5話 お互いの隠し事。
時刻は24時30分。
相変わらず「人魚の湖」は物静かだ。
月明かりが僕とアーシュを照らしている。
『観光地巡りならもっと明るいうちに来るやろ?』
『いや…この月明かりで照らされた湖が良いんですよ』
確かに観光地巡りというのは無理があるだろう。
森の奥にあるこの湖に真夜中に来る人なんていないだろう。
真夜中に来るとしたら…
『なかなか、あんたロマンチックやんか』
『はっはは…そうですね』
『うちも毎晩、ここから月を見るんやけどやっぱり誰かと一緒のほうがええわ』
アーシュは僕に笑顔を見せて月を見た。
何となく切なくなった。
『そんなに違うものですか?』
『えっ!?何が?』
『1人で月を見るのと誰かと見るのとでは違いますか?』
『もちろんや!綺麗なもん見たときとかって、一緒に喜びたいやんか』
一緒に喜びたい。
やけにその言葉が心に刺さった。
「上辺だけの関係」では決してわからない気持ち。
しかし、アーシュは僕と一緒にいることでその気持ちを感じてくれているのかもしれない。
…心を開いてくれているのか?
出会って数十分の僕に。
『でもやっぱりあんたは変やで』
『えっ、誰かと一緒に月を見れて良かったと言ったり、変ってまた言ってきたりいったい何なんですか!』
混乱する。
疑いをかけて、認めたと思ったらまた疑いをかけたり何を考えているんだ。
『あんたは、月明かりに照らされた湖がええって言ったけど、あんたはぜんぜん嬉しそうじゃないやん』
アーシュはよく人の顔を見ているな。
そうか、僕は人の顔をそこまで僕は見ていないから…
『そんなことは…』
『本当は観光地巡りと違うんとちがう?』
『もしも違ってもアーシュには関係ないですよ』
『せやけど、あんな綺麗な月を見て喜べへんのは可哀想やわ』
一歩ずつ、アーシュが「心の距離」を縮めてきているのがわかった。
それが嬉しいようで怖いようで、何となく焦燥感にかられる。
『…そうですね。すいません。白状します。本当はここへ「ある計画」を実行するために来ました』
『ある計画?』
『はい。その前に僕もアーシュに聞きたいことがあるんですが良いですか?』
『かまへんよ。でも女の子に体重聞いたらあかへんで』
そう僕は彼女と出会った時から、気になっていた。
なぜ彼女が「関西弁」なのか。
どうでもよいことに思えるが何かが引っかかる。
『なぜ関西弁なんですか?』
湖のど真ん中に浮かぶボートを、風が大きく揺らした。
その揺れに体勢を崩す中、僕は確かにこの耳で聞いた。
『そんなん、どうでもええやろ』
小声で冷たく放たれた一言。
関西弁であることに何か理由があるのか。
そして体勢を整えた僕に対してアーシュは笑顔を作り言ってきた。
『うちは関西で育った人魚やさかい、関西弁やねん』
時刻は24時45分。
僕は彼女の「関西弁」を疑いはじめた。
【登場人物】
青野 海→人間、20歳。
アーシュ→人魚。