6話 悩みごと。
時刻は24時45分。
僕はアーシュの「関西弁」を疑いはじめた。
『人魚が関西弁って変か?』
『いいえ、個性があって良いと思いますよ』
疑う理由はやはり「不似合い」だからだ。
アーシュの外国人の様な容姿に関西弁は違和感しか感じない。
しかし、彼女自身が関西出身ということを言っているのだからそれを信じるしかない。
仮に関西出身ということが「嘘」だったとして、メリットがどこにもないだろう。
それに僕は人魚事情を知らない。
きっと、関西出身の人魚もいるだろうし「言いたくない理由」もあるだろう。
現に僕もここへ来た理由を言いたくない。
『ほんで、あんたの言ってたある計画ってなんなんや?』
『計画は計画ですよ。その中身については言いたくありません』
『まぁ~言いたくないこともそりゃあるわな』
アーシュは手を組み頷いている。
心の距離を縮めるのは簡単ではない。
親にもこの計画のことは言っていない。
それなのにそう簡単に計画のことは言えない。
『あ!わかったで。悩みごとでもあるんちゃうか?』
『…まぁ、否定はしませんが』
『こう見えても、うちは悩み解決のマジシャンやねんで』
悩み解決のマジシャンってなんだ。
いかにも頼りにならなさそうだ。
『そんなに大したことではないですよ。それに悩みなんて皆、大なり小なりあると思いますから』
『あんたの悪いところやな』
『悪いところ…ですか?』
いきなりの指摘で驚いた僕を青い眼が見つめる。
『見えへんもんに、大きい小さい言うて比べるのはおかしいんとちゃう?』
『人間はそうやって比べて、自分を突き動かしているんですよ』
『でも比べてあんたは今、苦しくなっとるんやろ?』
アーシュの問いかけに心が震える。
『確かに苦しいですよ。でも自分だけが不幸じゃないし、周りの人も皆、色んな悩みで苦しんでいる。そんな中でどうやって…』
『助けを求めたらいいかわからん。って言いたいんやろ』
僕は黙って頷いた。
湖には風で揺れた木々のガサガサという音が響いている。
青い眼の視線から逃げたい。
このまま、アーシュと一緒にいたら辛い。
彼女の厳しいようで優しい問いかけに、甘えたくなるからだ。
皆、辛い。
だから、周りの人達に助けを求めることは迷惑に違いないという「呪い」が僕を追い詰める。
人は自身の悩みや辛い体験を共有することで絆を深めていく。
その中で、呪いによって距離を置くことを余儀なくされた僕にとっては、絆を深めるなんて難易度が高すぎる。
そして、その結果できあがったのは「上辺だけの関係」だ。
居心地が悪く、愛想笑いをするだけで楽しみを見いだせない毎日。
やがてそれらは、自尊心をも削りはじめる。
わかっている。
僕が変わる必要があることぐらい…
『大丈夫か?さっきから黙ってるけど』
『…大丈夫です』
『うちも質問しすぎたな。ごめんな。夜は長いんやでゆっくり話そうや』
湖に広がる暗闇が温かく感じる。
『あんたがうちに「気を許す」まで寝えへんで!』
『…それなら一生、寝られないかもしれませんね』
そう僕が言ったあとに「なんでやねん」とツッコミを胸に入れられたがそれに温もりを感じた。
時刻は1時15分。
「ある計画」は未だに実行されていない。
【登場人物】
青野 海→人間、20歳。
アーシュ→人魚。