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『若き鷲の剣』(二)

    ◆


 巨大なテントの周りにいくつか張られた天幕の影を縫い、彼等は咎められることもなく、エトルリオンの側に潜入した。

 こちらもまた、祝賀の酒と料理に酔っている。女剣士が語る近衛兵からの情報では、エトルリオンの王子はイステュールと共に、従者共を人込みに巻いて姿を消したという話。

 見付けたと思うと、ちょこまかと逃げ回られ、お手上げだと彼等は嘆いてさえいるらしい。

「二人きりでいるのなら、金と銀の髪を持つ子供だ」

「丁度イリュカの背格好で、年も同じくらいだね」

 テントの近くに控えていて、イステュールもエトルリオンの王子も見ている女たちは説明した。

「イステュール王子は脆弱な為、公式の行事に出席なさるのはめずらしいのだ。見分けがつかずに苦労するだろうが、なんとしても探し出し無事にお連れしなければならん」

「グランデルド王の顔は見知っているだろうが、あれは妖怪の顔だ。忘れた方がいいぞ。王子はお妃に似て、美しい顔立ちだった。イリュカの緑の瞳には、やや負けるがね」

 黒髪に緑の瞳という取り合わせは珍しいので、よく人の口に上る。言葉使いは卑下ているが、気取りのなさは仲間の傭兵たちと同じなので、イリュカも女傭兵に気安さを感じた。

「イステュール王子って、三神のサガに出てくる予知者なんでしょう?」

 やや舌足らずな甲高い声に、女傭兵は答えてくれた。

「三神のサガは好きかい?」

「うん。好き。あんたみたいな女傭兵も、女剣士も出てくるでしょう? それに、フレイにアナイスにヴィーセインの三人の天上神は、三人とも強くてすごい剣士よ」

「ふーん。イリュカは強い男が好きなのか」

「???」

 三神に心酔する男の子たちの受け売りを口にしただけなので、『強い男イコール好き』は、イリュカには飲み込めない図式だった。

「イステュール王子は、太古に実在した、魔が歌使いにして予見者であったフィーレの生まれ変わりではないか、と、噂されているだけだ」

 女剣士は冷淡だが親切に、イリュカに訂正した。

「本当に噂のみか?」

 ケイオンは尋ね返した。

 女剣士は、思わぬ気弱な一面を見せ、軽く溜め息をついた。

「噂は噂だ。いまだ予知の力は発現してはおられない。

 16弦の竪琴を、教わりもせずに弾きこなしたのは五歳の年だ」

 通常、竪琴の弦は9弦まで。16弦の竪琴はフィーレのみが扱えた品物で、白き魔族の末裔であるレンドヴェールの領主家、祭司家では、嫁ぐ女性に必ず持たせるしきたりがあった。

 それには意味があり、誕生した子供にフィーレとしての才があるのかを計るためでもあった。

「年を追うごとに腕前をあげ、あの方の歌もまた、フィーレの再来かと思わせるほと見事だ。

 魔が歌の中で、予知を口にし奏でてしまうというフィーレの伝説の通り、王子もゆくゆくは未来は語るのかもしれぬが、その片鱗はいまだ見えずにいる」

「可能性は高いが、予知者という確証はないわけか。

 近衛兵同様、王家も子供一人に振り回されているらしいな。

 だが、次代の王冠が定まらぬのでは、内紛の火種になりかねん。いや。すでに醜い権力闘争がなくはないかな?」

 ケイオンの指摘に、女剣士は頬を強張らせ、眉を絞った。

「何が言いたいのか、わかりかねる」

「あたしも、その『噂』なら聞いてるよ。噂というよりは、ルードナールの民人の切なる願いってとこかね。

 第三王子がフィーレたれば、王国の平安のために王位はフィーレに捧ぐべし」

「……決定ではない。ただの、望みでしかない……」

王家の内情を知る女剣士は、苦し紛れに否定した。

「その民人の望みがかなったなら、鷹帝の血を引いた利口な上二人の王子には、立場はないねぇ」

 人ごとなので、女傭兵は軽い口を叩いてばかりだ。

「1番の幸いは、イステュール王子がただの類い稀なる詩人で一生を終えることだな」

 静かに告げ、ケイオンは会話を打ち切った。

 辺りでくつろぐ人垣が、進むにつれ厚くなっている。

 レンドヴェールの民衆は、白き魔族の遠い末裔がその二割ほどを占め、白い肌に銀の髪。彼等の祖先は、エトルリオン王国に片隅に落ち着くまでの長きの渡り、ロズウェルを放浪したという忍従の歴史を持つ。よって漂泊の民らしく、残りはさまざまな人種が混在としていた。

 ケイオンたちは、それぞれ三手に別れた。王子たちの顔を知る女たちに、連れてきた傭兵を一人ずつつけさせ、ケイオンはイリュカとともに散策の足取りで歩き回った。

「お前なら、どこへ行きたい?」

「どこって……。みんな知らない人だし、言葉がちょっと違うから嫌だよ……。大人ばっかりだもん」

「子供は子供同士ということか……」

 イリュカは肩車され、辺りに子供の集団がないか聞かれた。

「んーと」

「でなければ今頃、イステュール王子はエトルリオンの王子と一緒に隠れん坊の最中だ」

「隠れん坊は、イリュカ得意だよ」

 ルードナール王国近衛隊の泡を食った様を思い浮かべ、ケイオンは含み笑いを漏らした。

 末は予知者と噂される御身な上に、今日、ただ待つだけでルードナール王国へ隣国の一領地をもたらしてくれる約束を取り付けたばかりの王子だ。鳥籠にでもおしこめておきたかっただろうに、エトルリオンの王子に釣られるとは様はない。

 釣った王子は、幼いながらもあなどれない存在のようだ。

 神託でもあったのか、王子はロズウェルの覇王を意味する古語、ロズウィーンと名付けられ、エトルリオン民衆からその名の通りに成長するだろうと、熱い期待を集めている。

 二人は互いに、頂点に登り詰めることを望まれている。

 その上、国を違えながりも反発もせず、手に手を取って大人たちを煙に巻くなど、末恐ろしい子供たちである。

「父さん。きれいな金髪の子を見つけたよ。黄金細工みたいな巻き毛なの。すぐに見えなくなったけど」

「その子は、どこに居た?」

「あっちよ。もう一人、銀髪の男の子と走っていっちゃった」

 イリュカの指す方へ、ケイオンは素早く移動した。

 金と銀の子供たち。

 まさしく、行き着いた先には、天上神の手による彫刻のように整えられた二人が、礼装の背を見せている。

 イリュカは目を丸くして、ケイオンの耳に囁いた。

「きこりの子や羊飼いと友達なのね、エトルリオンの王子は」

 ロズウィーンに紹介されているのは、1番上等な服を着てきたらしいが、貴族の子でも商人の子でもない。かしこまっていた子供たちは、気さくなロズウィーンに習って、打ち解けた表情をイステュールに向けはじめている。

 次第に、彼等を取り巻きレンドヴェールの民が輪を作る。

 ケイオンはイリュカを肩から下ろした。辺りに気を配りながら、すぐにでも王子たちを庇える位置を選んで移動した。

 異様な気配がこの場に集中しはじめていた。それはイステュールに対する、彼がなんであるかを確かめたいという民人の欲求が一つ。もう一つは、政略結婚によって歪められた、本来なら同胞である者への、複雑な形の敵意と言っていい。

 イステュールに好意的でさえあるロズウィーンが居なければ、彼等は、少年を追い詰めかねない切迫感があった。

 イリュカも身にひしひしと感じて、ケイオンの服を硬く握り締めた。父は大きな手で、イリュカの頭をなで、なだめる。

 安心感が、イリュカの小さな胸に湧く。

 父に習い、彼女もまた、緑の瞳を周囲に走らせる。

 自分は、誇りあるランドックの頭領の娘なのだから……!

「父さん……? あの人、長剣を隠してるよ……」

 ケイオンの腰のあたりというイリュカの低い視界が、刺客の盲点をついた。マントにくるんだつもりだが、鋭い切っ先は裾の揺れでわずかに露になっていた。

 刺客は、若い男であった。それもレンドヴェールの民の証である銀の髪。苦渋に満ちた表情は青ざめていた。

 マントの下、柄にかけた手が震えている。

 獲物を見据えたまま、微動だにしない。

 若者は、ためらっていた。

 ケイオンは背後にまわり、高ぶる吐く息さえ耳にできた。

 王子たちは何も知らず、子供たちとおしゃべりを続けている。優しく、年寄りにも声を掛け、屈託なく笑い声を上げる。

 ケイオンに肩を叩かれ、頭だけ振り返る若者。同時に右手が手ぶらでマントの下から抜き取られると、イリュカは左手にむしゃぶりつき、マントの上から長剣を抱え込んだ。

「!」

 一瞬後、若者は右手を背後にねじられ、息を詰まらせていた。

 ケイオンは酔った男を介抱するふりで若者をガッチリと引き寄せ、周囲に気取られぬよう声を落とした。

「噂には聞いていた。ロズウェル統一の野心を抱くルードナールに、予知者があっては最大の脅威。

 レンドヴェールの高貴な方は、ロズウェル全土の平安の為に、己の血筋の中で最も優れた者であるだろうに、その子供を抹殺せんと願っている、とな」

 力の抜けた若者の手から、イリュカは長剣を奪い取り、ケイオンの背後に隠れた。

「それだけではない……! あの母子はレンドヴェールの面汚し。己の命大事に、白き魔族の血筋を他国へ引き渡した裏切り者よ!」

 手応えのない刺客は、怒りを低くぶちまけた。剣士とは思えず、どうやら思い詰めた学生か魔術師見習いといった様子だ。

「愚かなことを……! それでは、お前の祖国が戦乱によって踏み躙られてもよかったというのか?! 自らを殺し国を救ったのは、フローゼ后その人だぞ」

「お前らにはわからん! あの女は、王子を産み落としたとわかった時点で、あの子を殺すべきだったのだ!」

 真実の祖国に疎まれ、偽りの祖国にて力だけを望まれ大切に生かされようとしている一人の王子、一人のその母。

 フローゼ后はこの故郷の想いを承知していたのか、今日の式典を欠席し王都に残ったのだという。

「もとより、白き魔は太古の戦いから、ロズウェルの加護だけを願って生きてきた。その我らの血筋が、巨大な戦乱の道具にされるくらいなら、一族もろとも滅びた方がましだ!」

 話しの意味は正確にはわからなくとも、イリュカはギッと顔を上げてケイオンを見た。親子は、投げやりで理想ばかりの若者に心底怒っていた。

「道具というか? あの王子を。よくその目を開けて見よ。

 心のない者に見えるか?

 ただ人の言いなりになる、人形に見えるのか?

 そのような愚かな器に、天上神がフィーレと同等の奇跡の技を与えると思うか? 断じて、それはありえぬ……!」

 若者は、説かれても唇を噛み締めイステュールの背を睨み据えている。かたくなな姿は、逆に内心の葛藤をさらけだしている痛々しさに満ちていた。

「! あ………」

 イリュカは辺りを見回した。

 竪琴の音色が、美しい調べとともに、耳を打ち過ぎていった。

 奏でるのはイステュール。古びた竪琴を肩口からのぞかせ、一心に腕を動かしている。

 そこに歌が加わった。



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