第三話 メイドと中国
紅魔館の内部は外観と同じように辺り一面赤一色だった。
その赤に対する徹底振りにナナシも苦笑いしかできない。
「…ははは。この内装は全てこの館の主人の趣味で?」
「ええ。少なくとも私がここで働き出してからずっとですわ」
「いやはや、なんともまぁ…。個性的な趣味をしていますね」
「その言葉は褒めていただいたと受け取っても?」
「ええ、別に私は嫌いじゃないですよ。赤は闘争心が燃え上がる色ですから」
そう言ってナナシはニコリと咲夜に微笑みかける。
対する咲夜も微笑み返すと、クルリと踵を返して雨崎を先導し歩き始める。
歩き始めてから数分、咲夜の足は一つの部屋の前で止まった。
おそらくはそこが美鈴の部屋なのだろう。ドアノブをガチャリと回すと、部屋の中に入る。
やはり真っ赤ではあるが内装は至ってシンプルだった。ベッドにタンス、それと化粧台ぐらいしかない。
ナナシはベッドに美鈴を寝かせると、何時の間にやら薬箱を持った咲夜が怪我の度合いを見始める。
「擦り傷に切り傷、それと打撲と言ったところかしら?
…ナナシ様、いったいどう戦えば切り傷なんてできるのですか?」
「武道家の拳は刃物にも等しいものですよ。
鍛えた拳は岩をも砕き、その手刀は大木をも切り捨てることができます」
「…規格外ですわ」
「僕からすれば時を操る方が規格外かと」
咲夜は短く「そうですわね」と答えると、美鈴に湿布と絆創膏を貼りはじめる。
その手つきは手馴れたもので、ものの数秒で全ての怪我の手当てを済ました。
「…手際がいいですね。これも能力を使ったのですか?」
「この位できなくて紅魔館のメイドは務まりません。
それに能力に頼りきれば私自身の堕落にしかなりませんもの」
「なるほど。メイドと言う職業は過酷な道なのですね」
「それが出来るからこそ完全で瀟洒なメイドなのですよ」
咲夜は誇らしげに少し胸を張る。
その姿を見てナナシは何かを思い出したのか、クスリと笑いを漏らした。
「…なにがおかしいのですか?」
「ふふ。いや、その姿が昔の美鈴にそっくりでして」
「昔の中国に? …なんだかバカにされた気分です」
「そう言うところもそっくりですよ。
自分の実力に自信があって、それでいて自分の実力を過信しない。
それに加えて僕にからかわれてむくれるところもそっくりです」
そう言ってナナシはポンポンと咲夜の頭を撫でる。
咲夜も驚きはしたが、不思議とその手を跳ね除けることはしなかった。
「…おっと、いきなりすいません。
昔のクセでついやってしまいました」
「い、いいえ。別に構いません…」
「…どうしました? もしかして男性がダメな人でしたか?」
「そ、そんなことは! そんなことはありませんけど…」
「けど?」
「…頭を撫でられるなど久しぶりと言いますか。
むしろ少し嬉しかったといいますか…」
先ほどまでの高貴な雰囲気は何処へやら、咲夜は顔を仄かに赤く染める。
その反応は予想外だったのか。ナナシもあっけにとられた表情になる。
しかしその表情も数秒で変わり、今度はいつもの笑みを浮かべた顔に戻る。
「その方が年相応と言う感じでいいですよ。
咲夜もいつから働いているのかは知りませんが、たまには他人に甘えてみなさい」
「……努力はしてみます」
「そうですか。まぁ美鈴はどんな咲夜でも笑って受け入れてくれますよ。
ですよね、美鈴?」
ナナシが寝ている美鈴に問いかけると、美鈴はムクリと起き上がった。
そしてなんだか居心地悪そうに頬をかいている。
それを見た咲夜の顔はまるでリンゴと間違えるような赤色に染まった。
「な、な、なななっ!? い、いつから起きてたの!?」
「いやぁ~…実は手当ての途中から意識はあったんですが、なんだか起きるに起きれなくて…」
「あ、ああ、ナナシ様はその時から気づいてらしたんですか!?」
「ええ。数百年離れていたと言え、何十年間も共に過ごした弟子ですから。
ちなみに手当ての途中ではなくこの部屋に入る頃から意識はありましたよ」
「わー!それを言っちゃダメですよ!」
「あわ、あわわわわ…! し、失礼します!!」
そう言うと次の瞬間には咲夜は消えていた。
そして残されたのはナナシと美鈴だけとなった。
「…消えてしまいましたね」
「…消えちゃいましたねー」
二人はなんとも言えない空気の中、共に苦笑いを浮かべた。
私の中で咲夜さんは甘えたいけど立場上甘えられないキャラになりました。
多分他のキャラもこのようなアットホームなキャラになると思います。