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『若き鷲の剣』(三)


    ◆


 疑いに満ちた静けさを打ち消して、しんと魂が温もるような、涼しげで心の籠もった歌声が風に乗った。

 この場のすべての人間が、不思議な夢を調べの中に見た。

 二羽の若い鷲が、高い空を思うままに舞う夢であった。飛行を覚えたばかりで、お互いが空中でじゃれあうのが楽しくて仕方のない兄弟らしかった。

 自由に、これから広がる未来という大空に焦がれて、恐れを忘れた鷲の歌であった。

 ここには、イステュールの憧れのすべてが込められている。

 高く、高く。少し先を行く鷲は、ロズウィーンである。

 後に続く鷲は、イステュール自身。

 歌は、はにかみ屋の少年には、もっとも雄弁な言語であった。

 百の言葉、千の言葉以上に、出会えた喜びを彼は歌い上げた。

 しかし、彼等二人以外にとっては、夢の夢でしかない。

 国の違いは、深く超えようのない溝であると、民人は信じている。

 声をかけ、イステュールを引き止める者が居た。歌声を頼りに現れた、彼の従者たちであった。

 咎められたわけでもないのに、イステュールは肩を寄せた。

「……すまない」

 従者に謝罪し、イステュールは、ロズウィーンの求めに応じ竪琴を貸してくれた詩人に返しに行った。

 詩人は膝を付き、差し出された竪琴を、深々と頭を垂れ押し頂いて、顔を上げた。

 皮紐を通した、白い石をはめた額飾りが前髪から覗いた。その下の瞳は涙で濡れている。だが深い感銘は曇らずにあった。

「称えあれ、レンドヴェールの長よ」

 はっきりとした詩人の一言に、辺りの人々はざわめいた。


    ◆


 ケイオンに自由を奪われていた若者も、詩人の言葉に耳を疑った。

「……白き魔族が、あの方をお認めになった……」

 傍らで呆然と見守る老婆が、うわ言のように呟いた。

 すぐに囁きは、波紋を作って広がってゆく。

 脱力し、座り込んだ若者から、ケイオンは手を引いた。

「あの詩人は何者だ?」

「額飾りは真の白き魔族の末裔である証しだ……。

 どうやら、お前の考え通り、あの子は天上神に選ばれた方らしい……。だからといって、災いをなさぬ者とは言い難い」

 若者は立ち上がり、ふらふらとその場を離れてゆく。

 人込みに姿が隠れる寸前に、イリュカの肩を押し、ケイオンは剣を返してやるように言って、後を追わせた。

「もう少しよいだろう? イステュールを、母に合わせたい」

 控える従者たちに告げる声が、ケイオンにもはっきりと届いた。ロズウィーンはイステュールに向き直った。

「君の母上は、本当は僕の母の伯母にあたる方だ。

 領主家には、養女として入られたんだ。僕の母はレンドヴェールの司祭の娘で、君の母上は司祭殿の年の離れた妹君だった。

 住むところは違うけど、僕等は近い血をもっているんだ」

「……知らなかったよ」

 イステュールは、何か後悔しているそぶりで、応える言葉に力はなかった。内心で、母に歌うことは止められていたのに、ロズウィーンの求めを拒否できなかったことを悲しんでいた。

「母が君にとても逢いたがっていた。さっきの竪琴の音が届いていればいいんだが」

 二人の王子は、大人しく従者をともなって歩き出した。

 チラリと、ロズウィーンがケイオンに視線を向けた。

 腰に下げた宝剣に手をかけ、ロズウィーンは目礼をケイオンに投げた。

 はっと、ケイオンは胸を突かれた。

『礼を言う』真剣なまなざしが、そう語っている。

 剣にかけた手は、必要なら自分が切る心づもりがあったという意思表示。そんな事態を回避できたことへの感謝であった。


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