忍び寄る魔の手
お昼を済ませた私はさっそく湖に向かう事にします。
あっ、お昼は屋台で頂きました。
立ったまま光の文字を出している人に食事という文字を見つけたのは幸いでした。
これも宿と同じようにメニューを選んでボタンを押すと、すぐさま食事が現れます。
どうやら立ったまま寝ているわけではなく、売り子さんのようです。
驚いたことに私の所持金から自動でお金が支払われていました。
三回数え直したので間違いありません。便利と思う反面、少し怖くもありますね…
でも焼き鳥という料理が美味しかったので、深くは考えませんでした。
ついでに武器を売っている人の光る文字も見てみましたけど…
ちょっと桁が間違って表示してあったみたいですね。
桁が間違ってますよと教えてあげたかったですけど、反応がないので仕方ありません。
いつまでも売れなければきっと間違いに気が付いてくれると思います。
湖を向かう為に町の外にきたものの、少し道中の魔物が心配ですね。
ランク的に受けられない依頼といわれましたから、魔物も相応に強いと思います。
こう見えて足は速いので、多少の魔物なら逃げ切れると思うんですけど…。
さっぱりしに行くのに汗をかいたら本末転倒なきもします。
警戒しつつ歩いて行くのがよさそうですね。
なんだか最初に町に来た時と地形が変わっている気がしますけど…気のせいかな…。
町を発見したのが嬉しくて、記憶が曖昧になっているのかもしれませんね。
とにかく町の北西に向かえば辿りつけるので、頑張って向かうとしましょうか。
ソーングラスを横目に平原を移動します。
このあたりは見晴らしも良いので、移動も快適ですね。
ソーングラスなら走らなくても振り切れますし。
平原を過ぎると少し木々が目立ってきました。
ここからは林が続いています。ここを抜ければ湖なんですけど…魔物がいません。
平原よりも林のほうが魔物が多いと思うんですけど、まったく見かけませんね。
警戒は続けますけど、まったく見かけないのはおかしい気が…
なにか嵐の前の静けさという言葉を思い出します。
嵐の前には静かになるそうです。
村では嵐の前から結構風が強くなっていたので、本当かなぁと思っていましたけど。
結局歩くこと十五分くらいでしょうか。魔物に一切出会うことなく湖に到着しました。
「ほわぁぁ…」
つい声が漏れてしまうほど美しい湖です。そして大きい。
世界で一番広い湖のことを海と言うそうですが、
これも海といっていいくらい大きいんじゃないでしょうか。
水も澄んでいて、小さな魚が泳いでいるのが見えます。
あまり岸から離れると溺れてしまうのと、
怖ろしい魔物が現れそうなので気をつけないといけません。
水を両手ですくって顔を洗います。冷たくて気持ちいい!
故郷の泉で水浴びしていた時を思い出します。
ここの水はそれと同じくらい冷たくて澄んでいますね。
さっそく服を……んっ?
何か物音が聞こえたような気が…周囲に人影はみえませんけど…
魔物だったら嫌ですね。
ちょっと周囲を警戒してから水浴びをすることにしましょうか。
アルザックとランオウは変態である。
二人ともレベル上限200のこのゲームにおいて
レベル200という廃プレイヤーに分類されていた。
しかし二人はそれよりも変態という呼称で名を広めている。
このゲームはハラスメント防止の為、異性、同性を問わず
許可が無い相手に触れることはできない。
許可があったとしてもそれは性的な行為とは程遠い程度のことしかできなかったが。
またこのゲームは薄着の装備は数あれど、裸になることはできない。
あくまで健全なゲームだった。
しかし一部のプレイヤーはその制限の中でも己の欲求を満たそうとする。
それは遮ることのできない想像という名の翼によって満たされる。
薄着のプレイヤーの仕草、行動、ちょっとした日常のハプニング的な動作…
その一瞬一瞬を己の記憶に焼き付け、自家発電によって満たしていく。
アルザックとランオウもまた、
レベル上限に達しても満たされない己の心の内を
想像の翼によって満たすタイプの人間だった。
当然女性プレイヤーからは変態の名とともに毛嫌いされている。
「しかしまだ一桁レベルっぽかったけど、林抜けるのむりじゃないか?」
ランオウはアルザックとともに平原を駆け抜けながら問う。
この平原ならまだしも林には二桁レベルの魔物も現れる。
ギルドにいた少女が倒せるとは思えなかった。
「問題ない。道中の魔物を俺たちで枯渇すれば…な」
「くふふ…流石はアルザック。目的の為に全力を通すその姿。
俺が女なら惚れてしまうところだ」
「いや、気持ち悪いから遠慮しておくわ」
アルザックにTS趣味はなかった。
「とはいえどのルートを通ってくるのかもわからんし…」
「なら広範囲魔法で林の魔物を根こそぎ狩っていくとしよう」
アルザックは魔法職の最上位のひとつ、箒星の賢者という職に就いている。
それは広範囲殲滅を得意とする職の一つであり、
まさに今の状況がその能力を最大限に生かせる時だった。
残念な生かせ方だったが…。
「ランオウは少女が町を出たら教えてくれ。そのタイミングで作戦を開始する」
「了解した。くふふ…サテライトアイ」
ランオウがスキルを発動するとその脳裏に町の入り口の光景が映し出される。
ランオウの職はレンジャー系最上位のひとつ、魔眼の射手という職だった。
様々な特殊効果を持つ魔眼のスキルと、
それをサポートに超威力の射撃で攻撃するという
対ボスクラスにおける火力として優秀な職だった。
本来このサテライトアイは隠れた場所から目標を定め、
そこに追尾性の高い連続射撃で攻撃を行うという強力なもの。
決してこのような行為に使うスキルではなかった。
「くふふ…可憐な姿を発見した。作戦開始だ」
「了解…」
ランオウの言葉を聞いてアルザックが高位魔法の詠唱を行う。
「星の導きはあらゆる魔を払う閃光とならん…スターライトサンクチュアリ」
変態には似合わない光の神聖魔法が行使されると、アルザックを中心に煌めく星が広がる。
星が星に向かって光の帯を放ち、それが乱反射するようにまた他の星に光の帯を放つ。
まるで銀河に広がる光の蜘蛛の巣のように、周囲を光で満たしていく。
その光の帯に触れた魔物は一瞬のうちに消滅する。
「このあたり一帯はこれでいいだろう。
ではこの林の魔物を一体残らず狩り続けるとしようか!」
アルザックは己の欲求を満たすべく、200レベルとしての力を惜しげもなく使い続けた。
「来た!」
「うむ…やはり可憐だな。 っとエルフだから感覚が鋭いかもしれない。静かにな」
二人は草葉の陰からメルシャを覗き見る。
冒険者ギルドで可愛い子を見つけ、
自然と目で追った時に聞こえた言葉"水浴び"。
その甘美な言葉に引き寄せられてここまでこぎつけた。
裸になれないので当然水浴びと言っても服のままだろう。
しかし二人は知っている。
水に濡れた時、装備によってはそれが肌に張り付いたように透けると言う事を。
現実的な表現を取り入れると言う開発の想いだったが、
逆に裸の姿よりも興奮するというのが変態達の満場一致の結論だった。
メルシャの服は見るからに薄地だ。
とうぜん濡れたら肌に張り付くように表現されるだろう。
初心者のプレイヤーはガードが甘い。これもまた変態達の共通の認識だった。
古参の女性プレイヤーなら当然自己防衛する事も、新規プレイヤーは知らない。
二人は少女が湖に浸かるのを今か今かと待ちわびる。
念のためこの湖に現れる魔物も中ボスを含めて討伐してある。
何も少女の水浴びを妨害するものはなかった。
「なにしてるのかな」
「!?」
「!!」
二人の背後から突然声が聞こえる。
高レベルの二人に気付かせることなく背後を取れる者など、
このゲームではほとんどいない。
アルザックとランオウが急いで振り向くと、
そこには一人の鎧姿の女騎士が立っていた。GMだった。
「林の魔物が高レベルに枯らされて
依頼ができませんという声があったから来てみたら…またあなた達ね」
騎士は疲れたようなジェスチャーをする。すでに二人は正座している。
「おまけに湖の魔物に…あとは覗きまで。あなた達は本当に懲りないですね」
二人は無言でうなだれている。二人の計画は思わぬところで失敗してしまった。
「運営から改めて通達があると思いますけど、なぜこんな事を繰り返すんです」
「そこに美少女がいるから」
「そこに可憐な少女がいるから」
「……送還」
三人の姿は一瞬で草葉の陰から姿を消した。あとには揺れる草葉がのこるだけだった。