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能力者達のSURVIVE  作者: カナヘビ
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プロローグ【全ての始まり】

 【プロローグ 全ての始まり】

  

 赤い腕輪が俺の右腕に装着されて三年の月日が流れた。あの日のことは、今でも鮮明に思い出すことができる。

 小学校の卒業を控えた二〇六六年二月の中旬。小学校六年生の全ての生徒は、日本の法律で定められた検査を受けなければならない。とは言ったものの、ただ採血をして、その血を機械で分析するという簡単な物だった。

 その検査の当日、俺は珍しく高熱を出してしまい、正常な数値が測定できないという理由で後日、検査を受けることになった。

 一週間ほどで熱が下がり、病院で検査を受けた。血液分析は五分ほどで終わるはずなのだが、採血終了後、三十分が過ぎても呼ばれなかった。

 さらに一時間ほど待合室で待たされ、ようやく先生に呼ばれた。だが、呼ばれたのは母さんだけだった。

 五分ほどで母さんは診察室から出てきた。しかし、先程までとは違い、今にも倒れそうな顔をして力の無い足取りで俺の隣に座った。

 俺がどうしたのかと聞いても返事は無い。ただ母さんは、床の一点をじっと見つめていた。

 いくら問いかけても、返事一つ返さない母さんを不審に思った俺は、先生の診察室へと出向いたが、何も話してはくれなかった。

 仕方なく俺は何を聞いても反応が無い母さんの隣に座り、二面式の携帯ゲーム機を操り、赤い服を着た初老の男性キャラクターを使って姫を救い出すという前世紀から続くシリーズ物のゲームをプレイすることにした。

 病院の自動ドアが開く音が待合室に反響する。その音を聞いた母さんは、見つめていた床から目を離し、自動ドアの方を祈るように目を向けた。

 中に入ってきたのは黒いスーツを着た二人の男だった。黒服の二人を見た母さんは、両手で顔を覆い、嗚咽を漏らしながら泣き始めた。母さんが涙を流す姿を見たのは、これが初めてだった。

 フッ――っと、身体の中で何かが外れる感覚が全身を駆け巡った。俺は気づくと前の椅子で寝ていた老人の杖を握り、黒服の男に飛び掛っていた。

 小学生だった俺は何も考えずに、ただ母さんが泣いている原因はあの二人のせいだと思った。

 会話をしていた二人が飛び掛る俺の存在に気づき、腰に差していた警棒を抜き構える。

 身体が羽のように軽かった。今まで四肢を封じていた鎖の呪縛が解かれたかのように、身体が自由に動いた。そして、羽のように軽い身体を操り、一瞬して杖で二人の男の急所を突き、床に沈めた。祖父から習っていた剣術が、人生で初めて役に立ったと感じた瞬間だった。

 二人の男を一瞥し、母さんの方へ振り向くと呆然とした顔で俺を見つめていた。

「嘘よ・・・・・・」

 母さんは、現実を受け入れられないかのように力なくそう呟いた。

「大丈夫かい君達?」

 いきなり現れた気配に驚き、俺は勢い良く振り返った。

「す・・・・・・すみません」

「いいよ、いいよ。僕もまさか目覚めているとは思わなかったからね。それに、普通の人間には能力者は止められないよ」

 そこには眼鏡をかけ、灰色のスーツを着た金髪の中性的な顔の男が立っていた。

「お前らは何しに来たんだ!」

「あれ、聞いてないのかい?あぁ、今は、逃げられないように本人には伝えないんだっけ。はじめまして、APIF(能力者保護隔離機関)から来ました哀原って言います。今回ここに来たのは、君を保護・・・・・・つまり、お迎えに来たんだよ」

「ふざけるな!誰もそんなこと頼んでない!それに、ただそれだけで母さんが泣くわけが無いだろ!」

「そう言われたって、この国の規則なんだから仕方ないじゃないか」

「知るかよ!」

 訳も分からず、気がついた時にはすでに哀原という男に飛び掛っていた。

「まったく、駄目だろ?そんな誰にでも構わず牙を向けたら・・・・・・長生きできないよ?」

 振り下ろす杖の向こうに光る怪しげな眼を見た俺の背に、恐怖感という冷たい何かが走った。

『フッ―――』

 乾いた空気の擦れる音が聞こえたと思った次の瞬間、世界が回り、俺は冷たい床に組み伏せられていた。

『ガチャン』

 俺の右腕に何かが装着される音が聞こえる。すると、体が鉛に変化したかのように重くなった。いや・・・・・・元に戻ったのだ。

「ふぅ、この子をヘリに乗せといてくれるかい?」

「は、はい!」

 黒服の二人は立ち上がり、俺を抱きかかえる。もう一人は、ヘリのドアを開けに行ったようだった。

 ヘリに乗せられ、五分ほどして相原と名乗った男も乗り込むと、プロペラが回転を始め、離陸してしまった。

 ヘリの中で何度も相原に話しかけられたが、俺は一度もそれに口を開かなかった。

 こうして俺は。この学園に幽閉された。

 学園に幽閉されて数日が過ぎたころ、家族が面会に来た。説明はされていたが、どうやら本当にしばらく家に帰れないらしい。

 母さんはしつこいほど体に気をつけろと言っていた。父さんは少し話すと面会室から出て行った。

「紀子さん、そろそろ良いかのう?」

 母の何度も繰り返される話を遮ったのは、後ろに座っていたじいさんだった。

「は、はい義父さん」

 母さんは、祖父さんに席を譲った。

「大和、お前が能力者だったとは、わしは嬉しいぞ!何と言っても我が一天二流に箔がつくといううものじゃからな!これで根蔵道場も盛り上がるかもしれないのう。おっと、そうじゃ・・・そうじゃ・・・・・・」

 じいさんは、足下に置いてあった紙袋の中に手を入る。

「ほれ、これをお前に託そう」

 渡されたのは、黒いクリップで一つにされたA4サイズの紙の束だった。

「なんだこれ?あと、俺は道場なんて継がないぞ・・・・・・」

「うむ、絶対道場は継がせるから安心せい。これは、一天二流の武術指南書じゃ。木刀はお前の部屋に送ってもらえるように手配しておいたぞ」

「いや、なんでその指南書がA4用紙なんだよ、安っぽすぎるだろ・・・・・・それに俺はもう武道なんかしないよ。疲れるだけし」

「まぁ、そう言わずに受け取れ。わしがワードで一時間かけて作ったんじゃぞ。それも、【剣術の書】と【体術の書】を二つに分けて、わかりやすくしたんじゃ」

「そのなりでパソコンなんて使うなよ・・・・・・まぁいいや。ありがたく頂いとくよ」

 じいさんの熱意に押され、そのA4用紙の指南書を受け取ることにした。

 しばらく話していたら、面会終了の時間が来た。

「しっかり、勉強に励むのよ!」

「しっかり、武道に励むのじゃぞ!」

「わかってるよ母さん」 

 心配そうに俺を見つめる母さんに返事を返した。

「何故わしには返事をせんのじゃ!」

「うるせぇ!武道はやらないって言ってるだろうが!」

「ふん!まぁいい。シャバに出たら叩き直してやるわい」

「俺を牢獄の囚人みたいに言うな!」

「そうじゃな・・・・・・。大和、この先の道のりは、大きな困難が待ち受ける厳しいものとなるじゃろう。じゃが、あの二本の木刀はおぬしの前に立ちはだかる困難を斬り払う助けになるはずじゃ」

「あ、あぁ。大事にする」

「うむ。それじゃ達者での・・・・・・」

「・・・・・・おう」

 じいさんは、そう言うと面会室から出て行った。その背中は何故かいつもより小さく見えた。

「大和・・・・・・体に気をつけてね」

「わかってるよ。母さんも気をつけてくれよな」

 母さんは俺の言葉に頷くと、面会室の外に出て名残惜しそうに扉を閉めた。

 そして、俺は中等部に入った。

 二年間はひたすらに勉強だった。夏休みも冬休みも無く、朝から晩まで勉強させられた。恐らくこれで普通高校卒業並みの学力がついたというより、強制的につけさせられた。三年目は理解不能だった。外の世界では確実に行われないようなことが行われたからだ。それは、【武術】。

 外の中学、高校共に【武道】の授業はある。だが、俺を含める三千五百四名の約三分の二である二千三百五十三名の生徒は、体術を始めとする剣術、槍術、銃術など、それらに分岐する【武道】を選択し、それを一年間かけて習得する。だが、あれは、【武道】とは呼べない。【道】というそれぞれが持ち合わせる規則、礼儀作法、文化などは教えない。ただ、それぞれの【武道】が持つ技、技術のみを特化して叩き込まれる。そう、彼らが学ぶのは【武術】でしかないのだ。残りの生徒は、他のカリキュラムを受けているらしく、詳しいことはよく分からなかった。

 じいさんのおかげで【武】というものにコリゴリしていた。朝から晩まで道場で過ごした日々のせいで、友人と呼べる者も一人として居なかった俺は、誰一人として入門しなかった、足だけで戦うという武道に入門した。まあ勿論、一度として行かなかったわけだが。

 数日が過ぎた頃、部屋の掃除を始めた。別に掃除するほど部屋が汚かったわけではないが、ただ皆が武術に励んでいる中、ベットに寝転がるだけの生活に飽きたのだ。そして、クローゼットの中である物と二年ぶりに再会することになった。

 それは、祖父さんから貰ったA4用紙の束と釣り竿ケースに入れられた木刀だった。恐らく、時間が無かった祖父さんが、焦って釣具用のケースに入れたのだろう。俺はその時のじいさんの姿を想像して少し笑った。

「また、やってみるか・・・・・・」

 そう小声で呟き、木刀を振った。久しぶりに握った木刀は、異様に重く感じられた。

 こうして俺は再び木刀を振るう日々に戻った。修練は皆が道場に行った後、近くにある木々が深く生い茂る森の中で始めた。最初は今まで振れていた木刀を、まともに振れないほどに落ちた筋力と、成長による体格の大きな変化のため、小学生だった頃と比べると全く動けなかった。だが、一週間ほど続けると勘を取り戻し、小学生だった頃の俺と変わらない動きができるまでになっていた。

 二年ぶりに振るう木刀は新鮮で、暇を持て余していた俺は剣術に熱中した。朝から晩まで木刀を降り続け、激しい筋肉痛に襲われたが、痛みより楽しさが上回り、痛みなど気にせず木刀を降り続けた。

 その筋肉痛が治まった頃、いつものように生徒たちが寮から出た頃を見計らい、俺は木刀が入った釣竿ケースを背負って部屋を出た。すると―――

「おい根蔵!」

 寮の門を出た所で道着を着た二人の男が立っていた。一人には見覚えがあった。入門届けを出した時に一度顔を合わせたことがあった。おかっぱ頭と時代遅れの黒縁眼鏡が印象的だったのでよく覚えている。だが、もう一人の青筋を浮かべた(いか)つい男は見たことも無かった。

「貴様!武術をサボっているそうだな!ん?朝から釣りか?良いご身分じゃないか。今から、その腐った性根を叩きなおしてやる!来い!」

 面識の無い厳つい男がそう言い放つと、二人は道場の群の方に向かって歩き始めた。これを無視すると後々面倒なことになると思った俺は、後ろからその二人の背中を追った。

 しばらく歩くと、うるさい道場群に入った。奇声、銃声、そして何かがぶつかり合い弾ける音が混ざり合い、耳を(つんざ)く。その中を歩き、一番奥にある道場の中に入れられる。

 二年ぶりに道場という物の中に入った。久しぶりに入った道場は、自然とじいさんに木刀を振らされた日々が思い出され、懐かしく思えた。

「その荷物を早く下ろせ!」

 厳つい方の男がそう怒鳴ると、一本の竹刀を投げてきた。それを片手で受け取り、俺は男を見つめた。

「俺は、この道場群にある剣道の道場の師範を勤めている五十嵐だ。貴様を今から叩き直すが、生憎(あいにく)俺は不平等なことが嫌いでな、だから同じ条件でしごいてやる。早く構えろ!」

 道場を背負っている男が、中学生に竹刀を渡しただけでフェアと吼える。こいつが平等という言葉を履き違えた勘違い野郎だと俺は悟った。

「要らないよ。自前のがあるし」

 俺は竹刀を壁に立てかけると、じいさんが送ってきた釣竿を収めるための細長いバックの中から太刀型の木刀を取り出す。

「ほう、釣竿と思っていたが、まさか木刀とはな。武道でもやっていたのか?面白い、構えろ!」

 俺は木刀を構え、相手の動きを見つめた。

「キエエエエエエエエエエ!」

 五十嵐は声を張り上げると、放たれた矢のような素早い動きで間合いを詰められ、鋭く、そして速く、竹刀を振り下ろされた。さすが、道場を背負っている師範だけあって、その迷い無き太刀筋は見事な物だった。恐らく、日本屈指の実力者なのだろう。そのためか、襲い掛かる竹刀にリーチの長い木製の太刀を出すことができなかった。だが俺は、祖父さんに五つの頃からこれの比ではない速さの太刀筋をこの身体さん叩き込まれてきた。そのおかげで俺はその剣線を紙一重で避け続けることができる。

「ふん、速いな・・・・・・」

 五十嵐はそう呟くと、猛烈な竹刀の連撃を止め、一度後ろに引き、新たな連激を繰り出すために体勢を正そうとする。だが、その隙を俺は見逃さなかった。五十嵐の動きに合わせて後を追い、木刀を身体の勢いに乗せ上から振り下ろした。

『パァン!』

 俺の素早い動きに反応し、竹刀で振り下ろされる木刀を受け止めた。だが、さすがに中学生相手でも、全体重を乗せられた上から押さえつけられる力を振り払うことはできないらしい。竹刀を木刀で押さえつけたまま、左足に重心を移し、五十嵐のがら空きになっている脇腹に回し蹴りを決める。俺の脚の甲は、厳つい男の脇腹を深く抉り、それと同時に五十嵐の顔が歪んだ。

「一天二流・足術《力止回足》」

「おのれ・・・・・・蹴りとは卑怯な・・・・・・」

「卑怯なもんか流派の違いだよ」

 五十嵐の訴えに素っ気なく答えると、俺は木刀を構え直し気絶させる程度に打ち込もうとした。その時、俺はあることに気がついた。

 もう一人はどこに行った?

 俺は木刀を振ることを止め、身をかがめて左前方に飛んだ。なぜそんな行動を取ったのかは分からない。恐らく本能的に感じたのだろう、殺気というものを。

『シュッ―――』

 俺の後ろ髪に何かが触れた。

「ちっ、外したか・・・・・・」

 その声に反応して、俺は片足を床に付けたまま振り返った。すると、眼鏡の男はもう目の前にまで接近していた。

「さあ、反省しなさい。」

 それはまさに一方的な暴力だった。繰り出される蹴り、蹴り、蹴り・・・・・・。だが俺はそれを辛うじて木刀で受け続けた。

「貴様、いったい何を・・・・・・している!」

「嫌だなあ、五十嵐先生。教育ですよ。きょ・う・い・く」

 五十嵐の問いに眼鏡の男は、木刀を足で止めた状態のまま、五十嵐の問いに答えた。

「ふざけるな!それはただの暴力だ!」

 五十嵐は眼鏡の男の行為を激しく非難する。

「あんた、これが真剣だったら足は無いぜ?」

「あ?それで君は勝ったつもりかね?馬鹿馬鹿しい。これはただの木刀だぞ?それに、足は腕の三倍の力を持っているんだ。このまま君を踏みつけてやっても構わない」

 男は木刀を押える力をさらに強めていく。

「くっ・・・・・・、確かに足は腕より力が強い。だがな、足は腕の何倍も動かしにくいんだよ!」

 力で上から押えていたことをいい事に男は余裕の表情を見せる。俺は、押さえられていた木刀を横にスライドさせ、奴のバランスを崩す。そして足のバネを使い、頭から突進し男の体を倒す。

「ぐあぁっ」

 床に倒れこむ男。しかし、素早く立ち上がろうとする。だが、俺がそのチャンスを見逃すわけも無く、容赦せずに木刀を顎めがけて横一文字に走らせた。

「くっ・・・・・・」

「それと、つもりじゃねえ勝つんだよ」

 脳震盪によって意識を失い、床に倒れ込む男を一瞥すると振り返り五十嵐の方へ目を向けた。

「さぁ、続きを始めようか?」

「・・・・・・いや、もういい。お前が強いのはよく分かった」

「そうか、なら俺はもう帰るよ」

 俺は釣竿ケースに木刀を仕舞い、身体を翻して出口へと向かった。

「ま、待ってくれ!」

 背後にいた五十嵐から呼び止められる。

「まだ何かあるのか?」

「た、たまにでいい・・・・・・また俺と刀を交えてくれないか?」

「はっ?」

 予想にもしなかった言葉を不意に投げかけられ、俺は不覚にも変な声を出してしまった。

「頼む、この通りだ」

 五十嵐は、頭を深く下げ頼み込む。仮にも彼は日本屈指の力を持つ剣士である。そんな男がプライドを捨て、中学三年生の子供に頭を下げているのだ。それを無下にできる訳がなかった。

「生徒が休みの日は日曜日だよな・・・・・・でしたよね?」

「敬語なんかに直さなくて良い。日曜日は生徒は来ない。了承してくれるのか?」

「あ、あぁ。なら、日曜日の朝九時から剣道の道場に来るよ」

 俺がそう答えると男は目を輝かせるのがよく分かった。

「ほ、本当か!嬉しいぞ!日曜の九時からだな、絶対に待ってるぞ!」

「あ、あぁ」

 力なくそう答えると、戸を開け、道場に一礼し、外に出た。

 こんな約束をしてしまったことをその時は後悔したが、今となっては良い判断だったと思う。ひたすら素振りという反復練習しかできない俺にとって、五十嵐と竹刀と木刀を交える時間は貴重な対人練習となった。

 そうして、五十嵐と週に一回目の対人稽古を始めて、約十ヶ月間が過ぎた頃、俺は祖父さんから貰ったA4用紙に学べることを全て吸収した。

「これであんたと稽古するのは最後だな」

「そうだな・・・・・・もうお前ほど優れた生徒は来ないだろう。だがしかし、今日という今日はお前から一本取らせてもらうぞ!さぁ、最後の一本勝負だ!」

「その言葉はもう聞き飽きたよ」

 俺と五十嵐がそれぞれの得物を構え、相手の動きを読む。しばらくの沈黙・・・・・そしてその沈黙を破ったのは―――五十嵐だった。

「キエエエエエエエエエエ―――面!」

 まさに電光石火の早業だった。一瞬にして間合いを詰め、素早く竹刀が振るわれる。

「ふっ―――」

 俺は軽く息を吐き、頭上から迫り来る竹刀を受け止めた。そして十ヶ月前と同じように足術《力止回足》を繰り出す。しかし、五十嵐は、そのカウンターを読んでいたのか、一歩後ろに後退し、回し蹴りを上手く回避した。

 俺は空振りした反動によって右足から来る痛みを感じながら、十ヶ月前とは違うと言いたげな五十嵐の笑みが防具越しに見えた。俺は、その脚を戻すことなく前に出し、そのまま距離を詰め、胴へと斬りかかった。

「ぐっ」

 俺が放った胴を狙う木刀を竹刀で受け止めた五十嵐は、力押しで木刀を押し返し、そのまま再度面に斬りかかる。

「面!」

 五十嵐の力強い声と共に竹刀は振り下ろされた。

『パァアアン!』

 竹刀と木刀が衝突し、弾ける音が道場内に響く。あと零コンマ一秒、反応が遅れて木刀を振れていなかったら今頃、弾かれた竹刀は俺の前頭部に決まり、一本を取られていただろう。

 弾いた竹刀は、五十嵐の丸太のような腕によって即座に止められ、そして左上前方にある竹刀はその運動方向を変えて再び襲い掛かる。

「面!」

 素早く身を屈めて床に手を付き、ギリギリの所で回避する。攻撃を仕掛けたことによって不安定になった五十嵐の膝に、足を伸ばして引っ掛けるとそれを引き寄せて重心を崩し、片膝を付かせる。

「くっ!」

 バランスを崩した身体を竹刀に預け、なんとか転ばずに耐える五十嵐に追い打ちを掛け、その竹刀目掛けて木刀を振るう。

『パン!』

 と竹刀独特の炸裂音と共に、手から離れ吹き飛ばされる竹刀。そして倒れこむ五十嵐。俺は立ち上がり、五十嵐に問う。

「俺の勝ちでいいかな?」

「あぁ参った。降参だ」

 身体を向き直した五十嵐は、声を大にしてそう言うと、荒い息を吐きながら仰向けに倒れこんだ。

「相変わらず化物並みの強さだな。握力はいくつになった?」

「この間測った時は、七十五キロになってたよ」

「その歳で七十五か・・・・・・化け物だな」

「褒め言葉をどうも」

「ははは。太刀を片手で自在に振り回せる時点で化け物だけどな」

 俺は、壁にもたれ掛かりそのままズルズルと床に座り込んだ。

「ふぅ、楽しかったぜ五十嵐さん。ありがとな」

「礼を言うのはこっちの方だ。この十ヶ月間で消えかけていた剣道への情熱が再び燃え上がったよ」

「それは良かった。よっと・・・・・・それじゃ俺はもう行くぜ。明日、卒業式があったら直ぐに移動だからな。そろそろ準備しねーと」

「おぉ、そいつはすまんな」

 俺と五十嵐は、ほぼ同時に立ち上がった。

「こいつは、餞別だ持ってけ」

 五十嵐は自分のエナメルの鞄を開け、中から綺麗に包装された何かを取り出し、それを大和に渡す。

「何だこれ?」

「開けてみろ」

 俺は、包みを剥がし中を見る。

「妻に選んで来てもらった物だ。俺が選ぶより幾分かマシだろう」

 中に入っていたのは、黒のマフラーだった。

「えっ、奥さん居たのかよ・・・・・・。確かにこの手の物はあんたの柄じゃねえな。ありがとな、うれしいよ」

「居るに決まってるだろ・・・・・・。気に入ったならそれでいい」

 五十嵐は、満足そうにそう頷きながら言った。

「あぁ、大事に使わせてもらうよ」

「おう、体に気をつけろよ!」

「ははっ、それ母さんにも同じこと言われたよ」

 いつものように木刀を釣竿ケースに仕舞い、道場の戸を開けて一礼をした。

「じゃあな!」

 俺の言葉に五十嵐が頷いたことを見届けると、俺は道場を出て、まだ冷気が残る三月の空気を肺いっぱいに吸い込み、寮へ向かって走り出した。

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