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第七話 姿の暴露

 すっかりと暗くなってからあたしは今朝、瀬条先輩に会った神社の社についた。今のあたしは猫の姿になっている。

 家を出た途端にこの姿になって全力で走ってきた。少し疲れてはいるけれど人間の姿で走った後より疲れは少ない。

 あたしは少し辺りを見回して瀬条先輩の姿を探す。瀬条先輩はすでに社の入り口の前の石段に座っているのを見つけた。その姿を見た途端にあたしはとっても緊張する。

「あ、ゆかりちゃん。こっちに来なよ」

 あたしがいることに気がついたらしい瀬条先輩は手でおいでおいでをしあたしを呼ぶ。あたしは半ば操られるようにして瀬条先輩のほうへと近づいていく。

「こんばんは、ゆかりちゃん」

「は、はい。こ、こんばんは」

 緊張してうまく話すことが出来ない。

「ゆかりちゃんって初めて会ったときからすごい緊張してるみたいだね。もしかして、人見知りなの?」

「そ、そうかもしれません」

 あたしは曖昧にそう返す。本当は好きな人の前にいるから緊張してしまっているんだ。でも、あたしは少し人見知りだから嘘、というわけでもない。

「そうなんだ。まあ、無理せず少しずつ慣れればいいと思うよ。人見知りは性格上の問題だから直すのは難しいと思うからね」

 瀬条先輩はあたしを安心させるためか微笑んでくれる。あたしはその顔に見惚れる。

「そうだ、今回はちゃんとゆかりちゃんの人間のときの姿、見せてくれるよね」

「え?」

 いきなりの瀬条先輩の言葉にあたしは驚いてしまった。それから、思い出した。今、あたしの姿は猫になってるってことを。

「え、えっと、はい、見せて差し上げますよ」

 何故か、とっても丁寧な口調になってるあたし。すっごく緊張してるんだ。最初に会ったとき知り合いじゃないです、って言っちゃって戻りづらいから。

 でも、そんなふうにしていたらずっと前には進めない気がする。だから、あたしはここで勇気を振り絞る。瀬条先輩になんて言われようと大丈夫なように心の準備をする。

 その為に、数回、深呼吸をする。それで、幾分か緊張と不安は薄れた。

 あたしは、目を閉じる。そして、元に戻りたいと思いながらその場で一回転する。

 先輩、どんな顔してるんだろうな。そう思いながらあたしはゆっくりと目を開けようとする。

 正直に言うととっても怖い。瀬条先輩、あたしが嘘をついたって思ってるかもしれないし、もしかしたら、あたしのことを嫌いになっちゃったかもしれない。

 あたしが目を開けたらどんな先輩が待ってるんだろう。できれば、怒ってるほうがいいかな。嫌われさえしなければまだ、あたしにだってチャンスはあるはずだし。

 そんなふうに後ろ向きに考えながらあたしは目を開いた。

 あたしの目に映ったのは驚いた表情を浮かべた瀬条先輩だった。

 そっか、そういえばそういう反応もあったな。でも、このあとは多分怒り出しちゃうんだ。それか、嘘をついてあたしのことを嫌いになっちゃうんだ。

 あたしは、どこか絶望に似たような感情を浮かべていた。

「大西さん、だよね」

 瀬条先輩は確認をするようにあたしの名前を呼ぶ。さっきまでみたいにゆかりちゃん、ではなく大西さん、と。

「はい、こんばんは、瀬条先輩」

 自分でも驚くほど冷静な声であたしはそう言った。多分、あたしの中の諦めに近い絶望があたしを冷静にさせているんだと思う。

 あたしにとってはそっちのほうが都合がいい。取り乱していたら瀬条先輩の感情を読み取れないかもしれないからだ。絶望はしているけど、瀬条先輩があたしのことを嫌ったと決まったわけではない。

「なんで、黙ってたの?」

 予想通りの瀬条先輩の問い。怒っているのか、あたしを嫌いになっているのか、それとも特別な感情は抱いていないないのか、そのどれなのかはあたしにはわからない。

 けれど、何かを言わといけない。このまま黙っているわけにはいかないから。

 と、そこであたしはあることを思いついた。これをすれば、あたしの思ったような悪い方向に進む可能性は低くなるはずだ。

 よし、とあたしは心の中で頷く。気がつけば諦めの気持ちは薄れている。けれど、まだあたしの心は冷静なままだ。取り乱す前にやってしまおう。

「驚きましたか?先輩」

 あたしはいたずらっぽい笑みを浮かべる。

「先輩の驚いてる顔が見てみたかったんです。先輩っていっつも穏やかそうな表情を浮かべてて驚いた顔を見たことがなかったですから」

 あたしは、そこまで言って急に恥ずかしくなってきた。なんだかこれじゃあ、毎日、瀬条先輩の顔ばかりを見ていたみたいじゃないか。いや、実際に生徒会の仕事があるときはほとんど瀬条先輩の顔ばっかり見てたんだけどね。

 恥ずかしくて瀬条先輩と顔を合わせることが出来ないので少し顔を俯かせる。でも、とりあえずあたしが言っておきたいことは言えた。

「そうだったんだ。……大丈夫、僕は怒ってないから顔を俯かせないでよ」

 また、瀬条先輩はあたしを安心させるようにそう言う。

 どうやら先輩はあたしが顔を俯かせたのは怒られると思っているから、と思っているらしい。確かにそれもあるけど、本当のところは違う。

 さっきのとおり恥ずかしくてあたしは顔を俯かせてる

「お、怒られると思って顔を俯かせてるんじゃないですよ。ただ……、あの……、恥ずかしくって……」

 あたしは消え入りそうなほど小さな声で言った。

「え?最後のほうがよく聞こえなかったけど」

「な、なんでもないです!」

「そう?まあ、ならいいんだけどね」

 瀬条先輩はあたしのとっさの言葉に納得してくれたらしくそれ以上は何も聞いてこなかった。

 その代わりに更にあたしを焦らせるような別のことを言ってきた。

「そんなところに立ってたら疲れるでしょ?僕の隣に座ったら?」

 石段の真中に座っていた瀬条先輩は右の方に寄ってあたしが座れるようにスペースを作ってくれた。

 とりあえず、今までの会話で瀬条先輩はあたしが嘘をついていたことについて怒っていないってことがわかった。それに、気にしていないっていうことも。

 だから、あたしに隣に座るように言ってくれたんだと思う。でも、どうしよう。

 瀬条先輩の隣に座れるのはすっごく嬉しいんだけど、たぶん瀬条先輩の作ってくれたスペースに座ったら体が触れるか触れないかぐらい接近してしまうと思う。それは、想像するだけで嬉しくって、恥ずかしかった。

 うん、もう覚悟を決めるしかないみたい。隣に座るのを断るわけにもいかないからあたしは隣に座るしかない。それに、うまくいけば瀬条先輩と仲良くなれるチャンスかもしれない。

 あたしは高鳴る胸を押さえながらゆっくりと先輩の座っている石段まで近寄る。

 それから、不自然に体を半回転させて石段の上でに腰を下ろす。

 思いのほか、石段は冷たかった。その冷たさに驚いて少し声を上げそうになったが、なんとか抑える。

 できれば瀬条先輩の前では極力、変な姿は見せたくなかった。でも、座る前にあたしは不自然に体を半回転させちゃったんだけどね。

 だから、とっても恥ずかしい。先輩に変なふうに思われていないだろうか、と思う。だからといって、聞くわけにはいかない。それこそ、あたしにとっては変な行動だから。

 とりあえず、今の状況。あたしは瀬条先輩の隣に座ってるんだけど肩が触れるか触れないかってくらい距離が近い。

 あたしは今すっごくどきどきしてる。気持ちがそわそわしてなんだか落ち着かない。

 ちらり、と隣を見てみる。先輩はいつものままで落ち着いているようだった。

「なに?どうしたの?」

 瀬条先輩はあたしの視線に気がついたようで顔をこちらに向けてきた。あたしは、顔を合わせるのが恥ずかしくって慌てて前を向く。

「え、えと、なんでもないです」

「ん?そう?」

 そう言って瀬条先輩はたぶん、前を向いた。恥ずかしいので確認できない。

「それにしても、僕は驚いたよ。僕みたいに姿を猫に変えれる人が大西さんだったなんて」

「あの、すいません。黙っていて」

「いいんだよ、別にそれは。ただ、こんな近くに僕と同じような人がいたんだなあってね。これだけ不思議なことだと僕以外にいないんじゃないかなあ、って思ってたから」

「はい、確かにそうですね。こんな不思議な体験している人なんてあたし達以外にはいないと思いますよ」

 話をしている間に少しずつ恥ずかしさが薄れていっているのがわかる。

「はは、そうかもしれないね。こんなことを体験している人がたくさんいたら僕たちはこれを当たり前のように受け止めてたかもしれないからね」

「それに、このことがなければあたしは先輩とこうして話すことができていなかったと思いますよ」

 あたしは瀬条先輩の横顔を見ながらそう言う。瀬条先輩はあたしが視線を向けているということに気がついたらしくもう一度あたしに顔を向ける。今度は顔をそらすようなことはしなかった。

 それが何となく嬉しい。こうして、ちゃんと瀬条先輩の顔を正面から見ていられることができるから。

「うん、そうだね。学校では、僕と大西さんってあんまり話したりしてなかったよね。あったとしても、僕が大西さんにアドバイスするときくらいだったしね」

「はい。それに、あたしこうして先輩と話をすることができてとても嬉しいんですよ」

 普段のあたしだったら言えないようなことをあたしは言った。今のあたしならなんでも言えそうな気がする。

「そうなんだ。でも、どうして?」

 え?、とあたしはその質問に固まってしまう。先輩が好きだから嬉しいんです、ってあたしは言おうとするんだけど口が言葉を紡いでくれない。さっきまでは何でも言えるって思ってたのに……。

 勇気を出せないあたしのばか!なんでそれだけのことが言えないの?

 そうやって自分を罵ってみるけどやっぱり言えないないものは言えない。そこで、仕方なくあたしは別のことを言った。

「何度か先輩からのアドバイスを受けて、この人なら楽しくお話できるだろうなって思ってたんですよ。でも、どのタイミングで話しかけたらいいのかわからなかったんです。だから、あたしは今こうして先輩と話をすることができて嬉しいんですよ」

 こういう言葉も実際に伝えてみるととても恥ずかしかった。徐々にあたしの顔が赤くなっていくのがわかる。とりあえず、今が薄暗くてよかったと思う。

 だって、明るかったらあたしの顔が赤くなってることが先輩に気がつかれていたかもしれないからだ。

「そんなふうに思ってたんだ。ふうん、そっか。じゃあ、これから、毎日この時間になったら二人で話しをしようか?」

 瀬条先輩がいきなりそんな提案を持ちかけてくれた。

「い、いえ、悪いですよ。先輩、今年受験ですから勉強の邪魔になるかもしれないですから」

 瀬条先輩の提案はあたしにとってすごく嬉しいものだ。けど、さっきあたしが言ったとおり瀬条先輩は今は高校三年生で大学の受験がある。

 瀬条先輩はその為の勉強をしないといけないはずだ。あたしがそれを邪魔するなんてこと絶対にできない。

「別にそんなこと気にしなくていいよ。僕にとって気晴らしになるからね。」

「そ、それじゃあ、よろしくお願いします」

「うん、わかった」

 瀬条先輩は頷いてそう答えてくれた。

 あたしは嬉しかった。これから、毎日こうして瀬条先輩と話をすることが出来るから。まだ、あたしの望む形である恋人同士、にはなれそうにないけど、少しずつそれに近づけているような気がする。

 あと、必要なのは瀬条先輩に好きになってもらうのと、あたしが瀬条先輩に好きですって伝えることだ。

 どっちともすごく難しいような気がする。好きになってもらうなんてどうすればいいかわかんないし、告白するような勇気なんてない。

 でも、毎日瀬条先輩に会えるから告白するチャンスが今までに比べて段違いに増えている。告白に関してはあとはあたしの心の持ち次第だ。

 それじゃあ、どうやって先輩に好きになってもらおうか、そう考えようとして不意に風が吹いてきた。秋の冷たい風だった。

 あたしは、寒くて小さくくしゃみをしてしまった。そういえば、今の服装は見た目を重視しただけで寒さについては全然考えてなかった。

 あたしは少しでも寒さを和らげることが出来ないかと袖の上から腕をさすって温める。こうすれば、さすってる部分と手はあったかいんだけどその他の部分はやっぱり寒いままだ。

「大西さん、大丈夫?風邪でも、ひいたの?」

 瀬条先輩は心配そうにあたしの顔を覗き込んできた。それから、おもむろにあたしの額に手を当てた。

「熱は、なさそうだね」

 瀬条先輩はあたしの額に当てていないほうの手を自分の額に当てている。どうやら、瀬条先輩はあたしに熱があるかどうか確かめてくれているみたいだ。

 瀬条先輩の手があたしの額に触れていることと瀬条先輩の手が予想外に温かかったこと、それと、瀬条先輩の顔がすごく近くにあってあたしはすっごくどきどきしてる。顔が火照っていっているのがわかるくらいだ。

 頭がぽーっとしてうまく思考が働かなくなってくる。ずっと、このままでいたいな、という考えが浮かんでくる。

「なんか、顔が赤いね。やっぱり、熱、あるのかな」

 瀬条先輩のその声を聞いた瞬間にあたしははっと我に返った。

「だ、大丈夫です。ちょっと寒いだけですから!」

 慌ててそう言って瀬条先輩から顔をそらす。先ほどよりも顔が赤くなっていくのがわかったからだ。

 顔がすごく熱い。少しでも早く冷えないかとあたしはぱたぱたと自分の手で顔を扇ぐ。

「寒いのに何で扇いでるの?」

 瀬条先輩のとても不思議がるような声が聞こえてきた。

「え、あの、その、む、虫が飛んでたから追い払っただけですよ!」

 恥ずかしがってることを瀬条先輩に知られたくなくってとっさにそう言った。けど、あたしは赤く染まったままのはずの顔を瀬条先輩のほうに向けてしまった。

「やっぱりちょっと顔、赤いよ。大丈夫なの?」

「ほ、ほんとうに大丈夫です」

「そこまで言うならいいけど、無理をしたらだめだよ」

 瀬条先輩はあたしのことを気遣うようにそう言う。いや、本当に気遣ってくれてるんだと思う。さっきから瀬条先輩は心配するようにあたしのことを眺めている。

 なので、顔を見合わせる、とまではいかないけど瀬条先輩の顔を見ている状態になる。

 瀬条先輩、男の人にしては綺麗な髪してるな。先輩の顔から少し視線を上げてあたしはそんなことを思う。瀬条先輩の髪は本当に綺麗でさらさらしている。

 毎日、ちゃんと手入れしてるのかな。それとも、手入れしなくてもさらさらになるのかな。もしそうだとしたら羨ましいな。あたしの髪はちゃんと手入れしないとすぐにぼさぼさになっちゃうから。

 と、そこまで考えて不意に睡魔が襲ってきた。そういえば、今日はすごく早く起きちゃったんだった。そりゃあ、眠くもなるよね。

 あたしは、今にも閉じそうになるまぶたを必死で開けていようとする。けど、睡魔は収まるどころか次第にあたしの意識を取り込んでいく。

 そして、あたしはまぶたを閉じてしまった。

「大西さん?」

 瀬条先輩のその声と同時にあたしの意識は途切れた。


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