夜会3
私の夢は、外見を気にせず接してくれる素朴な人と結婚して、たとえ貧乏でもいいからささやかに慎ましく幸せに生活することだ。
人は見た目じゃないとは言うけれども、やはり結局は見た目であると知っている。知っているからこそ、私は大それた夢は見ない。美しい容姿をした兄と姉が、私を愛してくれる奇跡だけで充分だ。そこまで溺愛される理由はよくわからないけれども。
だからこそ兄と姉を大事にしたかった。嫌な目に遭いそうならば助けるし、年頃の姉には特にちゃんとした方との結婚をして欲しかった。もちろん姉にとっての幸せというものもあるだろうから、きちんと姉の性質を考えた上で。
目の前にいるこの騎士様は、そういった点を考えても姉の相手にふさわしい御方なのではないかと思えた。
クレイヴェル=グラーティア公爵。
詳しいお人柄はまだ分からないけれど、話し方もきちんとしているし、何よりあの鉄壁の姉に対しても負けない精神と容貌。笑顔が柔和で、人の良さがにじみ出ている。侯爵家という生まれも申し分無いどころか、ちょっと恐れ多いくらいだ。うちは貧乏子爵家だし。それに、それに……。
「シルエラ嬢は料理が好きなのですか」
「ええ、もともと父が料理人とよく食事について話しをしていることが多くて、それを側で見ているうちに自分でも作ってみたくなって。貴族の嗜みとしては間違っているとは思っているのですが。それでもお兄様やお姉様に手作りの料理を振る舞って喜んでもらえたのが嬉しくて、以来やめられなくなってしまって」
「素晴らしいことだと思いますよ。きっととても美味しいのでしょうね。私もいつかシルエラ嬢の手料理を頂いてみたいです。カメリア嬢が羨ましいな」
私に対しても分け隔てなくお話ししてくれる所です!姉のことを差し引いても平凡以下の私にも優しくしてくださるなんて、これは絶対いい人ですよ!お姉様!!
「そうでしょうとも。シーラの手料理は家族以外には味わう機会もございませんから、グラーティア侯爵様には一生味わうことが出来ないでしょう。可哀想に。シーラの料理は本当に美味しいのに」
お姉様はどうしてこう、いろいろ喧嘩を売るような発言をしてしまうんでしょうかね。
グラーティア侯爵も手厳しいとばかりに苦笑を漏らす。
「シルエラ嬢、そんな可哀想な私にひとつ何か振る舞って頂けませんかね」
「シーラ、振る舞う必要は無くてよ。侯爵様は今夜限りのオトモダチですもの」
「今夜限りなんてことはありませんよ、カメリア嬢」
「私が今夜限りにしたいのです」
「そんなこと仰らずに、出来れば今後とも仲良くさせてください。シルエラ嬢も」
「わ、私でよろしければ……」
「シーラ、よろしくないのであまりお近づきになってはいけませんよ」
多分お世辞だと思うけれどもこんな私とも仲良くしてくれると言ってくれているのに、姉は私にもグラーティア侯爵から離れるよう促す。なんの心配をしているのかは分からないけれど、姉は先ほどからずっと警戒した表情を崩さない。
フレスノお兄様からグラーティア侯爵に関してまだ何か聞いているのだろうか。
「グラーティア侯爵様、私たちよりも美しい蝶が周りにいらっしゃるでしょう?私たちはこれで失礼させて頂きます。シーラ、帰りますよ」
「え、あ、お姉様待ってくださいっ」
不機嫌になった姉が夜会の途中で帰ることは今までも良くあった。けれどそれは第三者から辞した後ばかりで、こんな風に相手にあからさまに帰る宣言などしたことは無かった。警戒しているのは分かっていたけどいったいどうしたのだろう。これまでのやりとりに別段不快なものは無かったと思うのだが、グラーティア侯爵はどうやら姉のなにがしかの琴線に触れてしまったのだろう。私からしたら、いいひと、だと思うのだけれど。姉のお眼鏡には適わなかったのだろう。ああ、せっかく良い義兄が出来るかと思ったのに。
足早に辞そうとする姉に追いつくべく、私も早足で会場を後にしようとする。しかし私は基本的に足が遅い。姉を見失わないようにしようと急ぐも人にぶつかりそうになり、慌てて進路変更しようとしたが遅かった。
私は自分のドレスの裾を間違えて踏みつけバランスを崩す。このまま床に倒れると思い、痛みに備えるように目をぐっと瞑った。
だが、予想した痛みはいつまでもやってこなかった。
「シルエラ嬢、大丈夫ですか」
耳元で聞こえたのは、優しげに私を気遣う声だった。
目を開けると見えたのは、紺色の布地だった。恐る恐る視線を上げると、そこにはグラーティア侯爵の心配そうな顔がそこにはあった。
「申し訳ありません!」
急いで身を離そうとするも、慌て過ぎてさらに転びそうになる。けれどもグラーティア侯爵が背中を支えてくれる。まるでダンスをしているような距離に、私は緊張と恥ずかしさで顔が火照り心臓の音さえも聞こえそうになった。
「よろしければ出口までお送りさせて頂けませんか。私の事は転ばないための杖とでも思ってください」
「こ、侯爵様をそんな風になんて思えません!あの、一人でも大丈夫です。私のような者にまでお気遣いくださりありがとうございます。お気持ちだけで結構ですわ」
一度は魅入ってしまった容貌が至近距離にあると、尚更に緊張が溢れ出る。それにまだ、背中に回された手が離れていないのだ。家族以外の男性の手が触れるなんて経験はほぼ皆無なのもあり、触れている手に意識が集中してしまう。
早く離れようと、断りを述べても、離れる意思を伝えるべく目の前にある胸を軽く押しても、なぜか侯爵の手が離れない。焦りは募り緊張も増していく。どうすればいいのかぐるぐると考えようとするが、うまく考えがまとまらない。
どうしようも無くなってグラーディア侯爵の目を見つめてしまう。
胸の高鳴りが増していく、このままじゃダメだ。そう思った時にやっと救いの神は現れた。
「うちの妹を離してやってくれないか。クレイヴェル卿」
なかなか書きたいシーンまで進まないものですね_(:3 」∠ )_
頑張って徒然と進めて行きたいと思います。