夜会2
ふと気がつくと人だかりはばらけており、すぐ側にいつの間にか立っていた眉目秀麗な殿方が私たちを微笑ましそうに眺めていた。
緩やかにウェーブがかった髪は少し灰色に近い金髪で、薄いブラウンの瞳と柔和な顔立ちもあいまって優しそうな雰囲気が漂う。
高くすらっとした身長だが、細すぎるということもなくしっかりとした筋肉が服の上からでもうっすら分かる。黒に近い濃紺の詰襟正装はこの国の騎士階級であることを示している。
素晴らしく見目の良い目の貴公子に、私は思わず息を飲んで魅入ってしまった。
見目の良い兄姉に見慣れているとはいえ、乙女の夢にでも出てきそうな人が、優しそうな笑みを浮かべてこちらを見つめていれば、さすがの私も心臓が止まりそうになるほど驚くし、美しいものは美しいので魅入られもする。通常のご令嬢よりは、やはり回復は早いけれど。
確か、さっき人だかりの中心にいた招待客のはずだ。関わりになんて一切ならないとタカをくくり過ぎていたのが災いし、咄嗟に名前が出てこない。えーっと、えーっと……。
私が必死で記憶を掘り返そうとしているうちに、姉も気が付いたようで表情をあからさまに不機嫌なものに切り替えた。お姉様、そこまで不機嫌にならなくても良いのではないでしょうかね。
「お二人は仲が良いのですね。お友達同士ですか?」
優しそうな騎士様は、お姉様の憮然とした表情を気にしないまま朗らかに話しかけてきた。なかなかメンタルの強い人のようだ。
しかし、騎士様は痛恨のミスを犯していた。姉の表情がさらに険しくなっていく。
シスコンを拗らせている姉にとって、姉妹として見られないことは地雷の中の地雷なのだ。いや、さすがにあんまり似てないし、仕方ない事だと思うんですけどね。
「…姉妹よ。名も知らぬ方とお話する言葉はありません」
「お、お姉様!」
慌てる私を尻目に姉はツンとすまして騎士様から顔をそむけた。お姉様、そんな態度と表情も綺麗で可愛いです。あ、お姉様はお名前ご存知ですよね。私はど忘れしてしまったけれどさっき教えてくださいましたし。
そんな姉を見て苦笑を浮かべる騎士様。ああ、なんだか色々と申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「いきなり不躾に名乗りもせずに話し掛けて申し訳ない。はじめまして、私はグラーティア侯爵のクレイヴェル=グラーティア。姫君達のお名前をお伺いしても?」
目の前で不機嫌さを隠そうともしない令嬢を目の前にして、ここまで笑顔のまま親交を深めようと歩み寄りの姿勢を崩さないグラーティア侯爵は本当にすごい。
いままで姉の隣りで何人もの果敢な挑戦者たる殿方を見て来たが、ここまで真正面から笑顔のまま姉と対峙した方は見た事が無かった。これは、もしかしてもしかするかも!? 何より、姉の隣りにグラーティア侯爵が立つと、まるでお伽噺に出て来る姫君と騎士そのままのような光景なのだ。素敵すぎる。やはり美男美女の組み合わせというのは素晴らしい。
私はこの優しげな騎士様を応援しますよ!お姉様のはーとをがっちりキャッチして下さいませ!
グラーティア侯爵の笑顔攻撃とケチのつけようも無い挨拶に、姉も観念したのか溜め息をひとつ落とすと大人しく、同じように礼に則った挨拶をした。
「トレラント子爵家のカトレアと申します。こちらは妹のシルエラですわ。グラーティア侯爵様」
「トレラント子爵…フレスノ=トレラントの妹君でしたか」
「あら、兄をご存知ですか」
「何度か友人の会合で親交を。フレスノ自身もとても素晴らしい男ですが…こんな可愛らしい妹君がおられるとは…フレスノからお話を聞いておきたかったです」
兄の知り合いだったのかとほんのすこし驚くも、兄は子爵位をまだ継いでおらず、まだ騎士団に所属しているのだ。配属される場所は違うとはいえ騎士団の中で交流があったのだろう。
兄の知り合いであるならさらに信頼に値するのではないかと思っていると、姉はグラーティア侯爵の話も予想済みだったのか、不機嫌な表情に戻って当てつけるように言葉を投げた。
「まぁ、お上手ですこと。私はフレスノからグラーティア侯爵様のことは少しお聞きしております。“あまり近づくな”とも言われております」
「お、お兄様から!?」
まさかの兄の指示発言に、私は思わずグラーティア公爵を遮って声を上げた。
兄も姉に負けず劣らず家族愛の強い性格だ。それでも姉に対しては年齢のこともあり、結婚を勧めていたはずだ。その兄が「近づくな」と姉へ言い含めておくとは、一見好青年としか見えないグラーティア侯爵はどれだけ危険人物なのだろう。
グラーティア侯爵の様子を伺うと、兄から姉への発言を聞いて、流石に眉間に手を当てて困った表情をしている。しかしやはりどう見ても好青年然としている。こんな素敵な人を捕まえて危険人物扱いするなんて、お兄様はいったいどういうつもりなのだろうか。
「……フレスノとは一度話をしないといけないな。けれど、今宵はこうして挨拶を交してお近づきになれたのですから、フレスノからの伝聞だけではなく私自身を見て話して、私という人物を判断していただけませんか」
まっすぐ姉と私を見つめて言葉を紡ぐグラーティア公爵は、やはり見た目通りの優しげな好青年にしか見えず、兄の忠告はただのやっかみによる妄言なのではないかと判断してしまったのだが、兄の忠告が正しかったと分かるのは、この時から暫く経ってからだった。
なかなか展開に進みが見られないですが、次くらいでもうすこしコメディ色を強くしていきたいです_(:3 」∠ )_
別途短編でキャラらくがきを置いておきました。興味ある方はそちらもどうぞ。