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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Jeff Driver

  私は今、閉じこめられている。

 なんてありきたりで且つあり得ない書き出しなんだろう!


 ーごきげんよう。そして私は今、閉じこめられている。

そうだな、早速だが便所を想像してくれたまえ。

なあに、細かい寸法などどうでもよいのだ(広大な便所を想像する者は富豪程度なの

だから)。

そうだ。いいかね?

とはいえ、紙も手洗い場も、もちろん便器だってありはしない。

あるのは、扉だ。1つじゃあないぞ。


 そう、長方形に閉じこめられているとでも言おうか。

前後、そして左、右に壁がある、そうだろう?

その4つのうち前、左、右に鉄の扉を貼り付けてくれたまえ。

そうだ、それが私の今いる空間そのものだ。


...いや、やはり少し違うか。便所よりもはるかに酷い。

薄気味悪いんだよ。じめじめしていてね。

それなのに壁は冷たいコンクリート、ヒビが入っている。

扉は、さっきも言ったように鉄だ。黒いシミが点々としている。

その上なぜか腐った臭いがする。今まで気が付かなかったのが不思議なくらいの、悪

臭さ。

あとは、不気味に点滅した電球をぶら下げている天井だけ...いや、手にしていて忘

れていたよ。一枚の紙と、ペンだ。

さっき言った紙じゃあない。書き込むための、紙だ。

そして今、私はそれにこれを書き込んでいる。


 なぜこんなところに閉じこめられているのか、身に覚えなどない。

これから何が起こるのか、私はどうなるのか、そもそも私以外の誰かが存在するの

か。

扉の向こうに空間が存在するか、さえも疑わしい。

私にもしものことがあった時、この紙切れが私の遺書とならんことを!

この沸き上がる高揚感を、私は抑えることができそうにない!!

I love you, Jeff.ー




 ペンの音が止み、男がふぅと息をつく。

突然静寂に包まれ、途端に恐怖の波が押し寄せてくる。

もしも、この扉の向こうに自分以外の誰かがいたら、自分はどうなるのだろう。

かな4い非日常的な状況であるとはいえ、男がこれほどまでに恐怖を感じているのに

は理由がある。



 半年前、男の同僚がとある研究所に取材に出向き、そのまま行方不明になった。

同僚は研究所内にいると考えるのが普通だろう。

しかし、いくら研究所に問い合わせても「知らない」の一点張りだった。

警察も1週間の手抜き捜索で手を引いてしまった。

「研究所の方も知らないと言っていますしー」

警察が当てにならないことはすでに知っていた。

男の妻がストレスでおかしくなり行方不明になったときも、ものの数時間の捜索で忙

しいからと引き上げてしまった(ほどなくして妻はふらふらと帰ってきたが)。

それに、研究所の対応は明らかにおかしいと見えた。

男には研究所の誰もが嘘をついているようにしか見えなかった。

しかも、皆が口裏を合わせているのであろう、小綺麗な嘘。

どの研究員も口を揃えて「そんな男は来ていない」と言うのだ。

 男は特別その同僚と仲がよかった訳でもない。

だから警察や研究所の対応に腹を立てるなどどいうことは決してなかった。

しかし週に5日をホラー作品の観賞に費やす男にとって、この出来事を放っておくこ

となどできるはずもなかった。

妻には映画の観すぎだのなんだのと罵られたが、そんなことはどうでもよかった。

そして、他の誰よりも事件(男は事故ではないと断言している)に首を突っ込んだ。

 もちろん、虚構のの知識に埋もれた男が、事件を解決できるはずもなかった。

男はいつしか、自らが哀れな同僚と同じ経験をすることを夢見ていた。

半年前、同僚はその研究所で取材中、またはその後、いや、あるいはその前に、極秘

の研究に協力させられているのだ...と、男の妄想は決めつけていた。



 だから、大変心地よい恐怖であった。

荒っぽい呼吸を抑えることができない。

一方で高揚感が収まる気配もない。

職業病だな、と男は思う。

あれほどまで快活に、未来の遺書を書き記していたものの、今となっては呼吸をする

ことさえ恐ろしい。

(激しく動くペンの音が、何者かに聞こえてはいなかっただろうか!あぁ、私はなん

て愚かだったんだろう!!)

この狂気じみた、否狂喜じみた状況は、男に未経験の興奮を与えた。

(遺書...?)

男はもう一つ、自らの過ちに気が付く。

(私は一体どうやって、この経験を記事にすればいい?)

誰が何の為に置いたのか、用意されていた一枚の紙はとっくに黒く埋め尽くされてい

る。

(何か書き込むものは...)

もちろんそんなものは、ない。

この長方形の空間にはもう、遺書、ペン、それに男しか残されていないのだから。


 男は考えあぐねた。

これから起こることを、どう記しておくべきか。

(いや、待てよ。私はなんて狭い世界を観ていたんだ!)

この先で紙、ないし代わりになるものを見つければいいのだ、と。

そして男は妙な興奮に急かされるように、徐ろに目の前の扉を開け、身を乗り出す。



 「な...っ..」

男は思わず、声を出してしまう。

なぜなら、3秒前と同じ状況にいるのだから。

いや、正確には、先ほどまで右側にあったドアの前に、自分が立っている。

(つまり...正面のドアは右のドアに繋がっていた...!)

普通の人間なら気味の悪さに怖じ気付くだろうが、この男は違う。

未だ覚めぬ高揚感に押され、目の前にある扉、つまり始め左側にあったドアノブに、

勢いよく手をかける!


 「ひっ...」

男は先ほどとはうって変わった蒼白な顔で尻餅をついている。

手前側に開く扉で、本当に良かったと思う。

扉の前には床が無かった。

恐怖にかき消され萎んだ興奮を奮い立たせ、恐る恐る下を覗き込む。

ただ闇が続いているのがむしろ幸いだった。


 (しかし困ったな...)

男はいくらか安静を取り戻したが、安心はできない。

もう扉はすべて開いてしまったのだ。

そのうち1つは、セットで開いたようなものだが。

(そのセットで開いた扉は、まだ中からは開けていない)

どちらが中で、どちらが外かなど分かりはしない。

しかし念のため、確かめてみることにした。

最後の希望であるその扉を、今度は慎重に...



 神とは、かくも素っ気ないものなのか。

男は肩を落とす。

先ほどと同じ、コンクリートの壁に覆われた廊下が、すうっと長く続いている。

今度は扉も見あたらない。

男は落胆する。

映画やドラマのようにはいかないか、と、男は冷静さを取り戻す。

(きっとさっきの不思議な現象は、私の妄想が作り出した んだろう。

全く、悪い癖だ)

そう感じて、男は長い長い廊下に足を踏み出す。



 人が期待することには目を向けず、予想だにしない、且つ嬉しくもないことをもた

らすのが、神という名の小悪魔であろうか。

男は廊下の果てで、1つだけの扉に出会う。

恐怖も興奮もあったものではない。

自分でもよく分からない諦めのため息をつき、扉を開けるとそこには、
















 床に、皮




         顔の皮?






     皮                  皮、





皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、

皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、

皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、

皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、

皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、

皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、

皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、

皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、

皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、

皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、

皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、

皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、

皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、

皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、

皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、

皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、

皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、

皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、

皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、

皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、

皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、

皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、

皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、

皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、皮、

ドンッ




 おびただしい数の、人の顔の、皮。











無数の顔が、こちらを、      見ている。











「ぎゃあぁっぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁっぁぁあああああ

あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!」










これまで三十数年生きてきて、こんなにも声を絞り出したことがあっただろうか。

目の前の光景と、背中に残る手のひらの感覚。

とっさに開けようとした背後の扉はぴくりとも動かず、男は扉に寄りかかったままず

るずると力無くヘたり込む。

男の叫びは次第に嗚咽へと変わり、また静寂が訪れようとしている。


 これほどまでに悪質なホラーがあろうか。

「う...ぅぇ.....ぁぇ...っぐ..」

扉を開けた途端、背中を何者かに押された。

生温かい手のひらの感触が、その瞬間を鮮明に思い起こさせる。

「...ぇっ..うぅ....ぁ..」

胃液が止めどなく溢れてくる。

幸か不幸か、腹にはなにも入っていない。

もし、部屋に入れられてからもう一度脅かされていたら、失神してもおかしくなかっ

た。

いや、いっそのこと失神してしまった方がよかったかもしれない。

扉に顔を押しつけるような体勢の男は、どうすることもできずにいる。

振り返ることはおろか、扉から顔を離すだけでも視界の隅に”あれ”が滑り込んでく

るかもしれない。

しかし、部屋に押し込まれ、扉を閉められたおかげで、扉の方に向くという選択肢が

できたのだ。



 男はどれくらいそのままでいたのだろうか。

気を失うでもなく、身体を動かすでもなく、地獄のような無の時間が、長々と続い

た。

自分の嗚咽がずいぶんとおさまると、いやでも耳を澄ましてしまう。

静寂の音が聞こえるほどに。


 カチ、カチカチッ、カカッ....カッ、

明らかに自分の出すものとは違う音を、男の耳が捉えてしまう。

とっさに立ち上がろうとしたが、思いとどまる。

音は、扉の向こうから聞こえているからだ。

先ほど自分が肩を落として歩いていた、あの廊下に、自分の背中を押した者、扉を挟

んで奇妙な音を出している者、同一人物であったとしても、確実に1人はいるのだ。

自分以外の、誰かが。

しかし、いつ襲われないとも限らない。

男の頭には、いつかの映画で観た、チェーンソーを持った大男がこびりついている。

シミだらけの木の扉一枚なんて、たやすくチェーンソーで貫いてくる。

男は、このままでは危ない、と思ったが、既にあの奇妙な音が止んでいることに気が

付く。

途端に、次の恐怖が押し寄せる。

怖いものを見た後、背後になにかいるような、あの恐怖だ。

「...っ」

恐怖に駆られ、男は振り返ってしまった。


 「うっ...うぐっ..」

もうなにもかも出し切ったはずの腹から、よく分からない

液体が流れ出す。

男は目を瞑る。

見なければいいのだ。

しかし、今度は見えない恐怖がざわざわと騒ぐ。

音もたてずに自分に忍び寄る何かが、いそうな気がしてたまらない。

下がダメなら、上を見ればいい。

そう思った男は、天井に目を向けーーー



 ーーーた時にはもう遅かった。

部屋に押し込まれた時には、床に気をとられて気が付かなかった。

天井からぶら下がる、頭の数々。

それは、床の皮の持ち主達であろう。

そして、男の意識は限界を迎える。





 ..チッ...カチ..カチカチッ、

意識が戻りかけると同時に、身体をぐっと持ち上げられる。

「ぐっ...」

そしてすぐさま、降ろされる。

しかし足は地に付いていない。


 薄暗さに目が慣れると、なんとか状況が掴めてくる。

男は両手首が一緒になって縛られており、天井から吊されている。

(天井...!)

あの恐ろしい部屋で最後に見た、頭が脳裏に蘇るが、ここは別の部屋らしい。

床もなんということはない。

ただ一つ普通でないのは(自分が吊されているのを除いて)、もとは人間であろうなに

かが、言葉では説明し難い人型のなにかが、目の前、まさに眼前5センチメートルの

ところにいる、というより顔を付き合わせている。

 男はまた気を失った。

すると、また身体が引き上げられ、ガクンと床ぎりぎりにまで落とされる。

これは拷問のようなものか、と意識を取り戻した男がさらに状況を把握する。

拷問は処刑ではない。したがって殺すことは許されない。

あくまでも罪を白状させるための、死ぬことはない最大限ぎりぎりの苦痛を与えるた

めの行為である。

先ほど眼前にいた人型は少し遠くでなにやら器具をいじっている。

その人型は、まず口が切り裂かれている。

左右の耳をスタートとゴールとして、口を通って鋭利な刃物を滑らせる、(もっと

も、そんな遊びは死んでもやりたくないが)すると、顎が重力に従ってだらんと落ち

る。

いまもその人型は、両の腕で顎を支えながら、作業をしている。

思考能力が著しく低下しているのか、作業の為に腕を離し、まただらんと落ちた顎を

支える。

しかしそれでは腕が使えないので、また離すー

という行動を繰り返している。

さらに、腕も奇形と化している。

以上に膨張した右腕と、ほとんど骨となった左腕。

まるで栄養が極端に偏ったように。


 ふと、人型の首から下がっているものが目に入る。

(あれは...見覚えがある。)

男が取材の時にぶら下げて行く物と同じ、記者である証。

かなり腐敗しているようだが。

(そうか、私の予想は当たっていたのだな。)

嫌な意味で、当たってしまった。

彼の姿から判断するに、被験体にでもされたのだろう。

彼の目的はおそらく、復讐。

しかし研究者が皆皮を剥がれた今、復讐ではなくただ習慣として彼は剥ぎ続けるのだ

ろう。

(彼は、確か、パンデミックに備えて極秘で開発されたワ クチンの取材のために、

研究所を 訪れた...はずだ)

そうかそうか、そうだったんだな、と男は満足気にしかし小さく頷く。

吊された腕の痛みなど、気にならない。

いつの間にかかつての同僚は、男の頭頂部にメスを入れ始めている。

もうとっくに死んでいてもおかしくないのに、男は自分の皮が剥がされていくのを、

はっきりと感じ取ることができる。


 男は、始めの興奮を取り戻していた。


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