3話 空想上の生物。
時刻は24時10分。
水面から顔を出している美女、アーシュは僕に向かって名前を聞いてきた。
『青野 海って言います』
『うみ!?海ってごっつええ名前やん』
『あ、ありがとうございます』
妙に親近感を感じる。
関西弁のせいなのかもしれない。
それよりも、なぜ水面から顔を出しているのか?
こんな時間にこんな場所で何をやっているだ?
…その答えは簡単に予想できる。
見る限り日本人とほ思えない容姿。
関西弁は話しているがこの女性は外国人で間違いないだろう。
それにその根拠として、ここは「観光地としても有名」だということ。
つまり彼女は、観光地に来て興奮してしまい湖に飛び込んだということだ。
『いや~でもここに人が来たんは「2週間ぶり」や』
『そう…なんですか』
なんだこの言いかたは?
まるでここに住んでいるかの様な言いかただ。
まさか、ここに住んでいるのか?
ホームレスなのか?
僕の中の好奇心が大きくなっていくのがわかった。
『すいません。なぜ水面から顔を出しているんですか?』
『なぜって、あんた変なこと聞きはるな』
いや、水面から顔を出しているほうが変だ。
『実はな…ごっつ恥ずかしいんやけど、水着流されてしもてん』
『えっ!?みみみ水着!?どどどういうことですか』
『……』
こちらを見つめる、透き通った青い眼。
なんだこの状況。
目の前にいる美女は、裸ということなのか?
それは…是非とも拝見したいものだ。
そんな如何わしい妄想の世界から僕を救う様に笑い声が、湖に響いた。
『はっはは。あんた、わかりやすすぎやろ。もうちょっと下心を隠さんとあかへんで』
『…うん?どういうことですか?』
『嘘に決まってるやろ。普通に考えてわかるやろ。湖で水着なんて落とさへんで。それやのに、水着流されたって知ったときのあんたの顔…はっはは』
この女…腹が立つ!
僕は腹を立てて彼女に疑問をぶつけた。
『じゃなぜそんな所から顔を出しているんですか!』
笑うのをやめて彼女は少し真面目な顔をして口を動かした。
『あんただって家の窓から顔を出すやろ?今のうちがその状態や』
湖が家なのか?それならやっぱりホームレスなのか?
『失礼ですが、ホームレス何ですか?』
『ちゃうわ!家ならちゃんとある。この湖自体がうちの家なんや』
『その意味がいまいちわからないんですが』
この湖自体が家?そんなはずはない。
水中で住んでいるということなのか。
そんなの魚じゃないか。
魚…?
僕の中で1つの疑問が解決しようとした時、ザブンという大きな音が波を作ると同時に小さなボートに誰かが乗り込んで来た。
乗り込んで来た誰かは僕の正面に座っている。
綺麗な金色の長髪に透き通った青い眼。
そして、それらにひきを取らない白い肌が半裸の彼女を輝かせている。
大きく目立った乳房は無防備で、金色の髪でかろうじて乳房の先端は隠れている。
引き締まったくびれの下から、7色に美しく光る鱗が月明かりを反射している。
そしてその先にある尾びれ。
『うちは人魚なんや』
冗談の様な一言は、目の前の彼女を見た僕にとっては信憑性のある言葉にちがいなかった。
時刻は24時15分。
僕は人魚と出会った。
【登場人物】
青野 海→人間、20歳。
アーシュ→人魚。