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第一話 放課後の学校

 十月の中頃。文化祭まであと一週間という慌ただしさの中、あたしは教室の前の廊下に出て窓際で、ぼーっとしている。立っていると疲れるので自分の机の椅子をここまで持ってきている。ここの窓からは、反対側の校舎が見える。

 あたしたちのクラスは文化祭では出し物をしないということになっている。だから、教室には誰もいない。文化祭に関係するものも何も置かれていない。いや、あるにはあるけど文化祭に関してのプリントが壁に貼られてるだけ。

 文化祭で出し物をする教室に比べたら少し寂しい雰囲気の漂う教室だった。でも、考えてみればこの状態が日常なんだから、寂しい、と思うまでもないか、とあたしは思う。

 何であたしが一人でこんなところにいるのか、というと家に帰ってもだれもいないからだ。

 お母さんは専業主婦なので家を空けることはほとんどないけど今日は用事があるからいない。

 それで、あたしは不覚にも家の鍵を家に忘れてしまった。気がついたときにはすでに学校についていて家に帰る時間もなかった。

 なので、あたしはお母さんが帰ってくるまで適当に時間を潰さなければいけない。けど、時間を潰せるような場所などあたしは知らない。近くにコンビニとかはあるけど、そういう場所で時間を潰すのはあたしはあんまり好きじゃない。なんだか、店員の視線が気になるからだ。

 別に、悪いことをしようなんてこれっぽっちも思ってないのにね。

 時間の潰せる場所が思い当たらないあたしはこうやって時間を潰している。なんか、すごく無駄な時間を過ごしている気がする。勉強をしたほうがいいのかなって思ったけどやる気なんかおきるはずがない。

 だから、あたしはこうやって、ぼーっとしているしかなかった。確か、お母さんが帰ってくるのが六時頃らしいからそれまでこうしていなければいけないのかな?

 とりあえず、ここから聞こえてくる音を楽しもう。その為に、あたしは耳を澄ませる。

 静まり返った廊下の中で聞こえてくるのは遠くから聞こえてくる生徒達の声。たぶん、文化祭の準備を一生懸命してるんだと思う。

 あたしは、この遠くから聞こえてくるざわめき、というのが好きだ。だけどそのざわめきの中心まで行きたいとは思わない。あたしはたくさんの人と関わるのがあんまり好きじゃないからだ。なのに、遠くから聞こえてくるざわめきが好きだ、というのはどういうことなのだろうか。

 遠くから聞こえてくるざわめき、というものについて考えてみる。

 ざわめきが遠いということは人のいる場所から離れているということ。とっても静かなとき以上に自分の周りには誰もいないんだなって実感できる。あたしは静か過ぎると逆に誰かがいるんじゃないんだろうかと思ってしまう。

 と、いうことはあたしは一人が好きだということなのだろうか。あんまりそう思ったことはない。友達と話をしているときは結構楽しんでると思うし、人が多すぎくなければ人がいるほうがあたしはいい。

 考えてみたら余計によくわからなくなってしまった。まあ、どうでもいいことだから、考えなくてもいいや。

 そうやって考えるのを放棄した途端にあたしの胸が高鳴った。それは何故か。簡単だ。あたしの大好きな人を見つけたからだ。

 あたしは椅子から立ち上がって大好きな人――瀬条先輩の姿を目で追う。

 瀬条先輩がいるのはここから反対側の校舎の二階。確かあそこは生徒会室の前だ。瀬条先輩はあの部屋で何かをしていたのだろうか。今日は生徒会の仕事はなかったはずだ。

 でも今は瀬条先輩が生徒会室で何をしていたか、なんて関係ない。

 あたしは瀬条先輩のところまで行くために駆け出そうとする。あたしが生徒会室についたときにはもう瀬条先輩はいないと思うが探せばすぐに見つかるはず。

 今、瀬条先輩のところに行けば二人っきりになれる。それは告白をするのに絶好のチャンスだ。

 でも、あたしの足は思うように動いてくれなかった。瀬条先輩の場所まで行ってあたしはちゃんと告白することが出来るのだろうか。そんな考えがあたしの足を地面に縫いとめる。

 ちゃんと告白をすることができる自信はなかった。たぶん、瀬条先輩の前に行ったら何も言えなくなる。

 『平静な自分』を作り出して受け答えをすることくらいならできる。けど、それだけ。自分から話しかけるとなるとあたしはどうすることも出来なくなると思う。

 それでも、行動しないとだめだ。そうじゃないと、ずっと前に進めなくて後悔しちゃうかもしれない。後悔だけは絶対にしたくない。

 そこまで考えてからあたしは瀬条先輩の場所に行くために走り出した。

 あたしは廊下を走る。ここから、隣の校舎に行くには校舎と校舎をつなぐ渡り廊下を通らなければいけない。ここからは直線距離で三十メートルくらい。あたしは五秒くらいで渡り廊下の前につく。

 ここで直角に曲がらなくてはならない。あたしはそのために少しだけ走る速度を落として渡り廊下のほうへと進行方向を変える。そして、少し走って突き当たりを右に曲がれば生徒会室だ。

 あたしは息をつきながら生徒会室の扉の前に立つ。ここまでくるのに十五秒ほど。自分でも驚くほど早かったように思う。

 これくらい早くついたなら近くに瀬条先輩がいてもよさそうだった。もしかしたら、上か下に行ったのかな、と思ってあたしは瀬条先輩を捜し始めた。


 十分ほど捜し続けたが結局見つからなかった。どうやら、瀬条先輩のところに行くかどうするかを考えている間に結構時間が経ってしまっていたらしい。

「はあ……」

 知らずの内に溜め息がこぼれる。最近は溜め息をする回数が多くなってきたような気がする。瀬条先輩のことについて考えているときなんか特にそうだ。

 あたしのこの溜め息の中には何で瀬条先輩と普通に話せばいいのに悩む必要があるんだろうという後悔と瀬条先輩に好きっていうのは無理だろうなという諦めの気持ちが入り混じっている。

 それでも、やっぱり諦めきれない。

「ふぁいと、あたし」

 胸の前でガッツポーズを作ってそう小さく呟いてみた。なんとなくだけど、またやる気が出たような気がした。

 でも、今から先輩を探し出して、告白をするという気にはなれなかった。その代わりに、学校から出たいような気がした。

 もしかしたら、深層心理のあたしは瀬条先輩に告白するために学校に残ろうと思ったのかもしれない。それを表のあたしはお母さんが家にいないから時間を潰すために残るのだと勘違いしてしまったようだ。

 人間って複雑だなって思った。だって表に出てる自分と心の奥底にいる自分が考えてることが違うなんてなんかわかりにくくない?自分の本当の考えとかがさ。

 もし、あたしの心の奥底にいるこの人格が表に出てきたらあたしは瀬条先輩に告白をすることが出来るんだろうか。

 出来るかもしれないし、出来ないかもしれない。そんなこと、あたし自身にだってわからない。でも、心の奥底の自分と今の表の自分が持ってる、瀬条先輩に対する好きだっていう想いはおんなじだと思う。

 というか、そうじゃないと嫌だ。瀬条先輩を好きだって思ってる表の自分と心の奥底の自分の想いが違ったらあたしのこの想いは何だというのだろうか。

 そこまで考えてあたしはもう一度小さく溜め息をつく。こんなことを考えていたら悪いふうに考えて気持ちがブルーになってしまいそうだ。

 仕方なくあたしはとぼとぼ、と教室へと戻る。荷物を取りに行くのと廊下に出した椅子をもとに戻しておくためだ。

 学校を出たら、どうしようかな、とあたしは考えてた。


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