8話 人魚の恋愛事情。
時刻は1時45分。
僕は湖のど真ん中でアーシュに人魚の恋愛事情について尋ねた。
『言っておくけど、うちの恋愛経験は豊富やで』
胸に拳を当てて自信満々に言い張った。
『じゃ恋人がたくさんいたということですか?』
『もちろんや。だいたい220年生きてるねんで。ほんなもん嫌でも多くなるで』
確かに長く生きていれば良い人と巡り会う確率もあがるだろうが、現在はどうなんだろうか?
『今は恋人いないんですか?』
『おらんよ!』
僕のことを食べると言っているのに、恋人がいたらそれは泥沼だ。
『変なことを聞きますが、やっぱり人魚の恋人は人魚なんですか?』
『そんなことはあらへんよ。人魚が人間と交わるということだって珍しくあらへんで』
なるほど、人魚と人間は交わることができるのか。
また変な妄想が僕の頭の中で行われそうになった時、アーシュは僕に尋ねてきた。
『あんたは相手が人間じゃなくてもかまへんと思うか?』
『そうですね。僕は…あなたなら…別に///』
自分でもらしくないほど、素直に答えてしまった。
『せやろ。案外、相手が人魚でもかまへんっていう人が多いんや』
『それじゃ、アーシュは今まで人間と恋人関係になったことあるんですか?』
『もちろん。あるで』
『…どんな人だったんですか?』
妙に気になった。
相手がどんな人物だったのか。
胸の奥から何とも言えないモヤモヤした気持ちが込み上げてくる。
この気持ちはいったい…?
『そやな、髪の綺麗な人やったな。何か人間やと思えへんかったな』
『髪の綺麗な人ですか。男の人に対して珍しい表現を使いますね』
『何を言ってるんや。その人は人間の女性や』
『女性の方なんですか!?』
『何もそんなに驚くことはないやろ。好きになるのに性別なんて関係あらへん』
物凄い説得力を感じる。
これが220年の生きた人魚の考えか。
確かに僕達は性別にこだわりすぎているのかもしれない。
かといって、こだわらないという訳にもいかないが。
彼女にとっては誰かを愛するということに性別は関係ないのだろう。
『すいません。僕の偏見ですね。その人となぜ別れることになったんですか?』
『ぐいぐいくるやないの。そやな~、その人のお父さんが店を持っていたらしいんやけど、お父さんが亡くなってしもて、店を残し守る為にその店がある所に引っ越してしもた。って感じや』
『離ればなれになった。ってことですね』
『そういうことやな。それがちょうど2年ほど前のことやわ』
『何かすいません。悲しいことを思い出させたみたいで』
『ええよ、ええよ。あれも良い思い出や。きっとどっかで元気にしてると思うし』
『それだと良いですね』
人魚が誰かを好きになるのも、人間が誰かを好きになるのも同じだった。
別れても愛した人の幸せを願っている。
それは素晴らしいことだと思う。
つい最近、昆虫ショップから出てきたカップルが自動車にはねられるという事故がニュースで取り上げられていたが、もしもどちらか片方だけが亡くなってしまったらと思うと心が痛む。
赤の他人の心配をするなんて。
僕はここにきて、人を思いやるということを知ったのかもしれない。
『あんたはどうなんや?』
『何がです?』
『とぼけんなや。恋人や!恋人!』
『恋人ですか』
『おるんか?』
僕に身を寄せてアーシュは聞いてきた。
時刻は2時15分。
今度は僕が人間の恋愛事情を話す番のようだ。
【登場人物】
青野 海→人間、20歳。
アーシュ→人魚、220歳。