守りたいという母性を刺激されていた。

ちなみにササナは結婚どころか彼氏もいないので、

母性本能に目覚めたといったほうが正しいのかもしれない。


 「ありがとうございます。こんなに加護を頂いて…どうお返しすればいいのか…」


 ササナはもう加護という言葉を聞かないようにした。


 「いいのよ。私の自己満足なんだから。遠慮せずに使って頂戴ね」


 「はい!」


 純真さが前面に出ているメルシャを見ているうちに、

つい頭を撫でてしまうササナ。

若干自分も変態どもと変わらないんじゃあ…と思ってしまうが、

この欲求には逆らえない。


 (はぁ…この子の手助け色々としてあげたいけど、

 引率しちゃうとゲームの楽しさをうばっちゃうのよね。

 ううっ…見守ってあげるしかないかぁ…)


 引率とは高レベルのプレイヤーが低レベルのプレイヤーを

高速でレベルアップさせる行為。

本来なら倒せない敵から豊富な経験値を得ることで、

何倍ものスピードで成長することができる。

ただし少しずつ強くなるというゲームの楽しみの大部分を失ってしまうので、

セカンドやサードならともかく最初の一人目のキャラで行う事はほぼない。

中には効率重視で引率してもらうプレイヤーもいたが、

目の前の少女はどう考えてもそのタイプには見えなかった。


 ササナが頭の中で悶々としていると、目の前に見た事のない果物が差し出される。


 「えっ? これは?」


 「あの…お礼をしたいんですけど、ササナさんに渡せるもの持ってなくて…

 これ結構美味しいのでよかったら食べてください!」


 メルシャにしてみればお供え物をしている感覚だったが、

ササナは健気な少女の行為に胸を打たれていた。


 (やばい…いけない道にはいりそうだわ…)


 若干アブノーマルの領域に片足を突っ込みながら、

ササナはありがたく受け取ることにした。

きっと受け取るのを断ると、少女が涙ぐんでしまうだろうと察して。


 「ありがとう。あとで頂くわね」


 その後ササナとメルシャは時折会う約束を(ササナがなんとか頑張って)取りつけた。


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