終わり 好きな人の想い
「ゆかりちゃん、今日は楽しかったね」
「はい!そうでしたね」
いつものように神社の前の石段にあたしと博斗さんは並んで座っている。
今日は文化祭があった。博斗さんと沙織と一緒にいろんなところを歩いて回った。
模擬喫茶店でくつろいだり、いろんなものを食べ歩いたり、いろんな展示物を見て回った。
美術部の展示物を見に行こうとしたときに沙織に止められたりもした。たぶん、自分の作品を見られるのが恥ずかしかったんだと思う。
けど、あたしと博斗さんで沙織を説得してどうにか見せてもらうことが出来た。
そして、見せてもらった沙織の絵は、すごい、としか言いようがなかった。
沙織の絵はなんだか幻想的で非現実めいていた。それなのに、絵の中のものは今にも動き出しそうな、そんなリアルさを持っていた。
あたしと博斗さんで沙織の絵を褒めてたら沙織はすっごく照れてた。
自分の目の前で作品が見られるのが恥ずかしいっていうのと同時に嬉しかったんだと思う。自分の作品が褒められた、ってことが。あたしは、特にこれといって何かを作って褒められたようなことがないからよくわかないんだけどね。
「沙織があんなに絵が上手だとは思いませんでしたよ」
それが今日の文化祭での一番の思い出だと思う。
「沙織、絵を描くのうまいでしょ。あれって子供の頃からなんだよ」
「そうなんですか?」
「うん、沙織はしょっちゅう絵を描いてたよ」
そうなんだ。うーん、やっぱり博斗さんは沙織のことについていろいろ知ってるなあ。あたしもいろいろと知ってもらえるように努力しないと。
それに、博斗さんのこともいろいろ知りたいな。
そう思ったとき、あたしはふと、思い出した。そういえば、まだ博斗さんにあたしのことをいつ好きになったのか聞いてない。
「あの、博斗、さん」
「ん?なに?」
「あの、博斗さんこの前、二人っきりになったら、いつ、あたしが好きになったのか、教えてくれる、って言ってくれ、ましたよね?」
恥ずかしくて声が小さくなる。だけど、幸いなことにこの辺りは静かなのであたしの声を掻き消すようなものはない。
「うん、言ったね。……今、教えて欲しいの?」
「はい」
あたしは頷きながら答えた。どんな答えが返ってくるんだろう、とドキドキしてる。
「僕がいつゆかりちゃんを好きになったかっていうと……」
あたしは一言も聞き逃すまいと耳を澄ませる。
「ほんとは僕自身よくわからないんだ。いつ、好きになったのかなんて」
「そうなんですか」
がっかりしたとかそう言う感情はない。あたしだって、いつのまにか博斗さんのことが好きになっててふとしたきっかけでそれに気がついた。
「じゃあ、博斗さんがあたしを好きなんだ、って気がついたきっかけってなんなんですか?」
気がつくとあたしはそんなことを聞いていた。あ、あれ?なんであたしこんなに普通に聞けてるんだろう、と思うくらいに自然な口調だった。
「僕がゆかりちゃんのことを好きだって気がついたきっかけ?……きっかけはゆかりちゃんが始めて猫の姿で僕の前に現れたとき僕のことを好きです、って言ったよね?ゆかりちゃんは忘れてたみたいだけど、僕はすごく困ったんだよ」
あ、そ、そういえばあたし、初めて猫の姿になって博斗さんに会ったときに好きです、って言っちゃってたんだ。
「それで、夕方になって正体を見せてくれたらゆかりちゃんだった、っていうわけなんだ。ゆかりちゃんは僕に、二回も、告白をしたんだよ?」
あー、えーっと……あたし、二回も告白しちゃってたんだ。……って、二回も!?それって、間抜けだし、すごく、恥ずかしい、し……。
恥ずかしさで顔が赤くなってくのがわかる。半ば混乱してる頭は、博斗さん、あの日の夕方にあたしの姿を見たときからあたしのことを恋人だと思っててくれたのかな、とか思ってる。
「ね、ねえ、ゆかりちゃん、大丈夫?」
心配するような声が聞こえてきた。
「た、たぶん、だ、大丈夫、で、す……」
声がしりすぼみになっていく。博斗さんに二回も告白してしまっている、という事実にあたしはどう頑張っても冷静になることができない。
「……落ち着くために散歩でもしようか?猫の姿にでもなって」
気がつくと、博斗さんは立ち上がって手を握っていた。たぶん、立ち上がらせてくれようとしてるんだと思う。
「あ、は、はい」
博斗さんに手を握られてる、ってことに驚きながらもあたしは少しだけ気持ちが落ち着くのがわかった。
それから、博斗さんに手を引っ張られながらあたしは立ち上がる。
そして、博斗さんに手を離してもらうとあたしは猫になりたい、と思いながらその場で一回、くるり、と回った。
スカートの裾が広がるのがわかる。けれど、一回転したときにはスカートの感触さえなくなってあたしの姿は猫に変わっていた。綺麗な毛並みの黒猫だ。
「さ、いこうかゆかりちゃん」
隣にいる白い猫の姿となった博斗さんがそういう。
「はい!」
自分のしっぽがすごく大きく揺れているのに気がついたけど、どうしようもない。あたしはしっぽを大きく揺らして嬉しい、という気持ちを表に出しながら博斗さんの後ろについていった。
あたしと同じように猫のしっぽをゆらゆらと揺らしている姿を見ながら。
終わり
これにて猫のしっぽ、連載終了です。
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