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『若き鷲の剣』(四)


    ◆


 すぐに戻ったイリュカは、ケイオンと並んで彼等を見送った。

 落胆し寂しげなイステュールの肩を、ロズウィーンはしっかりと抱き締め、友の耳に囁いた。

「もう弾かせてはもらえないようだな……」

 ロズウィーンが励ますように笑いかけると、それはまるで魔力のように、イステュールの心を引き立てた。

「うん。でも、君に聞かせることができたから、もういい」

 二人は大人たちの憂いを高く飛び越して、親しげに笑い肩を並べ、人波の中に消えた。

 かいまみえたイステュールの横顔は、女傭兵が言ったとおり。優しげな端正さがあって、ロズウィーンと笑みを交わす仕草は幸福に満ちていた。

 初めて見る子供なのに、イリュカはほっと胸が暖かくなった。

 彼等の笑顔を自分の父親が守り、多少の助けに自分もなれたことが、何より嬉しかった。

「おや大丈夫かい、お若い人」

「飲みすぎだよ。誰か、この人に手を貸してそのあたりで介抱しておくれよ」

 王子たちが立ち去ったのとは反対方向で、二人の大柄な女が声を上げている。昏倒した中年男を、かけよった二人の若者に預け、一人の女は自慢げにイリュカに目で合図を送ってくる。

「二人揃って、大した役者だ……」

 ケイオンはボヤいた。

 男は酔って気を失ったのではなく、気を失わされていたのだ。こちらは手慣れの女傭兵と女剣士。運と相手が悪かった。

 ケイオンの部下である若者二人は、周囲の注意が逸れたとみるや、伸びた刺客を放り出し、自陣へ戻る彼等に追いついた。

「懇切丁寧に説得したんだがね、聞く耳無かったんだよ」

 女傭兵は言い訳じみた解説をした。

「どっちが狙いだった?」

「ロズウィーン王子だ」

「……同胞か。よく引き止めたな」

 ケイオンの当て擦りは、女剣士へだ。

「見る限りではどちらとも判断つかなかったのだ。

 奴自身、うまくいけば双方、という命令を受けていた。

 我が主人の耳に一応は入れなければならんが、気が重いな……」

 二人の王子を抹殺して益のある者を挙げるなら、その数は決まったようなものである。王家内部での権力抗争の醜さが幼い子供までに向けられ、これが最後ではないだろうことに、女剣士にも拭い切れない辛さが残った。

「あんたの言うとおり、二人とも、惜しい子供だねぇ」

 慰めに、女傭兵は生真面目な低い声をかけた。

「あの子らに、強運が授けられているならば、今日のように誰かが命を救うだろうよ。

 どんな邪念が立ちふさがっても、己の運できっと跳ね除ける。

 この場に我らが居合わせ手を貸したのも、二人の強運に導かれてのことだろうさ。憂える必要などなにもない。

 死を望まれ、それでも加護される命なら、真実、天命を全うすべき偉大なる者となる証がたったようなものじゃないかい?」

「ああ……。長じてみなければ、未来は誰にもわからん」

 女剣士は、豪胆な傭兵たちを眺め、納得して目を細くした。

「次にこの役目を負うのは、この子かもしれないな」

 言い返され、ケイオンは言葉に詰まった。

 三人の視線が集中したイリュカは、バツの悪い顔で後ずさる。

 すると、こてん、と背後に仰向けに転んでしまった。

「おい。こいつはなんだ? 返せと言ったはずだろう?」

「や。イリュカのよ。イリュカの返して!」

 娘ではなく、ケイオンはイリュカの体の下から長剣を拾い上げた。やや細身の銀細工をちりばめた剣身は、状況を考えれば、恐らく先ほどのイステュールを狙った若い男の物だ。

「大した代物だねぇ。貰ったのかい、イリュカ?」

 一人で立ち上がり、イリュカは背伸びをして言い放った。

「そうよ。いらないからって」

「改心したらしいな。これだけの品の持ち主ならば、本物のレンドヴェールの高貴な方の身内だろう」

「だからって、捨てることは無いだろう?」

 剣は、剣士には命そのものである。ぞんざいな心掛けに憤慨する女傭兵を、女剣士はなだめた。

「おそらく、捨てたつもりではないはずだ。

 イリュカ? その人は、他に何か言わなかったかな?」

 うーん、と考えこんでから、イリュカは言った。

「もう少し大人になったら、あたしにも使えるからって。

 それで、正しいことに使って、……心をなくした予知者をタテ…って…。タテって何? 何のこと?」

 三人の戦士は、顔を見合わせた。

「……全然、諦めてはいないな……」

「だねぇ……」

「いや。様子を見守る余裕ができたのは進歩だ」

 そう漏らし、ケイオンは、返して、と手を差し伸べるイリュカを見下ろした。

「して? ケイオン殿はどうなされるおつもりだ?」

 女二人は、なぜか思い立ってにじり寄ってきた。

「剣士に育てたいなら、私がすぐにでも預かろう」

「いーや。堅っ苦しい宮仕えなど、この子がかわいそうだ。あたしと一緒が一番さ」

「父さん。返してっ」

 渋面を作り、ケイオンは剣を右脇に、イリュカは左脇に抱え、さっさと先を急いだ。

「当分、お前には無用だ。どちらにも預ける気はない!」

「そう無下になされるな。我が主の元で剣士として名を成せば、イステュール様に仕えることも可能だ。

 予知者の未来を支える栄誉に浴するぞ」

「そんな危険な目に、わざわざ会いにいく必要などないわ」

 女傭兵の物言いに、女剣士は憮然として振り返った。

「そちらが言い出したことではないか。

 この場にこの子が居合わせたことも、王子たちの強運に関わる可能性があるということだ」

 よって……、と言いかけて辺りを見回すが。親子の姿は消えうせていた。二人の女戦士は歩兵部隊後方にかけつけるが、そこには数十着の正規軍の礼装のみが残されて、ランドックは引き上げた後だった。

「気付いていたか、女剣士殿? あの緑の瞳に黒い髪」

「ああ。姿だけでなく、心根まで女戦士のつもりでいる子だ。

 あの気性は、ますますマウリッカを彷彿とさせるな」

 幼女ながら全身で剣を返せと言い張った、イリュカの芯の強さと、剣への異様な執着を彼女たちは評している。その上で。

「先祖返りだな。緑の炎、マウリッカの血筋に違いない」

 女戦士の推察通り、緑の炎とも呼ばれるマウリッカは、イリュカのひいばあさんに当たる。

 マウリッカは、女戦士にとっては届かぬ憧れであり、サガに歌われ伝説になりつつある、最高無二の女傭兵であった。

「末の楽しみな子供が、もう一人居るわけだ」

 女剣士も、目の輝きを隠さずにうなずいて返した。

 二人の女戦士の期待は、ケイオンのそれと同じものであった。


    ◆


 強情に、どうしても剣を返せと言い張るイリュカに、さしものケイオンも手を焼いた。これほど強く執着する姿を見るのは初めてだった。

 この姿に、長い間逡巡してきたことに結論を出す時期なのかと、ケイオンは己に自問した。

 この日、不当に命を狙われる王子たちに出会い、ひとまず死の運命から、ケイオンたちが回避させた。その仕事の代償のように、剣が、一番幼いイリュカに託された。

 これは、運命か?

 あの若者もまた、緑の瞳に黒い髪というマウリッカの生き様をイリュカに見たのではないだろうか。

 だから、委ねたのか?

「父さんっ!」

「! わかった。もう五年経ったら、お前に剣を造ってやる。

 それまでは、ちゃんと扱えるように体を鍛えておけ」

 それでも恨めしそうな顔のイリュカの頬を、両手で包む。

「剣にも使い手を選ぶ権利がある。

 一人前の戦士にしか、これは相応しくない。

 腕を磨け。すべての呪縛を絶つほどに」

「…タ…ツ……?」

「解放することだ。ファルドが空を翔る姿のようにな」



〔若き鷲の剣 完〕

ファルドは夢にして未来

腕や指先をすりぬけ

永遠に 光り溢れる高みを目指す

羽を休めるのは 16弦の音色で



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