2話 奇怪な出会い。
時刻は24時00分。
この時間に「人魚の湖」にいるのは僕だけだ。
虫の鳴く声も聞こえない。
なのにさっき、僕に問いかける声が聞こえた様な気がした。
いや、幻聴だろう。
早く「計画」を実行しなければ。
もう20歳になってしまったのだから。
よし、今度こそ…
『聞こえとる?そこで何しとるの?』
また聞こえる。
その透き通った声の関西弁が僕の動きを止めた。
ここは湖のど真中。それにこの時間だ。
誰かがここにいるはずはない…
『無視すんなや!』
大きな怒鳴り声が水面を揺らした。
僕は確信した。
この時間のこの場所の僕の後ろに誰かが居る。
『もしかして、うちの言葉通じへんの?それは困るわー』
僕の後ろに居るだろう誰かは勝手に解釈してへこんでいる。
しかし、このまま放置するのも気が進まない。
『すいません。驚いてしまって言葉が出てきませんでした』
僕は優しく丁寧に答えた。
『そうかー、それならほんま良かったわ』
どうやら怒りは鎮められた様だ。
『ほんで、あんたはここで何しとるん?』
『えーと、…観光地巡りですよ』
『観光地?ここって有名なんか?』
『はい、人魚の湖は観光地としても有名な所なんですよ』
そうここは観光地としても有名だが、「あるスポット」としても有名な所。
当然、僕はここを観光地という認識で足を運んで来た訳ではない。
「あるスポット」という認識でここへ来たのだ。
『へー、ここって有名なんやー、嬉しいわー』
呑気で嬉しそうな声が湖に響いた。
ところで、後ろのこの人はどこから声を僕にかけているんだ。
この小さなボートに乗っている訳ではないないだろう。
僕がボートを漕ぎ出した時に乗っていないということは、途中でボートに乗り込む必要がある。
いくら「あの計画」で頭がいっぱいでも、誰かがボートに乗り込んできたら気が付く。
ならば…どこから?
この湖は深いと聞く。
人なら間違いなく溺れるだろう。
…人なら…?
『何でずっと背向けとるんよ。こっち見て話してぇーや』
『えっ、はい』
もしかして人ではないのか?
ありえない。
妖怪や幽霊なんているはずがない。
そんなの迷信のはずだ。
僕は振り返ることにした。
どうせここで「最後」なんだから夢ぐらいみたい。
冷たい風に背を向けるように僕は後ろを振り返った。
そこには、鮮やかな金色の髪と透き通った青い眼をした、美形の女性らしき人が水面から顔を出していた。
『おっ!やっとこっち向きおったな』
そう言って笑う姿を月明かりが照らしている。
『うちの名前はアーシュ。女の子や。あんたの名前は?』
その容姿に「不似合いな関西弁」で彼女は僕の名前を聞いてきた。
時刻は24時10分。
水面から顔を出す謎の美女との自己紹介が始まった。
【登場人物】
青野 海→人間、20歳。
謎の美女→アーシュ。